6 / 75
第1章
第5話
しおりを挟む
あれから、何時間経ったのだろう。
ドアに耳を当てても足音一つ聞こえない。
ノアはあれから、すぐ部屋を出ようと試みたのだが、外側から鍵をかけられていた。ならば、窓からと思ったのだが、ここは地上から二十メートルは離れている。紐のようなものでもない限り、窓から脱出するのは危険だろう。特にやることもないので、部屋をうろうろしていると、一瞬、鏡に映る己の姿に驚いた。
「ああ、おれか……」
ノアになったとはいえ、まだこの姿は見慣れない。白銀の髪の毛に血色の薄い肌。性別は男だけど、可憐という言葉がこのノアという男には良く似合うと思った。
アキは決してイケメンという部類には入らなかったので、こういう整った顔を鏡で見るのは慣れない。ただ真正面から見る姿も、振り向きざまも、どの角度から見ても見とれるほどに美しい。そんな自分の姿に見入っている時、ノックもなしにいきなり後方のドアが開いた。
「待たせたな」
ルーシュが、ずかずかと部屋に入ってくる。
「少々、国民に説明するのに手間取った。そなたの父上は、ブロン国の者と国に帰ったぞ」
「ああ……、そうか」
(あのオヤジ、やっぱり、ノアの父親だったのかよ)
「それより、お前、何者だ?」
ルーシュはノアの顎をすくい上げる。
「命を絶とうと心臓をナイフで刺して、無傷だとは考えられん」
三十センチは差があるであろう身長差で、上から見下ろされる。
「つい先ほどまでは、まるで感情のない人形のような振る舞いであったのに。その瞳には意思が宿っているように見える」
顎にあった手が、頬から耳へと滑る。そのくすぐったさに、ノアは身震いした。
「一体何を隠している?」
ルーシュは両手を壁につき、ノアに視線を合わせた。こんな間近で、見つめられたことのないノアは、視線が泳ぐ。
「……なにも」
男の威圧に圧倒され蚊の鳴くような声しか出なかった。しかし、それがおかしかったのか、ルーシュは、ふっと鼻で笑う。
「まあ、これから一生を添い遂げるものが平凡では面白くない。これから先長いのだ。お前が隠している秘密をすべてあぶり出してやろう」
「あ、あの。俺さっきも言ったけど、あんたと婚約するつもりなんてないからな」
ノアの主張を聞いたルーシュは呆れたように笑う。
「まだ言ってるのか? 今更遅い。もう、お前の譲渡契約は済んでいると言っただろう」
「そ、そんなもの解消する!」
「個人の勝手でできることではない。それに、敵対していた両国がやっと歩み寄りを始めたのだ。水を差すわけにはいかない……、分からないならもう一度言おう」
ルーシュの顔が段々と近づいてくる。逃げ出したくても後ろは壁。ノアは最大限首を捻りルーシュの顔をかわす。
「お前に逃げ場などない」
耳元で、低く囁かれる。ただそれだけなのに、まるで絶対的な支配権をルーシュに握られているような気持になる。
これがノアの婚約相手。端的な言葉で場を収め、流れを変えることができるところを見ると、かなりのやりて。かなり手ごわい相手だという事は確かだろう。
◇◇◇◇◇◇
それから、ルーシュとの共同生活が始まった。基本的に、ノアは外出を禁じられ、世話係という名の見張りが常に二人はノアにつき、行動を制限されている。ノアに用意されているのは、編み物などまるで花嫁修業の一環のようなものだった。
こんなのやってられないと、ノアは一日でそれを放り出し、基本的にはベットの上でただ時間を潰すことが多くなった。アキとして生きていた時代は、常に父親の生活に合わせていたため、こういうだらだらと過ごす時間はなかった。悪くはないが、こうも一日なにも予定がないとなると暇で仕方がない。
(そろそろあいつが帰ってくる頃だ)
ベットに寝転びながら窓の外を眺めると、日が暮れ始めていた。案の定、五分後にドアが開き、ルーシュが返ってきた。それを合図に使用人たちは皆部屋を出て行きルーシュとノアだけの空間となる。
ドアに耳を当てても足音一つ聞こえない。
ノアはあれから、すぐ部屋を出ようと試みたのだが、外側から鍵をかけられていた。ならば、窓からと思ったのだが、ここは地上から二十メートルは離れている。紐のようなものでもない限り、窓から脱出するのは危険だろう。特にやることもないので、部屋をうろうろしていると、一瞬、鏡に映る己の姿に驚いた。
「ああ、おれか……」
ノアになったとはいえ、まだこの姿は見慣れない。白銀の髪の毛に血色の薄い肌。性別は男だけど、可憐という言葉がこのノアという男には良く似合うと思った。
アキは決してイケメンという部類には入らなかったので、こういう整った顔を鏡で見るのは慣れない。ただ真正面から見る姿も、振り向きざまも、どの角度から見ても見とれるほどに美しい。そんな自分の姿に見入っている時、ノックもなしにいきなり後方のドアが開いた。
「待たせたな」
ルーシュが、ずかずかと部屋に入ってくる。
「少々、国民に説明するのに手間取った。そなたの父上は、ブロン国の者と国に帰ったぞ」
「ああ……、そうか」
(あのオヤジ、やっぱり、ノアの父親だったのかよ)
「それより、お前、何者だ?」
ルーシュはノアの顎をすくい上げる。
「命を絶とうと心臓をナイフで刺して、無傷だとは考えられん」
三十センチは差があるであろう身長差で、上から見下ろされる。
「つい先ほどまでは、まるで感情のない人形のような振る舞いであったのに。その瞳には意思が宿っているように見える」
顎にあった手が、頬から耳へと滑る。そのくすぐったさに、ノアは身震いした。
「一体何を隠している?」
ルーシュは両手を壁につき、ノアに視線を合わせた。こんな間近で、見つめられたことのないノアは、視線が泳ぐ。
「……なにも」
男の威圧に圧倒され蚊の鳴くような声しか出なかった。しかし、それがおかしかったのか、ルーシュは、ふっと鼻で笑う。
「まあ、これから一生を添い遂げるものが平凡では面白くない。これから先長いのだ。お前が隠している秘密をすべてあぶり出してやろう」
「あ、あの。俺さっきも言ったけど、あんたと婚約するつもりなんてないからな」
ノアの主張を聞いたルーシュは呆れたように笑う。
「まだ言ってるのか? 今更遅い。もう、お前の譲渡契約は済んでいると言っただろう」
「そ、そんなもの解消する!」
「個人の勝手でできることではない。それに、敵対していた両国がやっと歩み寄りを始めたのだ。水を差すわけにはいかない……、分からないならもう一度言おう」
ルーシュの顔が段々と近づいてくる。逃げ出したくても後ろは壁。ノアは最大限首を捻りルーシュの顔をかわす。
「お前に逃げ場などない」
耳元で、低く囁かれる。ただそれだけなのに、まるで絶対的な支配権をルーシュに握られているような気持になる。
これがノアの婚約相手。端的な言葉で場を収め、流れを変えることができるところを見ると、かなりのやりて。かなり手ごわい相手だという事は確かだろう。
◇◇◇◇◇◇
それから、ルーシュとの共同生活が始まった。基本的に、ノアは外出を禁じられ、世話係という名の見張りが常に二人はノアにつき、行動を制限されている。ノアに用意されているのは、編み物などまるで花嫁修業の一環のようなものだった。
こんなのやってられないと、ノアは一日でそれを放り出し、基本的にはベットの上でただ時間を潰すことが多くなった。アキとして生きていた時代は、常に父親の生活に合わせていたため、こういうだらだらと過ごす時間はなかった。悪くはないが、こうも一日なにも予定がないとなると暇で仕方がない。
(そろそろあいつが帰ってくる頃だ)
ベットに寝転びながら窓の外を眺めると、日が暮れ始めていた。案の定、五分後にドアが開き、ルーシュが返ってきた。それを合図に使用人たちは皆部屋を出て行きルーシュとノアだけの空間となる。
28
お気に入りに追加
711
あなたにおすすめの小説
彼の理想に
いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。
人は違ってもそれだけは変わらなかった。
だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。
優しくする努力をした。
本当はそんな人間なんかじゃないのに。
俺はあの人の恋人になりたい。
だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。
心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。
【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎
亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡
「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。
そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格!
更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。
これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。
友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき……
椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。
.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇
※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。
※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。
楽しんで頂けると幸いです(^^)
今後ともどうぞ宜しくお願いします♪
※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)
今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
その溺愛は伝わりづらい
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】
【続編も8/17完結しました。】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる