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第50話
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土方と距離を取って浴槽に入る。
水が跳ねる音以外、無音のこの空間はどうも気まずい。ちらちらと横目で土方の様子を伺うが、ただくつろいでいるだけのようだ。
慧はなるべく土方の姿を視界に入れないようにつとめた。
「慧」
突然名前を呼ばれる。
「はいっ」
「となみやにいた理由を聞いてもいいか? あそこは女の仕事場だろ」
昨日から土方は質問ばかりしてくる。しかし、その大半が答えにくい質問だ。慧がとなみやで働くようになった理由も、話せば長い。
一体どこから話せばいいものか数舜悩んだのち、慧は正直に話すことにした。
自分が記憶をなくし、倒れていたところを女将が発見してくれて、そこからは成り行きで働くようになった事を。
一通り慧の話を聞いた土方は、目を丸くした。
「つまりお前は、となみやにいた以前の記憶がないということか?」
「そうなんです……」
ニュアンスは微妙に違う。現世からこの時代に来るまでの期間の記憶が無いというだけで、現世で過ごしていた記憶はある。
しかし、それを話したところで到底信じてはもらえないだろうし、逆に疑いが深まってしまう可能性がある。
記憶がないという事にしておけば、これ以上土方から追及されることもないだろうと思い、慧は頷いた。
「そうなのか。俺はてっきりお前が攘夷派の奴だとばかり……、ちょっと待て、だったらなぜ、池田谷の事を詳しく知っていたんだ?」
予想外の質問に一瞬戸惑った。しかし、これはもう何とでもいいわけができる。
「お客さんの中に攘夷派の人がいまして。たまたま池田屋に集まるという話を聞いていたんです」
「そうか……。それはすまない事をしたな」
どうやら土方は納得してくれたようだ。もう少し前にこの話をしておけば、土方と番わなくて済んだのかと思うと、なんだかやるせないが、済んだことをいちいち悩んでも過去は変わらない。
とりあえず今、慧にできることは過ごしていた時代に戻る手段を探すことくらいだ。女将の話だと慧はとなみやの前で倒れていたらしい。
となみやに行けば何か分かるかもしれない。そう思った慧は意を決して土方に話を切り出した。
水が跳ねる音以外、無音のこの空間はどうも気まずい。ちらちらと横目で土方の様子を伺うが、ただくつろいでいるだけのようだ。
慧はなるべく土方の姿を視界に入れないようにつとめた。
「慧」
突然名前を呼ばれる。
「はいっ」
「となみやにいた理由を聞いてもいいか? あそこは女の仕事場だろ」
昨日から土方は質問ばかりしてくる。しかし、その大半が答えにくい質問だ。慧がとなみやで働くようになった理由も、話せば長い。
一体どこから話せばいいものか数舜悩んだのち、慧は正直に話すことにした。
自分が記憶をなくし、倒れていたところを女将が発見してくれて、そこからは成り行きで働くようになった事を。
一通り慧の話を聞いた土方は、目を丸くした。
「つまりお前は、となみやにいた以前の記憶がないということか?」
「そうなんです……」
ニュアンスは微妙に違う。現世からこの時代に来るまでの期間の記憶が無いというだけで、現世で過ごしていた記憶はある。
しかし、それを話したところで到底信じてはもらえないだろうし、逆に疑いが深まってしまう可能性がある。
記憶がないという事にしておけば、これ以上土方から追及されることもないだろうと思い、慧は頷いた。
「そうなのか。俺はてっきりお前が攘夷派の奴だとばかり……、ちょっと待て、だったらなぜ、池田谷の事を詳しく知っていたんだ?」
予想外の質問に一瞬戸惑った。しかし、これはもう何とでもいいわけができる。
「お客さんの中に攘夷派の人がいまして。たまたま池田屋に集まるという話を聞いていたんです」
「そうか……。それはすまない事をしたな」
どうやら土方は納得してくれたようだ。もう少し前にこの話をしておけば、土方と番わなくて済んだのかと思うと、なんだかやるせないが、済んだことをいちいち悩んでも過去は変わらない。
とりあえず今、慧にできることは過ごしていた時代に戻る手段を探すことくらいだ。女将の話だと慧はとなみやの前で倒れていたらしい。
となみやに行けば何か分かるかもしれない。そう思った慧は意を決して土方に話を切り出した。
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