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第一章
第16話
しおりを挟む次の日、伊藤は妙に静かだった。
料理を並べる時も、いつもなら味はどうかとか、今日はどんな材料が使われているとか、一方的にペラペラと喋っているのに、部屋に入ったときから、玲子と目も合わせようとしない。
やはり、昨日のことが響いているのだ。あんなものを見せられたら、誰だって戸惑うに決まっている。
しかし、玲子から話しかける訳にも行かず、重苦しい沈黙が流れていた。
辰美から食事を残すようなことがあったら、また同じことをすると言われたので、玲子は料理を全て平らげた。
空になったお皿をカートに戻し終わった後、伊藤は静かに一礼して部屋を出た。
食事を終えてやることが無い玲子はしばらく、椅子に座っていた。
大体、伊藤がいつもそばにいてくれたので退屈せずに済んだが、今日からはそうもいかなさそうだ。
「はぁー」
無意識に深いため息が出た時、いきなりドアから伊藤が現れた。
「あの、お嬢様!」
「なにっ?」
驚きのあまり玲子の声が少し裏返る。
伊藤は駆け足で玲子に近ずき、乱れた呼吸を整えるように深く深呼吸して話し始めた。
「一晩中考えてました……。昨日、お嬢様が仰られていた事。辰美様が優しい人ではないと。私、それがとても信じられなくて。私たちのようなものにも、誠意を持って接してくださる方なので。でも、昨晩の様子を見ていると本当なのかなって……」
玲子は昨日の羞恥を思い出し頬が赤くなる。
しかし、辰美の本性を1人でも分かってくれる人がいてよかったと玲子は思った。辰美は外ズラが良く、昨日のように人前で本性を出すことは中々ない。
ゆえに、辰美の性格の悪さに気づく人は少なく、両親にどれだけ辰美の悪行を伝えても信じてはくれなかった。
初めて理解者ができたのだ。
「私、政略結婚だったんです 」
「え?」
話が突然切り替わり困惑する玲子をよそに、伊藤は自嘲気味に笑って話す。
「子どもが1人居ますが、旦那との間に愛はありません。家のためとはいえ、籍を入れてしまったことを今でも後悔しています」
「そう……なの」
玲子は戸惑いながらも、とりあえず相槌をうった。
しかし、明るく気さくな性格の伊藤からは、かけ離れている話というか、なんというか……。
なんだかすごく意外な一面を見た気がする。
「こんな思いをするくらいなら、もっと反抗しておけばよかったと思います……、当時付き合っていた彼氏と駆け落ちするとか。今更後悔しても、もう遅いですけど……。でも、お嬢様ならまだ間に合うかなって、思ったんです」
伊藤は一点を見つめ、何かを決心するように、自分に言い聞かせるように意気込んで話す。
そして、段々と引き締まった顔つきになっていった。
「この部屋から出ること、ご協力します」
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