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第3章(ダリル編)

第67話

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 そんなある日のこと。

「食べないんですか、それ」

 珍しくゼノの方から、ダリルに話しかけてきた。

「え?」

「いや、バターが落ちそうだから」

 ゼノに言われ、手元を見ると手に持っていたパンから、バターが零れ落ちそうだった。ダリルは、急いでパンを口に含む。

「……最近、ダリルさんに元気がないと、スイレンが心配していました」

 ゼノの言葉にダリルはゆっくりと顔を上げた。

「……別にそんなことないですよ。心配していただかなくて、大丈夫だとスイレンさんにはお伝えください」

 ダリルはそう言って、自分の食事に目を落とした。しかし、ゼノから感じる視線に再び顔を上げる。
 ゼノはじっとダリルの顔を見ていた。表情からは何を考えているのか全く分からないが、こうもずっと見られていると、食べにくい。


「お互いに干渉しない。ゼノ様が言ったじゃないですか。僕の事はどうかお気になさらずに」

 すこし棘のある言い方になってしまったが、これがダリルの本心だった。

「ごちそうさまでした」

 これ以上、ゼノと一緒にいたくなくてダリルは食事を切り上げて席を立った。







「あれからもう三週間もたってたのか」

 娼館での一件以来、いつの間にか三週間も時が進んでいた。ゼノに言われたことは、ダリルにとってはかなりショックで、何日間はふさぎ込むようにして過ごしていた。そして気づけば三週間が経っていた。


「時間の流れって不思議だ」


 何故か、ブロン国に初めて来た時よりも今の方が居心地が悪い気がする。常にノワール国に帰りたいと思ってしまうし、特にやることもなく代り映えしない毎日を過ごしている。
 ノワール国にいた時は、学校に通い、植物の研究をして自分のやりたい事が出来ていた。今思えば、ノワール国での毎日は輝いていたのだ。その生活が恋しくなるのも無理はない。
 ノアはベットに寝転んで、窓から見える空を見上げた。


(同じ空なのに、ブロン国とノワール国で見るのではこうも違うのか……)



 同じ晴天だとしても、今は太陽の存在がうっとおしく感じた。なんだか光を受けたくなくて、寝返りをうった時、ダリルの腹の虫がぐうと鳴いた。

「ああ、そうか。朝食あんまし食べられなかったから……」

 ゼノと一緒の空間にいたくなくて、早めに食事を切り上げたのだった。食べたのは、パンを数口だけだ。
 ダリルは起き上がって、部屋にいたスイレンに声を掛けた。


「すみません。お腹が空いたので早めに昼食をとりたいのですが」


 ダリル言葉を聞いたスイレンは、「すぐに支度をします」と言って部屋を出て行った。





 目の前に豪華な食事が並べられていく。基本的に一人で摂る事が多い昼食は、気が楽だった。ゼノに気兼ねする必要がないからなのかもしれない。


「こちらで以上になります。お召し上がりくださいませ」


 料理を並び終えたパンジーがダリルに向かって頭を下げた。


「ありがとうございます」


 ダリルはパンジーに礼を言い、いざ食べようとしたところフォークとナイフがセットされていないことに気づいた。



(パンジーさんがミスするなんて珍しいな)


 性格はスイレンよりもきついけれど、その分、仕事もしっかりこなす。そんなパンジーがミスしたところを見たのはこれが初めてだった。


「あのすみません。ナイフとフォークをもらっていいですか」


 ダリルがそう言うと、パンジーは「あっ」と声を上げて慌てて戻ってきた。


「申し訳ありません」


 そう頭を下げてパンジーがナイフとフォークを渡してきたとき、ダリルはある異変に気付いた。


「パンジーさん、少し痩せましたか?」


 袖から見える手首が、尋常ではないくらい細くなっている。まるで、病人の様だ。


 パンジーはそっと手首を引いた。


 ダリルはパンジーに視線を向ける。


(頬がこけてる、それに全体的にやせ細ってる……)


 三週間前とはあまりにも違うその姿に、ダリルは今まで気づかなかった。


「どうかしたんですか?」


 女性に体型の事を聞くのは失礼だとは分かっているけれど、放っておけないくらいの姿だったのだ。


「……どうかって、今更何言ってるんですか……」


「何のことですか?」


 パンジーの言っている意味が分からず、ダリルは聞き返した。


「今のブロン国が置かれている状況、知らない訳じゃないですよね……」


「え?」


 ダリルは、決してとぼけているわけではない。パンジーの言っている意味が本当に分からなかったのだ。しかし、パンジーからすればそんなダリルの態度が気に食わなかった。
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