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第3章(ダリル編)
第66話
しおりを挟む「このお部屋にございます」
老婦人に案内された部屋は、一番奥にあり、多分この娼館一大きい部屋だ。扉も大きく豪華な装飾が施されていることから、もしかしたら限られた人しか使えない高級な部屋なのかもしれない。
「ゼノ様、少しよろしいでしょうか?」
「なんですか?」
老婦人の呼びかけにゼノの声が帰ってきた。
「ダリル様がお見えです」
それから数秒経って、ゼノの返事が返ってきた。
「どうぞ」
ダリルはゼノが待ち構えている部屋の扉を開けた。
中には、ゼノと一人の綺麗な女性が座っていた。ゼノはお酒を飲んでいたようで少し頬が赤くなっている。
「こんな所まで、一体どうされましたか?」
「何やってるんですか。こんなところで」
ダリルはゼノの顔を睨みつけた。
「何って、見ての通りです。お酒を飲んで、食事をしています」
「そうじゃなくて! ここ娼館ですよ! 貴方はもうここに来ていいような立場ではないでしょう!」
とぼけているのか、真正直なのか。ゼノは隠すことなく自分がしていたことをダリルに伝える。悪びれている様子が全くないのが、ダリルは腹立たしくて仕方がない。
「仮にも僕たち結婚してるんですよ! こんなこと、許されるはずがない!」
なによりもショックだったし、裏切られた気分だった。怒りを込めて、ダリルはゼノに叫んだ。
しかし、ゼノの表情は全く変わらない。
「……ダリルさんと、俺って、そんな嫉妬の感情が生まれるほど、親しい間柄でしたっけ?」
「……は?」
予想もしてなかったゼノの言葉に、ダリルは呆気にとられる。
「俺は別に、ダリルさんがどこの誰と体の関係を持とうと、一向に構いません」
「何を、言ってるんですか……?」
「ダリルさんは結婚したのだからとか、夫婦なのだからと言いますが、これはブロン国とノワール国の同盟の為の結婚であって、お互いが好き同士で結婚しているわけじゃない。そうですよね?」
ゼノの言いたい事は分かる。けれど、同盟の為であっても夫婦となったのだから、仲良くありたいとダリルは思っているのだ。
「例え、そうだとしても、僕はゼノ様と本物の夫婦になりたいと思っています!」
ダリルが自分の気持ちをまっすぐに伝えると、ゼノは眉間に皺を寄せてこめかみを人差し指で掻いた。
「夫婦の価値観は人それぞれでしょ」
「どういう意味ですか?」
面倒くさい、そう思っているのがゼノの表情から伝わってくる。
「俺は、同盟の為にいきなり結婚させられた良く分からないブロン国のオメガと、親睦を深めようなんて思いません。それぞれ、自由に生きればいいじゃないですか。お互いストレスを溜めないで済むんだから」
「……それが、ゼノ様のお考えなのですか?」
夫婦関係になったのだから、仲を深めようとするダリル。恋愛感情のない相手と夫婦関係にされたのだから、お互い干渉せずに自由にやっていきたいゼノ。お互いに違う価値観を持っている。
ゼノの意見が変わらなければ、ダリルが理想とする夫婦像は絶対に実現することはできない。
「ええ、そうです」
ゼノが頷いた瞬間、ダリルは背を向けて部屋を去った。
自分の考えが、いかに甘かったのか良く分かった。ゼノはダリルと仲を深める気なんてさらさらなかったのだ。あくまで同盟の為の結婚であって、そこに感情を持ち入ろうとはしない。だから、結婚式でダリルが話しかけても、反応は薄く、共有して使っている部屋でも、ダリルとの会話を避けていたのだ。
「もう、疲れた……」
ダリルの頬に、涙が流れた。
頑張って仲を深めようとしていた相手に、鬱陶しいと思われていたことは精神的にかなりくるものがある。
ダリルは涙を拭いながら、城までの帰路を辿った。
それからのダリルは、まるでもぬけの殻のようになってしまった。いつもなら、起きてすぐゼノに自分から挨拶をしていたのだが、ダリルが口を開くことはなかった。
(どうせ、無駄だし)
ダリルはゼノの事を空気として扱う事に決めたのだ。もう、親睦を深めようなどとも思っていない。時期が来れば、子どもを産まなければならないが、求められるままに体を重ねることを心に決めた。
ゼノと同じく、この夫婦関係には感情を持ち込まないようにするのだ。
けれど、そう思うと不思議と心が軽くなった。もう、自分を突っぱねる相手にすり寄っていかなくていいのだから。相手に干渉せずに、自分の心が赴くままに過ごせる。そうやって過ごしている内に、ゼノに対する怒りも薄れていった。
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