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第3章(ダリル編)
第75話 (最終話)
しおりを挟むそれから数日後。オアシスの水瓶は無事浄化され、ブロン国内は歓喜に沸いた。そんな中、城内をこそこそと動き回る影が一つ。ダリルは今日、ブロン国をたとうと決め、ゼノに手紙を渡しに来たのだ。
(流石に直接会う勇気はないからな……)
ブロン国を出て行くことにはなったものの、まったく何も言わずに姿を消すわけにもいかないだろう。短い間だったがお世話になったのだから、お礼を言って別れたい。
ダリルはゼノと寝起きを共にしていた部屋に手紙を置いた。
「ありがとう。さよなら」
色々思い出深いけれど、もう思い残すことはない。最後に部屋をぐるりと見回してダリルは部屋のドアを開けた。
「あっ」
部屋を出て行こうとしたダリルに何かがぶつかった。見上げれば、ゼノが目の前に突っ立っていた。
(最悪だ……)
「これは……ゼノ様……、丁度今挨拶に向かおうと思ったとこで……。あの、気持ちを言葉にするのは苦手なので手紙を書いておきました。テーブルの上に置いてあります……。その、今までありがとうございました」
じゃあ、そう言ってその場を去ろうとしたダリルの手を、ゼノが掴んだ。
「待って」
ぎりぎりと痛いほど強く掴まれたゼノの手は、少し汗ばんでいた。
「離婚……やめませんか」
ボソッと聞こえた言葉にダリルは顔を上げた。
「ダリルさんは……、母上が教えてくれたことを俺に思い出させてくれた。国民は家族、家族を知らない俺は、その事をいつの間にか忘れてたんです。初めは、同盟の為の結婚であって、鬱陶しいとしかおもわなかった。けどっ……、うまく言えないんですけど、ダリルさんの存在が俺の中でだんだん大きくなったんです。ノワール国に帰るなんて、言わないで」
時々、言葉を詰まらせながらゼノはダリルに本心をぶつけてきた。こんな風に焦っているゼノを見るのは初めてだった。
「……勝手な事言わないでください。僕はゼノ様にされたことは許せません」
ゼノの冷たい態度、娼館通いがトラウマになっているダリルの心は、今でも傷つけられたままだ。
「ごめんなさい。深く反省しています」
「謝ればいいってものじゃないでしょ……」
「だから、今日から俺と恋愛を始めてくれませんかっ」
「恋愛……?」
「もう二度と、傷つけません。ここに残ったことを後悔させないようにしますから。俺ともう一度恋愛してください」
ゼノはダリルの目を見据えた。真剣なのだという気持ちがゼノの瞳からひしひしと伝わってくる。
「でも、もう今更……」
ノワール国に帰ろうと心に決めていたダリルにとっては今更の話だ。それでも、ゼノの目を見れば、何故かその手を振り払えない。
「俺の心音聞いて」
ダリルの手をそっと握り、ゼノは自分の胸元に当てた。
早めの振動がドクドクとダリルの手の表面に伝わってくる。
「ダリルさんと向かい合って、俺はこんなにも緊張してる」
ゼノと初めて出会ったダリルの心音もこんな感じだった。自分の夫となる人はどんな人なのだろうかと、ドキドキと飛び跳ねていた。
今までダリルからの一方通行だった気持ちに、段々とゼノが応え始めている。相手の事を思い、心をかき回されているのはもうダリルだけではないのだ。
「帰らないで」
やられたことは許せない。けれど、ゼノの表情を見れば、以前のゼノと違うという事は明らかにわかった。ダリルを傷つけていたゼノはもうどこにもいない。
(考えてみれば、恋愛をすっぽぬかした結婚だったよな)
ブロン国に来て、すぐにゼノと結婚式を挙げて。お互いの気持ちを無視した結婚に愛なんて生まれる訳がないのだろう。
恋愛は全てタイミングだ。片方の気持ちが高ぶっても、相手の気持ちが伴わなければ関係は終わってしまう。それでも、ダリルが振り向くことによってまたゼノとの関係を新たに始めることができるのなら。
ダリルはゼノに握られた手を振り払わなかった。
「あと、もう一ヵ月だけなら、ここにいてあげても……」
そう呟いたダリルであったが、この後二度とノワールに帰りたいと口にすることはなかった。
その後、ダリルは真摯に思ってくれるゼノと恋愛をし、たまに喧嘩をしながらも幸せな家庭を築いていくのだが、今のダリルはそんなこと知る由もない。
~終わり~
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HALU様
お帰りなさい!!
そして、またまた感想ありがとうございます😊
感情を入れて読んでくださることは、とっても嬉しいことですね♡ 私も登場人物になりきったつもりで書くので、たまに涙が出ることもあります😭 両国の対立には歴史がありますが、それでも少しずつでもお互いの国が寄り添っていってくれることを願うばかりです。みんなが笑い合って過ごす世界、実現すればいいですね!!
pomuko 様
貴重なご感想ありがとうございます♡♡
そうですね、やっぱり2人とも本音で語り合ったというのが一番大きいと思います。ルーシュはノアの為に離れようと思い、ノアはルーシュの為に側にいようと決めた。2人の出会いは本当に不思議なものなのですが、今ではラブラブな夫婦です🥰
よかったら、第二章やダリル編も見て行ってくださいね😊😊
ノアとして生きていくアキの姿を読んで
想像すると胸が締め付けられたり、
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考えると‥今の御時世の某両国の国民を思い、
考えて胸の痛む思いです。
登場人物の心情の描写が繊細で緻密な場面も
多くて惹き込まれ、感情の波が揺れました。
その後の物語を読みたいです♪
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番外編・第2幕‥待ちますので
検討の程よろしく御願いします((o(´∀`)o))ワクワク
HALU様
貴重なご感想ありがとうございます♡♡
今、第二章を作成しているところです!!ノアの妊娠や子ども達の話なので、よかったら見てくださいね!!11月に行われるBL大賞に間に合うように公開いたします。
私も、ノアやアキの心情を思うと、書いている途中胸が締め付けられました。ブロン国民、ノワール国民、みんな平和に暮らして欲しいですけど、難しいのが現実なんですよね‥‥。でも、少しずつ歩み寄ってほしいです。第二章では、幸せに暮らしている国民の様子も描きますよ!!
これからもよろしくお願いします☺️