星火禁滅の火球使い

ブートレガー文学

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第4章 死域からの脱出

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 ファイアボールの定義から外れなければ、フラムはその特性を好きに組み替えることができるようになっていた。
 その定義とは、『火属性である』、『球形である』、『直進運動を行う』、この三つである。
 禁種であるグランホムラを屠った際には、威力とサイズに上方修正を行うことで火の上位魔術を遥かに凌ぐ火球を生み出した。
 レックレスによれば、生物が禁種になると個性や特性が最大限に強化されて異能として昇華される、とのことである。
 瞳に刻まれる超魔紋を代表とする肉体的変化もあるが、この能力に比べれば些細なことであった。
 簡単に言えば人知を超えた力を得るのだが、その代償は明らかになっていない。
 レックレスは不老になっているが、これがフラムにも当てはまるかは年数が経たなければ分からないことだった。

「光と見紛う火球よ・雷鳴の如く・星の瞬きの如く・空を駆けるは一条の炎線・神速の星火となれ――神速閃火・ファイアボール」

 赤い閃光が走った次の瞬間、水に油を注いだような音とともに岩の一部が融解する。
 光の出所はフラムの右手であり、ファイアボールの特性を組み替えた結果であった。
 その様子を背後で眺めていたレックレスとリリムは『お~』という歓声を上げつつ拍手している。
 三人はフラムの魔術を検証しているのだった。

「まったく球形ではなかったが。一本の線のようにしか見えなかったぞ」

「速くなり過ぎたから尾を引いた光でそう見えたんだろう。威力は普通のファイアボールと変わらないな」

「速度だけを最大限にまで上げてみたんだ。やはり最大強化すると詠唱が長くなるね。この速度なら納得だけど」

 フラムが特性を変えられるのは、大雑把に分けて威力・速度・大きさ・数である。
 検証していないだけでもっと変えられるのかもしれないが、変化量が大きければ詠唱時間と消費魔力が加速度的に増していくため、適切な配分が肝要。
 しかしフラムはその辺りも感覚的に操ることができるので、それも含めて禁種としての異能なのだろう。
 元から魔力操作能力に秀でていたからだと思われる。

「ああ~きちんと記録したい~。魔力消費量と速度変化量のグラフを描きたい~」

 木の棒で地面に結果を記録しながら、リリムは喚いていた。
 魔塔の潤沢な資金と機材を使い放題にしてきて彼女にとって、現状は不自由極まりない。
 衣食住よりも実験機材によってホームシックに陥るのが彼女の残念な点である。

「あれはどうにかならないのか」

「他人にはない感性がリリムの出す成果に繋がっているから、むしろ伸ばすべき長所かな」

「魔術馬鹿か」

「それ、研究者には誉め言葉だからね」

 一通りの実験を終え、フラムは自分の力をある程度把握できた。
 今は慣れないため完全詠唱でしか魔術を起こせないが、慣れれば徐々に短文化していくだろう。
 新しく覚えた魔術に慣れていくこと。
 普通の魔術師であれば当たり前のことが、ファイアボールしか使えなかった彼にとっては新鮮だった。

「フラムは少し変化量の組み合わせを変えるだけで無限に等しい魔術が使えてしまう。しかしこれでは一向に慣れることができない。バランスの良い組み合わせを固定して頻繁に使っていくことだな。自分のオリジナル魔術を作っていくと考えれば分かり易いだろう」

「なるほど。体に覚えさせれば良いんだね」

 例えば、威力大、大きさ中、速度小、の組み合わせ。
 例えば、威力小、大きさ小、速度大、の組み合わせ。
 例えば、威力中、大きさ中、速度中、の組み合わせ。
 これらを満遍なく覚えておけば、戦いにも多様性が生まれるだろう。
 まったく同じ威力のファイアボールを放つだけのお仕事とはオサラバである。

「だがなあ、直線的な軌道のみってのは厳しいな。普通に撃っても当たらねえから、緩急と数で補うしかねえか」

 問題はそこであった。
 野球で言えば、フラムはストレートとチェンジアップしか投げられない投手なのである。
 分裂魔球もあるが、これは消費量の増加度が大きく、まさにとっておき。
 火の魔術の中には追尾や面攻撃、範囲攻撃など多種多様な動きを行う種類も多い。
 それに対し、フラムは直線攻撃を工夫で当てていかなければならない。
 それを補って余りある高火力があるため、ある意味バランスはとれているかもしれないが。

「威力と速度だけ最大にすれば良いのではないか」

「僕もそう思ったんだけど。ある程度ひとつの要素を上げると他の要素が上がらなくなるんだ。だから超強くて超早くて超大きいのはできなかった。……グランホムラを倒した時は、それに近いファイアボールだったはずなんだけど」

「まだまだ何か条件があるのかもしれないな」

 威力大、大きさ大、速度大、の組み合わせは不可能だった。
 どうにも思う通りに行かないのは歯がゆいが、できないものは仕方ないと受け入れるしかない。
 今できることを練習するのがフラムの目標となった。

「レックレスの異能は結局、何なのだ?」

 一通りの結果をまとめた後、リリムはレックレスへと尋ねた。
 研究者としての興味はもちろんあるが、単純に仲間の戦力把握は必要である。

「俺様の異能『制限神化』は言ってみれば肉体強化魔術の変則強化版だ。Lv.1~5までの段階があって、それぞれに定められた制限がある。グランホムラに使ったときは『命を懸ける』、『上級以上の魔術を使われる』、『禁種としての異能を使われる』、この三つをクリアしてLv.3にまで上がった訳だ。加えて各レベルに神化解除を条件とした必殺技もある。まあ制限をクリアしていないと発動すらしないがな」

「なるほど。戦闘中に急激にパワーアップしたのは二つの条件を一気に満たしたせいか」

「他の制限は?」

「秘密だ。知られたら対策を取られるのが異能、あまり教えたくはねえな。必要な時に教える」

 そう言われてしまっては仕方ない。
 さっきまで人前で異能を披露していたフラムは複雑な気分だが、彼の場合は知られても対策は取り難いので問題はなかった。
 レックレスの場合、禁種以外の純粋な剣士を当てられるとそれだけで二つはクリア不可能になる。
 金で暗殺者でも雇われると途端に不利になってしまうのだ。
 彼は異能を差し引いても実力者ではあるが、それとこれとは別問題である。

「で、国家魔術師様は双属性使いだったか」

「そうだ。雷と水を使う。初級から上級まで幅広く覚えている。二人の魔術は特化し過ぎているから、多様性のあるワタシは援護に回るのが無難だろう」

「僕は直線攻撃のみ、レックレスは近接のみだもんね」

「俺様がフレンドリーファイアでやられる未来が目に浮かぶな……」

 敵に接近するレックレスが雷炎で焼かれる未来は充分にあり得ることだった。
 自然と互いの連携が課題として浮き彫りになる。
 また、フラムとリリムの実戦経験の少なさも問題だった。
 様々なタイプの敵を想定した連携、近接戦闘の訓練、魔術以外の戦術の修得、対禁種を想定した留意点、考えるだけで必要なことは無数にある。
 死域という危険地帯を抜ける事前準備としても必要なことであり、レックレスを指導役とした訓練は十日ほど続くことになる。
 態度は軽薄なレックレスだが、訓練については重厚だと、二人は揃って思うのだった。
  
 その日の訓練を終えて、三人は隠れ家の外で料理をしていた。
 原住民であるレックレスの知識から食用の山菜が食材として多く加わり、塩や香草などのちょっとした調味料も揃っている。
 待ち望んでいた食生活の改善は成されたのだった。
 
「今更だが、二人は何処を目指していたんだ?」

「え~と、話せば長くなるんだけど」

 そんな中、ふと思いついたようにレックレスは二人に尋ねる。
 出会いからが急展開過ぎて、本来なら真っ先に聞くべきことが些事になっていたのだ。
 下拵えをしていたフラムとリリムは互いに顔を見合わせて考えを伝え合い、説明役としてリリムが口を開いた。

「まず、ワタシ達が死域に来た経緯だが……」

 転移による遭難から禁種との邂逅までを話せば、レックレスは呆れたような、感心したような微妙な表情を浮かべた。
 特に巨大な魔獣と遭遇した件は、呆れを通り越して笑ってしまったほどである。

「お前たち、生きていたのは奇跡だな。大陸西部の剣山辺りは強力な魔獣の棲み家だ。そっちに向かっていたらお陀仏だっただろうよ」

「あっちは竜も飛んでいたし、向かうことはなかったけどね。それでも飛竜やら巨人やらに遭遇した時は死を覚悟したよ」

「俺様でも基本的に逃げるぞ、そいつら」

 怪獣大決戦のような光景を思い出し、乾いた笑いを浮かべる二人。
 いくつもの幸運に支えられたのを改めて自覚したのだった。

「んで、西部にある遺跡か。確かにある」

「やっぱり実在したんだ」

 遺跡で発見した地図の写しをレックレスに見せれば、場所も合っているらしい。
 その場の思い付きでしかなかった計画だが、ゴールが存在していたことは素直に嬉しい。
 最も、レックレスは存在こそ知っていたが内部には入ったことはないらしく、転移できる遺物があるかは分からないようだ。

「また奇異な偶然だが、俺様の目的地もそこだ」

「何? 良く知らない場所じゃないのか?」

「話すと長いんだが……。俺様がグランホムラを追ってきた情報源は、北大陸で得た。というか、向こうでも一戦交えた」

 自身の顎を擦りながら記憶を辿れば、思い出すのは雪と風に包まれた凍土。
 禁種の情報を追って北大陸のとある国を訪れていたレックレスは、ハンターに擬態していたグランホムラを発見した。
 如何に禁種が人間離れした存在だとしても、生物であることには変わりなく、寝食が必要である。
 そんなイメージがまったくなかったフラムは軽いショックを受けたが、よく考えれば自分だって同じだ。
 遠くかけ離れた存在ではない、そう認識を改めた。
 さて、擬態した姿を発見したのはレックレスが先だったが、こちらが擬態を見破れるように向こうもこちらを視認すれば正体がバレる。
 禁種は禁種を欺けない。
 奇襲を仕掛けるにしても街の中心部で戦闘を始めれば周囲への被害は免れない。
 レックレスが選択したのは、一般のハンターに事情を伏せて調査させることだった。
 紆余曲折あってお互いに顔を合わせる事態になり戦闘に発展したが、郊外での邂逅であったため人的被害は少なかった。
 それでも一般人を守りながらでは撤退する相手を深追いすることも叶わず、取り逃がすことになる。
 しかしハンターによる調査の結果、グランホムラが人間の姿で行っていたのは、西大陸に関する記録や渡航方法だと判明した。

「それで、とある伝手で海路の動きを監視してな。単独で動く怪しい船を追ってきたところ、ここに辿り着いた訳だ」

「……かなり端折っているが、国家規模の大騒動だな、それは」

「うん。人類の敵である禁種を倒すんだから当然なのかもしれないけど」

「オチを付けるなら、禁種同士の仲間割れということで俺様は指名手配を受けているから、そこんところよろしく」

「……北大陸には行かないようにしよう」

 オチというにはあまりにも重篤な事実に天を仰ぐリリムだが、正直言ってどうしようもない。
 一般的な認識として、禁種イコール人類の敵である。
 もしかしたら自分たちのように事情に精通している者もいるかもしれない。
 しかし、大多数が敵として認識しているのならばトラブルは避けようもない。
 結果として、危ない場所には行かない、という当たり前の対応しか取れないのだった。

「話を戻すが、グランホムラが調べていたのは西大陸における北西部の地形だったようでな。三つ目族の集落以外にあったものといえば、俺様の記憶にはその遺跡しかない。奴を尾行している時にお前たちと戦闘になったのは驚いたが、追いついた時に決着がついていたことにはもっと驚いたぜ」

「事情は分かった。じゃあ、遺跡を目指すんだね?」

「ああ。と言っても俺様の船が北にあるから、それで西に進んでから南下する形になる」

「結局は同じルートという訳か」

 海岸沿いを進む予定が、陸路か海路かの違いである。
 歩くよりは楽にはなるだろう。
 船に乗ったことのないフラムは少し楽しみなくらいだ。
 その後、二日の準備期間を取ってから三人は海岸へと旅立つのだった。
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