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二章 過去編

第56話

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 遠くから自分を呼ぶ声が聞こえる。その声につられて目を開けると、目の前に辰美がいた。

「やっと起きたね、もう夜だよ」

「近寄らないで」

玲子は辰美の胸板を押し返し、体を起こした。窓もないので、空の模様も分からかったが、どうやら、一日中寝て過ごしてしまったらしい。

「夜ご飯、できてるって。食べようよ」

辰美が朗らかな口調で言った。

夜ご飯というワードに玲子の腹の虫がぐうっと反応する。

 玲子はメイドが並べてくれたのであろう、料理があるテーブルについた。

 温かいスープがじんわりと体に染みわたっていく。

 ショックな事が色々あって、食欲がわかなかったから、てっきり体が食事を拒絶しているのかもと思っていたが、手を付けて行くにつれてどんどんと食欲が湧いてきた。

 別に料理を取られるわけでもないのに、急いで口に料理を運ぶ玲子を見て辰美は笑った。

「なに」

 玲子が低い声で睨みつけると、「別に」と辰美は首を振った。

「そうだ。一つ提案があるんだけど。お嬢、俺の秘書として働いてみない?」

「秘書……?」

「ああ。ずっとここに閉じこもっておくよりも、外に出た方が良いかなって思ったんだけど」

 辰美は自分の元に置いておいた方が監視しやすいからという理由は、あえて言わなかった。

 玲子は料理から目を離して、辰美を見る。

 今度は一体何を考えているのだろうか。胡散臭いその笑顔からは、辰美の思惑が読み取れない。

 しかし、日常的に外に出ることができるというのは、とてもいい条件だ。この部屋は光が入らないから心がやんでしまうし、行動制限をされるのがすごく嫌だった。

 けれど、『辰美の秘書』として扱われるのは何だか癪に障る。

 それでは何だか、立場的に辰美の方が上みたいだし、辰美とセットで呼ばれるなんて嫌だ。

 けれど、本当に外に出ることができるのなら……。

「どうする? なるべく早めに返事が欲しいんだけど」

 辰美からその話が出た時点で、玲子の中で答えは決まっていたように思う。

「……いいわ。あなたの秘書、やってあげる」

 とにかく、もうこの部屋にいるのは嫌だった。何も予定なくダラダラと過ごすのも、もう全部が嫌だった。

 この部屋から逃れられるなら、辰美の秘書でも何でもする。

 玲子がそう言うと、辰美は口角を上げて笑った。
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