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二章 過去編

第49話

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「はい、そうです」

「……そうか」
 

大輔は大きくため息をついた。その後一呼吸おいて、言葉を紡ぐ。

「いや、それはすまなかったね」
「え?」


予想外の言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。

「昨日の玲子の話を聞く限り、君が怒るのも無理はない。すまなかったね、一応教育はしているんだが、あの口の悪さはどうにも直らなくて。私からも強く言い聞かせておいたから、どうか、来週からも授業に来てやってくれないか?」


予想していた展開と大分違う。てっきり怒られると身構えていたこの気持ちをどうすればいいのか。

「ああ、いえ……。こちらこそすみませんでした。予定通り、来週からも授業を行う予定です」

そう言うと、安堵の息が向こうから聞こえてくる。

「それはよかった。わがままな娘だがどうかよろしく頼むよ」

「はい」

間もなく電話は切れた。

てっきりクビになるのかと思っていた。が、どうやら、首の皮一枚繋がったようだ。

辰美は玲子に対して怒っているわけではなかった。

ただ、玲子からそういう認識を持たれるのが嫌なだけで。しかし、幸いなことにまた来週からも玲子に会う事ができる。


「よかった」

 辰美は椅子の背もたれに体重を預け、胸をなでおろしたのだった。






                                 ◇◇◇◇◇◇





「どうしてなのよ、お父様!」

玲子は憤慨していた。

父親に辰美からされたことを事細かに伝えたのだが、まるで聞く耳を持ってもらえないのだ。

「玲子、辰美君を怒らすような真似をしてはいけないよ」

父親はさっきからずっとこう言っている。

怒らすような真似って言ったって、あれは辰美がバカにしてきたからであってどうして自分ばかりが悪いことになっているのか。


「あれは、辰美が私をバカにしてきたから!」

納得いかず、玲子が反論を続けていると、父親の怒号が飛んでくる。

「玲子! 目上の人にはさん付けをしなさいといつも言っているだろう!」

父親の剣幕に体が震えた。こんなに怒られたのは生まれて初めてだったからだ。
 

父親の中で、辰美に対する評価はとても高い。

しかし、それは辰美の仮の姿しか見ていないからだ。

(お父様は辰美の事を良く知らないのよ!)

玲子は覚えている。初めて会った時、女物の香水の匂いがしたこと。それを指摘したとき、ぞっとするような冷たい目で見降ろされたこと。

忘れるわけがない。とても怖かったから。

自分よりも、あんな男をかばわれる不愉快さに吐き気がして、玲子は部屋を飛び出した。

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