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なぜかウェンディは森の中にいる。
今日もいつも通り、面倒なことに巻き込まれているからだ。

「見て見てウェンディ様っ!あれ、小林檎です!」

アンナはもう癖になっているのかウェンディのワンピースの裾を引っ張り、1本の木を指差す。
そこには、野生の小林檎の木があり、濃紅色の果実が実っていた。

熊獣人がロランダに居つくようになってからは、彼らは人間より嗅覚が優れ、魔物の気配を察知し避けることができるため、1週間程前から森での果実やキノコの採取も始まった。
数人の男の熊獣人と人間または熊獣人の女性たちが中心となって、採取は行われた。

そんな時、好奇心旺盛なアンナも自分も森に果実を取りに行きたいとごねたのだ。
何とはた迷惑な話だが、アンナの母親はウェンディが一緒だと行ってもいいと許可を出したのだ。

全く行きたくなかったウェンディの心中は、いざ森に来た今でも面倒くささでいっぱいだ。




きゃっきゃと嬉しそうに飛び跳ねるアンナに、手を貸したのは熊獣人の中でも最も体の大きいナムだ。

「おいらが、手伝ってやる」

ナムの3m近い身体に抱っこされるとアンナでも手を伸ばせば小林檎を収穫することができた。
自分で収穫できて嬉しいアンナの笑顔にナムもにっこりと笑った。

その大きな身体に反して、ナムはとても穏やかで子供好きな性格のようだ。

「お、こりゃマルベリーだな」

マルグはいつの間にかウェンディの隣に立ち、そう言ってウェンディの真横の木に実る果実を一粒取って口に含んだ。

「すっぺ」

そう言って思ったよりも酸味が強かったのか、マルグは思わずべっと舌を出した。

それを横目で見やったウェンディは、熊も果実を食べるのだから熊獣人も好きなのかと失礼なことを考えていた。





――――――――――――

持ってきた籠3つが収穫したもので埋まり、ロランダの街へと戻ろうと森の入り口付近にようやく戻って来た時だ。

「静かに」

急にマルグが緊張を含んだ声で、息をひそめるよう促す。
その言葉に全員の身体に緊張が走った。

スンスンとにおいや音を探るように鼻や耳を動かす熊獣人たちと、共に来ていた人間の女性たちは不安を誤魔化すようにぎゅっと拳を握った。
もちろんアンナも、ウェンディのワンピースの裾をいつもより強い力で握る。

「馬の足音、……馬車か?それに、知らない匂いが20人ほど。それから胸糞悪い死臭がする」

張り詰めた空気のまま話すマルグに、ウェンディは早く街へ戻ろうと告げると、彼は重く頷いた。
静かに声や物音を極力立てない様、マルグを先頭、そしてナムを一番後ろにしウェンディたちはロランダの街へとようやく戻ってきた。

ひとまず街に無事戻れたことで、ウェンディ一行はほっと胸をなでおろすことができたが、その安堵も束の間だった。


『……ギャアアアム!!!!』

身も凍るような恐ろしい咆哮がロランダの町中に響き渡った。

『ヒヒ―ンッ!!!!』

その叫び声と同時に森の東側から1台の馬車が猛スピードで飛び出した。
そしてそれを追うように木々がバキバキと倒れ、土煙が上がり再び身の毛もよだつ咆哮が辺りに響き渡る。

ようやく土煙が薄まり、その咆哮の正体を視界に捉えることができた。

「……な、にあれ……」

そう思わず、口から零れ落ちた。

巨大な猪のような見た目だが、その大きな巨体は所々腐敗しており、見るもおぞましい姿だった。

「……ありゃ、ワイルドボアか?それにしても巨大すぎる。……それに何よりこの死臭は、なんだ?」

正体不明の巨大な猪の魔物は、今も猛スピードで駆ける馬車を追ってきたようだった。
ジグザグに動く馬車をただただ追い続けた。知性を感じられない動きで、自分が木や岩にぶつかろうがお構いなしだった。


「ねえ、あれ。街に来ないよね?大丈夫だよね?」

アンナはウェンディの腰へとしがみつき、強く強く縋るようにウェンディへと尋ねる。
ウェンディも横にいるマルグもそう予期すること等決してしたくはないが、その言葉通りの展開になりそうでウェンディは生まれて初めて、面倒くささよりも切迫感が心中を支配していた。


















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