星火禁滅の火球使い

ブートレガー文学

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第3章 禁種と覚醒

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 フラムは自分の瞳に刻まれた文様には気付いていない。
 しかし、レックレスと名乗った男の第三の瞳に刻まれている、曲線が折り重なった特徴的なパターンには当然ながら覚えがあった。
 先ほどまで対峙していた山羊頭、禁種と同一なのだ。
 素早く後ろに跳んだフラムが戦闘態勢に移らないのは、レックレスが未だに非戦的な態度を崩さないからである。
 当初の考えである敵対しないという方針を続行する腹積もりだが、彼の手が届く距離に立ち続けることはできなかった。

「ショックだぜ。三つ目を見るのは初めてか?」

「それもありますが、あなたの額の目に刻まれた文様は何ですか? 同じものを禁種の瞳に見たのですが」

「教えても良いが……先に君の名を教えてもらっても?」

 レックレスは再び中折れ帽子を被り直し、第三の目が隠してしまう。
 あくまで軽い調子を崩さない彼に毒気を抜かれた訳ではないが、フラムは落としていた腰を戻して再度向き合った。
 距離は離れたままであったが。

「……フラム・アブレイズです」

「フラム君か。ファミリーネーム持ちとは貴族様かい?」

「いえ、僕の国では奴隷以外はファミリーネームがありますので」

「へえ。お国の違いか文化の違いか。まあいい、それよりも」

 考え込む様子は一瞬で、言葉通り切り替えたのだろう。
 彼が指さしたのは、相変わらず意識のないリリムだった。
 少し服がはだけており、フラムは無言でローブを掛け直してやった。
 レックレスは自然と彼女の前に移動したフラムにも何ら害意を感じた様子もなく、むしろ当然とばかりに頷いている。

「彼女が何か?」

「俺様は君に話があるけど、お嬢ちゃんを野晒しにするのは忍びない。どうだい、俺様の隠れ家に案内するが」

「…………」

「もちろん、罠なんかはないさ。はっきり言えば君を利用するつもりはあるが、君にも悪い話じゃないはずだ。例えばお家に帰る方法とか、な」

「……なるほど。分かりました。ただ、僕たちに不利益があるようなら消し炭にしますからね」

「おお、怖い。恩人に吐く台詞じゃないぜ。嫌いじゃないがね」

 全く怖くなさそうにそう言うと、レックレスはフラムに背を向けて歩き出した。
 フラムはリリムを抱え抱こうとして腕力が足らず、仕方なく負ぶって彼の後を追う。
 相変わらず森の中に生き物の気配はなく、付いていくことに問題はなかった。
 レックレスは一度も振り返らないが、恐らくはペースを落としてくれているのだろう。
 訳の分からない状況に流されていることを自覚しつつ、フラムは足を動かすのだった。

「ここだよ」

 一時間ほど歩いた頃、一行は見上げるほどに大きな岩に当たった。
 レックレスが表面に手を当てれば、岩の一部がまるで煙のように消え去って洞穴が現れる。
 そっと中を覗いてみれば、自然の岩穴に人工的な下り階段が続いていた。
 左右の岩壁に吊るされたランタンが一斉に灯り、恐らくは魔道具なのだろう。
 慣れた様子で階段を降っていくレックレスに対して少し躊躇したものの、結局はフラムも地下へと降りていくのだった。

「さてさて、ようこそ我が家へ」

 例の気取ったお辞儀で招き入れたレックレスの後ろには、フラムの自宅と同じ程度には広い部屋があった。
 テーブルや椅子、ベッドなどの家具に加え、絵画や動物のはく製などといった調度品も多く置かれている。
 扉もいくつかあるから更に別室もあるらしい。
 予想外に生活感あふれる空間に半ば呆けつつ、レックレスの言葉に従ってリリムをソファーに寝かせる。
 息は静かで、未だに目覚めない。
 顔に掛かっていた金髪を耳に掛けてやり、フラムは彼女から離れた。

「ま、座りなよ。お茶は?」

「要りません。それより、彼女は大丈夫なのでしょうか」

「俺様が治療した時点で出血が多かったから。体力が戻るまでは目が覚めないだろう。起きた後に何か食べさせれば平気だろ」

「そうですか……。改めてありがとうございます」

 フラムはテーブルに頭を擦り付けんばかりに礼を述べたが、レックレスは本当に気にしていないようで軽く手を振るだけだった。
 どうでも良い、と言えるかもしれないが。

「じゃあまあ、本題。フラム君、君はグランホムラを撃退したな。ああ、さっきの禁種の名だ」

「あなたも禁種ですよね? 知り合いですか?」

「まあね」

 確信めいた尋ね方はブラフだったが、レックレスは事も無げに肯定した。
 椅子に背を預けて足を組んだ格好で、である。
 あまりにもあっさりとした回答にフラムは沈黙したが、それを催促と勘違いしたのかレックレスは話を続けた。

「俺様の額にある目の文様はお察しの通り禁種の特徴だ。こいつを持っている奴は一部の例外を除いて敵だと思いな。例外ってのはもちろん俺様と、君もだな」

「僕?」

「気付いていなかったか。ほれ、鏡」

 レックレスから手渡された手鏡を覗き込むフラム。
 両親から引き継いだ紅い瞳は健在だったが、右の瞳には覚えのない変化が生じていた。
 S字の曲線を規則的に重ね合わせた模様が刻まれており、禁種と同じであると知ったフラムからすれば不気味でしかない。
 それは山羊頭の禁種と同じであり、目の前の自称禁種であるレックレスとも同じ模様だった。

「これは、いったい……」

「そいつは超魔紋という。途方もない量の魔力を魔核に注がれて、極々低確率で生き残った生物に現れる身体的特徴、らしい。だからまあ、世間一般で言う禁種イコール人類の敵ではないんだが、実際のところ禁種は人類の敵がほとんどだ。あんま人様には見せない方が良いぜ」

 超魔紋、というものは博識なフラムでも初めて聞く単語だった。
 禁種という存在は人類の敵として広く知られているが、その特徴は個体差が激しい。
 過去の記録に残っている禁種は、多頭の犬人であったり、半魚の巨体であったり、人外の異形ばかりだ。
 フラムが山羊頭を禁種と断じたのも、言語を解する異形であったからである。
 目の前にいるレックレスとて、ほとんど人間のように見えて第三の目を持つ異形である。
 ならば同じ超魔紋を持つ自分も、知らず人外と化しているのだろうか。
 そんな不安に襲われたフラムを察してか、レックレスも軽薄な口調を落とした。
 ほんの僅かにではあるが。

「…………」

「ショックか? 無理もない。でもまあ俺様もショックだったぜ。まさか自力で超魔紋を刻む人間がいるとは思わなかったもんだからよ」

「自力って、レックレスさんは自分でなった訳では?」

「できねえな。フラム君みたいに莫大な魔力の持ち主がこの世に何人も居てたまるか。俺様は魔力を注がれたんだ。無理矢理にな」

「いったい、誰に」

「……フラム?」

 その時、部屋の奥から声が上がった。
 この場所において自分の名を呼ぶ者はレックレスを除いて他に居るはずもなく、話も忘れてフラムはソファーに駆け寄った。
 レックレスは肩を竦めて見送るだけだった。
 声の主は、当然リリムである。
 トレードマークのとんがり帽子がないせいか小さく見えるが、単純に弱った雰囲気のせいかもしれない。
 それでも無事に目覚めてくれたことに対して喜びしかなく、フラムはソファーの脇に跪いて彼女の手を両手で包む。
 少し冷たいが確かに感じる体温に、彼女の命をこれ以上なく感じるのだった。

「無事でよかった、リリム」

 まだ覚醒しきっていなかったのだろう。
 今の状況や涙を流すフラムに困惑しつつも、何かせねばと無意識に伸ばされた彼女の手は、そっとフラムの頭に乗せられた。
 幼子を慰めるような動きだったが、フラムはそれすらも嬉しかった。
 徐々に目が覚めた彼女はフラムの顔を見つめ、驚愕する。
 彼の右目に刻まれた、幾何学的な文様に戦慄する。

「超、魔紋? 禁種の?」

「これを知っているの?」

 リリムは国家魔術師である。
 魔術大国であるマギ王国においては戦力の要であり、国家機密も多く開示される立場にある。
 禁種の特徴である超魔紋は機密のひとつだった。
 マギ王国において、防衛に関する機密文書にはこう記してある。
 禁種の特徴である超魔紋の保有者を発見した場合は可及的速やかに軍へ報告し、抹殺対象として扱うこと。
 リリムは恐怖した。
 そして、意識を失う直前の記憶が蘇る。
 フラムに擬態した何者かに攻撃され、激痛とともに暗転する視界。
 つまり目の前に居る超魔紋を持った人物は、フラムの姿をした別物である可能性が高い。
 論理的に考えればそうだ。
 フラムも自分がどう思われるかを瞬時に理解し、リリムは狂乱するかもしれないとすら考えた。
 偽物だと罵られるだろうと。
 もしかしたら魔術で攻撃されるかもしれない。
 しかし、リリムが恐怖したのは偽物に殺されることではない。

「フラム、一緒に逃げよう。それがあるとマギ王国では殺されてしまう」

「リリムは……僕が怖くないの? 禁種だよ?」

「馬鹿だな。いくらワタシでも好きな人は分かる。禁種かどうかも関係ない。さっきだって騙されたのは一瞬だけだ。本当だぞ?」

 そう言って微笑んだリリムの心中は、嘘偽りなく一点の疑いもなかった。
 なぜかと聞かれても説明できないが、心で理解したのだとしか言いようがない。
 聖母のような慈愛に満ちた言葉は、フラムの奥底に染み渡っていく。
 ついさっきまでは自分が禁種になったという不安があった。
 今もある。
 だが、リリムから与えられた真摯な好意は、彼にとってこれ以上にない救いだった。
 フラムはまた涙し、リリムから仕方なさそうに、かつ嬉しそうに撫でられるのだった。

「いやあ、青春だねえ」

 レックレスは放置だったが、彼は空気の読める禁種なのだった。


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