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第3章(ダリル編)
第63話
しおりを挟むノワール国から来たオメガの王子。結婚はしたけれど、それはブロン国とノワール国の同盟の為であって、本音を言えばダリルの存在はうっとおしい。
ブロン国の者も半数以上が、ダリルの存在を疎ましく思っているだろう。そんな中で生活して、ダリルは居心地悪く感じているに違いない。
実際、あの夜ダリルがノワール国へ帰りたいとぼやいていたのを、ゼノは知っている。
「帰りたいなら、帰ればいいじゃないですか。ノワール国のオメガ王子」
ゼノはダリルの目にかかった髪の毛を手で払った。すると、何かを感じ取ったのか、ダリルは「ふふっ」とくすぐったそうに笑う。
ゼノはその瞬間、無意識にダリルのおでこにキスを落としていた。
何故、自分がそんな行動をしたのか、まったく見当もつかないが、不思議とダリルへと引き寄せられたのだ。
「オメガの匂いにあてられたな、これは」
長くこの部屋に居続けたせいで忘れていたが、この部屋は今、アルファを誘うオメガの匂いに満ちている。ゼノもラット抑制剤を飲んでいるが、こうも何時間もこの部屋に居続けてしまえば、薬の効果も切れる。
大して意識もしていない、強いて言うならばゼノはあまりダリルの事が好きではない。けれど、そんな関係にあったとしても、オメガの匂いは強力でアルファはほだされてしまう。
「恐ろしい匂いだ。まったく」
最後にダリルの顔を一瞥して、ゼノは部屋を後にした。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
数日後の夜、体調が回復したダリルはゼノへと頭を下げた。ヒート時の記憶は曖昧だが、ゼノらしき男性が自分の体にたまった欲望を発散させてくれたことは覚えている。
ゼノは、いつも深夜十二時を過ぎて帰ってくるのに、今日は何故か早く部屋に帰ってきていた。そのおかげでこうして直接お礼を言う事ができたのだ。
「別に、気にしないでください。それと、これ」
ゼノから渡されたのは、オメガの抑制剤の薬だった。
「あっ! ありがとうございます……、これ、探してたんです。一体どこに……」
「あなたの世話係、パンジーが隠していました」
「え?」
ダリルが呆気に取られていると、扉がノックされた。部屋に姿を現したのはパンジーだった。
「あの、どういう……」
状況がイマイチ読み込めないダリルは、ゼノに視線を向ける。
「今言った通りです。パンジーはブロン国とノワール国との戦争で、父親を亡くしています。その恨みで、ノワール国のオメガであるあなたの抑制剤を隠したそうです」
「あ……、そうですか……」
やっと状況が飲み込めたダリルは、そう静かに呟き、パンジーの顔を見た。
(目が据わってる……)
悪い事をしてしまったという後悔は、あまりしていないのだろう。これから待ち受けている罰を受け入れる覚悟ができているという顔だ。
「どうしますか、ダリルさん?」
ゼノがダリルに尋ねる。
「憎む気持ちがあったにせよ、これは許されない行いです。あなたが望むなら極刑にもできますが」
「極刑だなんて……、ちょっと待ってください!」
恐ろしい事を口にするゼノに、ダリルは慌てて首を振った。
(何もこんな事で、やりすぎだ……。だから、パンジーさんの顔もこんなに絶望に暮れているのか)
「極刑なんて僕は望みません。反省してもらうだけで十分です……」
いざこざが起きることは覚悟のうえで、ダリルはブロン国に来ているのだ。されたことは、許しがたいけれど、こんな事でいちいち気を荒げているようでは、いつまでたってもブロン国の国民に受け入れてもらう事なんてできないだろう。
「よろしいのですか? パンジーはまた同じことをするかもしれませんよ」
ゼノは意地悪な質問をしてくる。けれど、ダリルの答えは変わらなかった。
「はい、大丈夫です。パンジーさんは変わらずに、僕の世話係をお願いします」
ダリルがそう言うと、パンジーは驚いた表情をしていた。極刑にはならずとも、クビにされるくらいの覚悟はしていたのだろう。
「ダリルさんがそう言われるのならば。俺は特に何も言う事はありません。良かったですね、パンジーさん。ダリルさんが寛大な方で」
「……はい」
パンジーは頷いて頭を下げた。
「寛大な処置に感謝いたします。それでは、私はこれで」
パンジーが部屋を出て行くと、ダリルとゼノだけの空間となった。結婚式を挙げて、一ヵ月が経とうとしているが、会話という会話をしたのは今日が初めてであった。だからこそ、こういう時にどんな会話をしていいのかが分からない。
「あ、あの……」
「いいですよ別に、無理に喋ろうとしなくても」
「へ?」
まるで、脳内を見透かされているようなゼノの言葉に、ダリルの心臓がドキリと跳ねた。
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