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二章 過去編

第68話

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「冗談じゃない」


 辰美は玲子の体を包み込んだ。


「やめてよっ! 今そんな事したくない!」


 玲子は自由になった手で、辰美の肩を強く叩いた。
 しかし、辰美はなんの反応も示さない。


「お嬢が高校生になった時だったよ」 

 ふいに耳元に辰美の息がかかり、体が硬直した。

「もう、お嬢は覚えてないかもしれない。君にとってはなんでもない一日だっただろうから。けど、俺はその日からずっとお嬢を思ってる」

 耳にかかる息がくすぐったくて、玲子は辰美を引きはがそうと必死だった。

 辰美は玲子を抱く力にぐっと力を込めて、なおも話し続ける。

「ずっと思い続けてたけど、絶対に釣り合わないって何度も言われてた。でも、ある日、お嬢と結婚できるチャンスを幸之助様からもらえたんだ。大輔様達を亡くされて、辛い思いをしてるお嬢を混乱させてしまうって分かってた。でも、この機会を逃してしまえば、二度とお嬢に近づけないと思った……。嫌われてても俺は構わない。でも、俺はずっと玲子の事が好きだ。婚約者になれて、本当にうれしい」

 体に巻き付いていた辰美の手にさらに力が入った。苦しすぎるほどの圧迫感に玲子はなすすべがない。

だからせめて、自由に動かせる口で、玲子は辰美に反抗した。

「……間違ってるわ、辰美は。私考えてたの。自分が辰美の立場だったなら、どうしたのかって。私だったら、絶対に好きになった人を泣かせたりはしない。無理やり抱いたりもしない。相手の気持ちを尊重して、恋人がいるなら諦めるわ」

 すると、辰美はふっと鼻で笑い顔をあげた。

「俺の気持ちを知りもしないで、間違ってるなんて言うな。好きになってから、玲子を抱きたい衝動を何回我慢したと思ってるんだよ。無自覚で、俺の事なんて何とも思ってない玲子を傷つけないように、自分を抑制して……」

 辰美は玲子の胸に顔をうずめた。

「全く……、思いなんて通じないもんだな」

 静かに呟いた辰美は、玲子の腕をベットに縫い付けた。

「とにかく、医者に診てもらおう。了承してくれないなら……」

 そう言って辰美は、玲子の胸のボタンを外し始めた。
 玲子ははっと息を飲む。

「やめて! お願いだから!」

「だったら、医者に診てもらおう」

「それは……」

 事実を知るのが怖かった。医者に診てもらって、妊娠してなければそれで終わりだけれど、もしも、妊娠していたら。

 避けたい事実を受け止めるには、まだ心の準備ができていない。

 辰美がボタンを外し終わり、玲子の肌がさらけ出される。

 首筋に舌をねっとりと這わせ、それは次第に下へと降りていく。

 辰美にスイッチが入っていることが分かった玲子は、慌てて辰美を止めた。

「分かったから! もうやめて」

 玲子の叫びと共に辰美の動きが止まった。


「じゃあ、週末に。医者を呼んでおく」

 辰美は表情一つ変えず玲子に告げると、ベットを離れた。

 重苦しい沈黙の中で、玲子の不安はどんどんと大きくなっていった。
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