星火禁滅の火球使い

ブートレガー文学

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第3章 禁種と覚醒

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 フラムはファイアボールしか使えない。
 ではファイアボールはどこまで使えるのか。
 魔術は全詠唱、略詠唱、無詠唱の三種類があり、フラムはそのすべてを使うことができる。
 詠唱を全文唱えて発動させるのが全詠唱。
 短くした詠唱、あるいは魔術名だけで発動させるのが略詠唱。
 魔術名もなく発動させるのが無詠唱。
 無詠唱と言えど魔力の集中は感知されるために完全な奇襲とはいえないが、乱戦時においては気付かれない場合もある。
 また、フラムは最高効率でファイアボールを発動させることができるため連射時のタイムラグはおよそ一秒という短さではあるが、同時に二発撃つようなことはできない。
 普通、連射や無詠唱を行った場合は消費魔力が増大するが、フラムに関してはそれがない。
 フラムが普段から略詠唱で魔術を使用しているのは、リリムとの連携を取りやすくするためである。
 魔力操作の精密性については弱冠十一歳にして禁種をも超越しており、連射能力に着目すれば最大で四百二十六発が可能である。
 成人した火魔術師の平均が百発程度であることを鑑みれば、超人であることは明らかであった。

 場面は戦闘に戻る。
 フラムは5mあった彼我の距離を直線的に詰め、同時に火球を無詠唱で発動させる。
 繰り返すようであるが、彼の速射能力は驚異的であり、初級魔術の撃ち合いであれば彼に勝る魔術師はまずいないだろう。
 禁種である山羊頭よりも遥かに上だ。
 中級魔術であれば戦力差はひっくり返るが、間合いがないために発動が間に合う距離ではない。
 結果、山羊頭が前に突き出した手から魔術が放たれるより速く、火球が炸裂。
 さらに畳みかけるべく、フラムは爆炎を隠れ蓑にして横に回り込みすれ違いざまに火球を放つべく右手を上げ――それを凄まじい力で掴まれた。
 先ほどの説明に偽りはない。
 初級魔術の撃ち合いであれば、相手が禁種であろうとも勝機はある。
 しかしこれは魔術戦でも訓練でもなく、殺し合いだ。
 魔術だけの戦いなどあり得ないのだ。
 圧倒的に肉体能力で勝る禁種に接近戦を挑むなど、愚の骨頂である。
 しかしフラムの勝率が最も高い戦法であることも事実であり、つまりは最初から勝ち目のない戦いだった。

「無駄じゃ」

 掴まれた腕ごと体を持ち上げられ、フラムのファイアボールは空へと撃ち上げられた、
 ぶらりと浮いた格好では抗うこともできず、逆の手で火球を撃つべく左手をかざす。

「があ!?」

 痛みに声を上げたのはフラムだった。
 撃ち出された火球は山羊頭の腕を再び焼いたが、それ以上は抵抗できなかった。
 逆の手も同じように掴まれたからである。
 しかし再び手を焼かれたことは山羊頭にとっても誤算だった。
 山羊頭が最初に掴んだフラムの右手を見れば、自分の手によって握り潰されて折れ曲がった手首がぷらりと傾いている。

「呆れた魔力操作力だの。人間なぞ、針で刺されただけで魔術を操れなくなるものじゃが」

 骨折の痛みによって魔術の発動を阻害しようとしたのだが、フラムは激痛の中でさえ完璧に魔術を操ってみせた。
 一点の乱れもなく、絶好調時と遜色なく。
 もはや機械のように精密な魔量操作に感心さえしてみせたが、同時に怒りもあった。
 山羊頭は命属性に適性がなく、非適性行使もできないため治療の手段がない。
 人間よりも頑丈な体であるため火傷程度で済んだが、しばらく痛みは残るだろう。
 たかが人間の子供に、二度も手傷を負わされる。
 屈辱だった。

「面白い小僧だと可愛がった儂も悪いが、腹立たしいことこの上ないのう。貴様は四肢を焼き切ってやろう。その後、しばらく生かして眺めてやる。その間の食事はそうさの……」

 山羊頭はフラムを固定したままのしのしと足を動かす。
 目的地は血だまりに沈むリリムだった。
 濁った瞳を足元のリリムに向け、今日一番の笑みを浮かべて見せた。

「この餓鬼を生きたまま食わせ続けてやろう」

「貴様ああぁぁぁ!!!!!」

 両手を掴まれたまま折れた腕の痛みも厭わずに暴れ、届かない足を振り回し、左手からは燃え盛る火球が何度も何度も撃ち出される。
 しかしフラムのファイアボールは山羊頭を焼くことはなく、固定された手から虚しく空へと昇っていくだけだった。
 気付けば周囲は魔術によって燃やされた草木がごうごうと火を上げていた。
 火の中心で獣のような声を上げるフラムと、それを見て醜く微笑む禁種は、まるで舞台の役者のように赤々と照らされている。
 やがて、山羊頭は自身の胸にある赤黒い魔核に魔力を込めた。

「さて、最初は右手から焼いてやろう。折れた手が痛まぬようにな」

「貴様はっ! 必ず僕が焼き殺す!!!」

「やってみるがよいぞ。……くくく。かかかか、くあーはっはっはっはっ!!」

 高笑いを上げる化物と項垂れる少年。
 舞台の終盤で悪役が勝利してしまったような、まるで悪趣味な創り話。
 フラムはどうにかしてリリムを助けたかった。
 彼女がいなければこの死域を生き抜くことはできなかったし、お互いを支え合った掛け替えのない仲間だ。
 雨の日も風の日も、空腹の時も疲れた時も、悲しい気持ちも不安な気持ちも、リリムと一緒だから乗り越えられた。
 彼女を助けたい、彼女と一緒に居たい。
 僕は炎なのだろう、全てを燃やす力は、魔塔で感じたあの時の力は、何処に行ったっていうんだっ!
 喉が裂けるような咆哮の中でフラムが思い出していたのは、3歳の時に感じたことだった。
 父に連れられて魔術適性を調べた際、自分の内なる炎に気付いた時の高揚と万能感は、あの時以降感じたことはない。
 確信とも言えたあの日の感覚に対し、現実はずっと彼を裏切り続けた。

 初級魔術しか使えないという結果。

 尊敬する父親すら悩ませる無能。

 そんな現実を直視できない心。

 そして今、大切な女性ひとり守れない自分。

 フラムはこの瞬間、自分に対して愛想が尽きた。
 非才で、無能で、脆弱で、愚かな人間。
 こんな人間に価値などない。
 このまま禁種の玩具になるくらいであれば、自分から消えてしまった方が良いくらいだ。
 燃えて消えるべきは自分だったのだ。
 やがて、フラムは暴れることも魔術を撃つことも止め、脱力する。
 糸の切れた人形のように突然停止したフラムに対し、山羊頭は頭を捻った。
 木々が燃える音だけが響く中、小さな呟きが零れ落ちる。

「……ろ」

「うん? 命乞いなら聞いてやろう。愉しむだけじゃがな」

「……燃えろ」

「やってみろと言ったはずじゃ」

 フラムの魔力操作能力は天性の才能に加え、瞑想による体内の魔力循環で培われた。
 流すも止めるも増やすも減らすも自在。
 彼は自身が持つすべての魔力を一点に集約し、増大させ、限界を超えていく。
 魔力をすべて、炎に変えていく。

「燃えろおおおおおおおお!!!!!」

 フラムの胸に宿る魔核は、彼が集めた莫大な魔力により臨界を迎えた。
 強烈な魔力の波動で空間が歪み、目を焼くような赤い閃光が迸る。
 魔核は魔力を操作する感覚器官であり、魔力に対して絶大な耐性を持つ。
 属性に変換された魔術で破壊されることはあっても、純粋な魔力によって変質・破壊されることなどありえない。
 そのありえないが、今まさに起こっていた。
 超高圧の魔力が魔核に集約された結果、破裂に抗うように魔核という物質が変質する。
 偶然か神の悪戯か。
 美しい真紅の魔核は、どす黒い赤茶色に変色する。
 皮肉にも、目の前にいる禁種のそれと酷似していた。

 物理的な衝撃すら伴った変化に、山羊頭は思わずフラムを手放していた。
 地面に転がってなお光を放つフラムに対し、身を護るように手を突き出してしまったことに、憤りを感じていた。

「どこまでも忌々しい。碌に魔術も使えぬゴミが、分不相応な魔力を放ちおって。……もうよい、死ね」

 山羊頭はファイアランスを無詠唱で放つ。
 それはフラムがどうしても使えなかった、きっかけの魔術だった。
 円柱状に形成された炎が貫通力を持って敵を燃やす魔術。
 光の中心に向かって推進する槍は、ぬっと伸ばされた手によって遮られる。
 正確に言えば、食い潰された、が正しいか。
 フラムの行ったことは、ファイアボールによるファイアランスの相殺であった。
 貫通力のあるファイアランスに対し、そんなことは不可能なはずである。
 通常であれば。

「僕は炎で、炎は僕なんだ。だから、平気なんだよ」

 フラムは赤光を収め、そっと自分の魔核に触れる。
 かつて自分が炎であると確信したように、自分自身を理解した。
 変化した自分を理解した。

「僕はたったひとつの魔術しか使えない。ファイアボールは、僕が持つ唯一の武器」

「矮小な魔術は脆弱な貴様にお似合いじゃ。どれ、冥土の土産に火の上級魔術で灰にしてやろう」

「ファイアボールの定義を変えることはできない。それは、『火属性』『球形』『直線運動』、この三つ。これはきっと、火の神が決めたことで変えられないんだ。…………だけど、僕はそれ以外を自在に操ることができる」

 山羊頭が突き出した太い腕と比べれば、フラムの左腕は小枝のように頼りない。
 だが、フラムは確信していた。
 炎に関して、自分が負けるはずはない。
 変質した魔核に魔力を込め、天啓のように頭に浮かんだ言葉を紡ぐ。
 知らず、フラムの右目には幾何学的な文様が浮かび上がっていた。
 数多の曲線を重ね合わせた複雑怪奇な組み合わせは、どこか不気味な印象を覚える。
 目の前の禁種と全く同じ特徴である、黒く禍々しい文様だった。
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