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第2話
しおりを挟む「……ん」
うっすらと目を開けると見慣れない天井が見えた。
遠くから女性の話し声や、バタバタと忙しく動き回っている音が聞こえる。
重たい体を起こして辺りを見回せば、赤茶色のタンスが1つ置いてあるだけの、もの寂しい和室に慧はいた。
(どこだ、ここ……)
「起きたかい」
突然、後ろから声が聞こえ、振り返ると、朱色の着物を着た女性が襖を開けて座っていた。
(今どき、和服なんて珍しいな)
「……何ジロジロ見てんだい?」
「あっ、いやすみません。和服が珍しいなと思って」
「私からしたらアンタの格好の方がよっぽどおかしいけどね」
女はパーカーにジーンズを着た慧を上から下に見つめる。
「え?」
「いや、まぁいい。わたしゃ、ここの女将だ」
女将はふすまを閉めて慧の横に正座した。
「食べな。アンタ、ものすごく顔色が悪い」
女将は慧の前にお盆に乗せたおにぎりを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
慧は軽く頭を下げて受け取る。
「あの、僕なんでここにいるんてしょうか……」
慧は、ここに至るまでの記憶が全くなかった。思い出そうとすると何故か頭がズキズキ傷む。
「アンタ、うちの店の前で倒れてたんだよ。覚えてないかい」
慧は首を横に振る。
「そうかい、ああ、アンタの持ってた物入れそこに置いてあるから」
女将が指さした方を見ると慧の鞄が畳の上に置いてあった。
「それよりさ」
突然女将の声色が明るくなる。
「アンタ、うちで働かないかい」
「……働く?」
「ああ、ここ、遊郭 “となみや “で」
「ゆう、かく……?」
「行き倒れるくらい金に困ってんだろ?ここで働くなら住む所と食べるものには困らない。アンタべっぴんさんだからすぐに売れっ子になるよ」
女将はニヤリと笑う。
(ゆうかくって、あの遊郭か……? いやいや、何時代のこと言ってるんだよ。そもそも、僕男だし)
慧が考えに耽っていると女将はぽんと手を叩いて立ち上がった。
「おっと、もう開店時間だね。まぁ、今日から店に出ろなんて言わないよ。1晩じっくり考えてくれればいい。けれど、もしもやらないって言うんだったら、あんたをここに泊めた家賃分きっかり金で払ってもらうからね」
女将はそう言ってそそくさと部屋を出ていった。
慧はドッキリか何かかと思って、辺りにカメラらしきものがないか部屋を見回したが、そんなもの一つも見当たらなかった。
「お金払えって言われてもな……」
慧は鞄をたぐり寄せて、中を確認したが、入っているのは電池切れしたスマホと発情抑制剤のピルだけであった。
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