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第一章
第4話 辰美
しおりを挟むグレーのスーツを身にまとった長身の男が、ドアから現れた。
整った眉毛に鷹のような鋭い瞳で玲子を捕える。
「久しぶり、お嬢」
その男の一言は重苦しい雰囲気を一蹴した。
「お前も覚えておるじゃろう。東西辰美じゃ」
幸之助は、辰美を見上げながらほほっと笑った。
東西辰美は、東西グループの長男である。
しかし、8年前に西園寺グループが買収し、今は西園寺グループの傘下に入っている。
そして、辰美は玲子が13歳から19歳まで、主に礼儀作法を教えこんだ教師だ。
しかし、教師とはいっても、もう少し砕けた関係ではある。
「ちょっと待ってください、おじい様。いくらなんでも話がむちゃくちゃです」
玲子は幸之助を睨みつけた。
しかし、幸之助は不敵な笑みを浮かべるだけで、辰美は、こういう展開を予想していたかのように余裕の表情を浮かべている。
正直に言うと、玲子は辰美が苦手だった。
辰美は、その整った容姿から女性関係が尽きず、トラブルが多かった。
こちらが雇用主だと言うにも関わらず、馴れ馴れしく、常に女性物の香水の匂いがする玲子が苦手な典型的なチャラ男タイプだ。
しかし、さぞかし、適当な男なのだろうと思っていたら、辰美の仕事ぶりはいつも完璧だった。
受け答え一つで相手の印象が大きく変わることや、食事の時のマナーなどを逐一丁寧に教えてくれた。
いい所もあるのだと、辰美を見直しかけた玲子だったが、やはり辰美のことは好きにはなれなかった。
辰美はたまに、何を考えているのか分からない時があるのだ。笑みを浮かべているが、目は笑っていない気がして、少し怖い。
その、類まれなるコミニュケーション力で、玲子の両親からも、幸之助からの評判も良かったが、玲子だけは苦手意識を持っていた。
「私、お付き合いしている男性がいます」
「知っている、別れなさい」
幸之助が冷たく言い放った。玲子は納得がいかず、続けた。
「辰美は、私と8も歳が離れています」
「左様」
「それに、好きじゃありません」
「俺結構尽くすよ?お嬢」
辰美が口を開いた。
「あんたは黙ってて」
玲子が言うと辰美はすぐさま目を逸らし、いじけたように唇をとがらせた。
そして、幸之助が「ひとまず」と場をしずめた。
「玲子と結婚した後、辰美を婿養子に迎え、あとを継がせる。その後に、お前たちの子どもを———」
玲子は机を強く叩いて立ち上がった。
「いい加減にしてください!」
この祖父の強引な考えは玲子を追い詰めていた。
祖父から呼び出された理由が、まさかこんな話だとは思ってもみなかった。きっと、祖父も大切な息子達を亡くして辛いだろうからと、心配して来たというのに。
よりにもよって、自分の結婚話だとは。
玲子には、幸之助が冷徹人間のように思えた。
「そういう話なら、帰ります」
玲子は幸之助と辰美を睨みつけ、踵を返し部屋を出た。
ドアが乱暴に音を立ててしまった後、幸之助が深くため息をついた。
「玲子を頼むぞ、辰美」
辰美は、幸之助に向かって深く頭を下げたあと、玲子を追った。
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