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第2章
第52話
しおりを挟む「なあノア。お前何で自殺なんかしたんだよ」
それまで颯爽と歩いていたノアの足が止まり、顔から笑顔が消える。アキがノアに駆け寄ると、ノアの瞳からは涙が流れていた。
「馬鹿な事をしてしまったと思っています……。それでも、僕はセルを愛していたんだ」
「セルを愛してたのに、何で自殺なんか……」
その時、ノアの頭にふと「ブロン国とノワール国の平和同盟」の事が浮かんできた。お互いの国のオメガを、それぞれの国王の妃として、友好をはかること。確か、ブロン国のオメガは、ノア一人しかいなかったはずだ。
「僕は、ノワール国に行かなければならなかった。ブロン国のオメガは僕だけだったから。平和の為には、行かなければいけない。そう頭では分かっているのに、セルではなく、他の男の人と番を結び、体を求められ、子どもを作らなければならない。それがどうしても耐えられなかったのです」
「ルーシュに相談する気はなかったのか?」
ルーシュなら、思いあっている者同士を引き裂くようなことはしないだろう。ノアがセルと生きたいと正直に話していればきっとわかってもらえたはずだ。
「ルーシュ様は今でこそ、アキさんといて丸くなられましたが、以前はそうではなかったのですよ。私達ブロン国では冷酷な人だと言われていました」
「そうなのか……?」
確かに、最初ルーシュに会った時は冷たい印象があった気がする。しばらくは、ルーシュと心を通わせるのに時間を要した。
「アキさんだからこそ、ルーシュ様を変えることができたのでしょう」
ノアは零れ落ちる涙を拭いて、ノアを見据えた。
「ルーシュ様の事は、恨んでません。この平和同盟によって、敵同士だった国民達が手を取る姿を見ることが出来ましたから。でも、自殺したことを全く後悔していないと言えば、嘘になります。だから、アキさんはこれからも僕の体で生きてください。あなたは今、大切に思う家族もいるじゃありませんか」
家族という言葉に、ルーシュやメアリの顔がノアの脳内に思い浮かんできた。かなうことなら、これからもアキはノアとして生きていきたい。しかし、セルの気持ちを無視することもできないのだ。
「でも、ノアが良いと言っても、セルは納得しないだろ」
「そうでしょうね。だから今から僕がセルの元へ行ってきます」
「セルの所に?」
「はい」
そう言うと、ノアはふらっと踵を返してまた歩いていく。アキもその後ろを追いかけようとしたが、不思議なことにさっきまで動いていた足が全く動かない。
その間、ノアはどんどん遠のいていく。
「待てよノア! もうお別れなのか?」
アキがそう叫ぶと、ノアはゆっくりと振り返って頷いた。
「僕の霊魂はそろそろ消えます。なので、最後に一つ、アキさんにお願いがあるんです」
「なんだ! 俺ができることならなんでもするぞ!」
本当は、死んでいたはずのアキに体を譲ってくれて、生かしてくれた命の恩人ノア。今の幸せがあるのは、すべてノアのおかげなのだ。その恩人が望むことなら、何でも叶えてあげたい。
「どうか。僕の墓をたててくださいませんか?」
「墓……、墓だな! 絶対、絶対たてるよ!」
アキがそう叫ぶと同時に、ノアの姿は消え去った。最後に見たノアは、満面の笑みを浮かべてこちらに手を振っていた。
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