傲慢令嬢、冷徹悪魔にいつの間にか愛されて縛られてました

萩の椿

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二章 過去編

第43話

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「つみ……辰美ってば!」



遠くから声が聞こえ、慌てて、正面を向くと玲子が神妙な面持ちで立っている。



「あ、ごめんお嬢。何?」


辰美が聞き返すと、玲子は気まずそうに視線を泳がせて制服の腹部分を両手でくしゃりと掴む。

それから、一呼吸おいて玲子は言葉を詰まらせながら話し始めた。

「あ、あのね。実は私、辰美のお父様の事、前から知っていたの。小さい頃、ここでお父様と辰美のお父様が良く会議をしてらして。会議終わり、たまに遊んでもらってたわ。辰美のお父様ってほら、博識じゃない。だから、毎度話を聞くのが面白くて。
 その……、お父様も仕事ばかりだったから、構ってくれることがうれしくて、随分とわがままも聞いてもらった……」

いつも冷静な玲子にしては言葉がまとまっていない。

けれど、何かを一生懸命伝えようとしてくれているのは、その表情から、言葉から読み取れる。

辰美は黙って玲子の言葉を待った。


「その、つまり何を言いたいかって言うとね……、本当に立派な方だった。亡くなってしまったこと残念に思う」


視線を泳がせていた玲子だが、今度は辰美を真っ直ぐに見据える。


その瞬間、玲子の言葉が胸の中に飛んでくる。


じんわりと溶けて、温かく辰美の心を包む。


「立派な方」


父をそう褒められたのは、いつぶりだろうか。

酒におぼれ、辰美さえも忘れかけていた父親の元の姿。

仕事熱心で、努力家、強い精神力、人情に厚い。長所をあげればきりがない。

その後ろ姿は、小さなころから辰美が目標としてきた人だった。

玲子の言葉に今更ながら辰美は気づかされる。
 
どうして、そんな大切な事を他人に言われるまで忘れてしまっていたのだろう。




鼻の奥がツンと痛み、目に溜まりだす涙をどうすることもできない。

玲子には絶対に見られまいと、慌てて顔を下げ手で覆う。

「そうだよねー、うん。そうだ」

自分でも何を言っているのか良く分からないが、悟られぬようになるべく陽気な声を出してごまかす。

最悪だ、よりによって玲子の前でこんなことになるなんて。一体どんな表情で自分を見ているのだろうか。

気になるが今はとても顔をあげられそうにない。


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