星火禁滅の火球使い

ブートレガー文学

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第1章 炎の資質

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 その日から謎の魔石の解析が始まった。
 助手であるフラムは火を扱う魔術師である。
 自然とアプローチは火魔術に偏った内容になった。

「まずは火属性への反応を見ようか。いつも通りフラム君のファイアボールを基準値として、条件別に反応を観察しよう」

「分かりました。……ファイアボール」

 フラムのファイアボールは精度に狂いがない。
 一種の物差しとして、実験に重用されていた。
 国内でもトップクラスの雷水魔術師であるリリムよりも初級魔術の扱いが高精度であるといえば超絶的だが、しかしフラムはファイアボールしか使えない。
 高精度の代償だというなら高過ぎる対価だ。
 ともあれ、フラムは指示通りに魔石に向かってファイアボールを撃つ。
 五年前は詠唱が必須だった彼の魔術も、今は略詠唱で放つことができる。
 実験室で金具に固定された魔石は炎に包まれたが、溶けも弾けもせずに健在だ。
 つまりは火属性に対して耐性がある、ということである。
 これが同じ体積のただの石ころであれば、溶けて原型を留めないだろう。

「ふむ。火魔石並みの耐性があるな」

「ええ。他の属性は試したのですか?」

「ああ。魔塔の魔術師に頼んで全属性の初級魔術を試している。結果、すべての属性に耐性を持っていた」

「それって、無属性と同じ特徴ですよね?」

「実際、皆はそう結論付けたのだ。しかしなあ、無属性は確かに魔術全般に耐性はあるが、その強度は有属性に対して劣るはずだ。という訳で、無属性で同じ大きさの魔石を用意したからこちらにもファイアボールを撃ってくれ」

「はい」

 同条件下で撃たれたファイアボールは、無属性である白い魔石を炎上させた。
 表面を観察すれば、僅かだが融解していることが分かる。

「見たまえ。無属性はあくまで軽減であり無効化ではない。しかしこの魔石――便宜上、全魔石と呼ぼうか。これは有属性の魔石と同等の耐性がある。明らかに異質だ」

「有り得ない仮説ですが、全ての属性を含んだ魔石、ということですか?」

「充分に有り得る仮説だよ。魔術を無効化する特性、全ての属性を超える特性、不変的な特性、相が異なる特性。仮説だけならいくらでもあるが、ともかく条件を変えて試行してみよう」

 それからは地道な実験だった。
 七属性の魔術を順番で当てたり、複数の魔術を同時に当てたり、同じ魔術を連続で当てたり、とにかく試せることを一通り行う。
 その都度、魔石の反応を記録して特性を洗っていく。
 地道な反復こそが研究であることは重々承知しているが、それでも代わり映えしない結果に辟易するのも仕方のないことで。
 毎日繰り返される同じような実験にフラムは疲労を覚えつつも、文句どころか嬉々として実験を続けるリリムに文句は言えず、無心でファイアボールを撃ち続ける。
 全魔石の解析を始めてから既に一ヶ月が経過していた。

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール」

「……しかし、君の魔力量は化け物だな。いくら初級とはいえど、これだけ連発して枯渇しないのかね」

「魔力量だけはありますので。それもファイアボールだけしか使えない僕には宝の持ち腐れですよ」

「ふむ。ファイアボールはこれ以上なく完成された魔術のひとつであるが、それ故に改善の余地がない。君は火魔術の資質があるにも関わらずひとつの魔術しか使えないというのには何か理由があるように思えるのだが」

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール。……リリムさん、百発撃ちこみましたよ」

「ご苦労。データを取るから少し休んでいたまえ」

 ファイアボールのような消費少ない魔術でも、一般的な魔術師は五十発も撃てば魔力枯渇で立っていられなくなるだろう。
 しかしフラムは間断なく百発を撃ち続けても多少の疲労感がある程度で行動に支障はない。
 こと魔力量という点においては比類なき才能を持っていることはフラムも自覚していたが、しかしそれがなんだというのか。
 たった一種類しか使えないのであればリリムのような研究職も難しいし、戦闘職も中級魔術以上が使える相手には敵わない。
 大規模な戦闘で機械的にファイアボールを撃ち続けるような局所的運用なら使い道はあるかもしれないが、そんなものは平時に求めるべくもなく。

「……無意味だな」

「何か言ったか?」

「いえ、別に」

 紙面にペンを走らせるリリムは振り返らずに尋ねたが、フラムは自嘲気味に微笑んで誤魔化すだけだった。
 やがて、ひと段落したのかリリムがデータをまとめた紙束をフラムに手渡す。
 非常に整った筆跡で並べられていたのは、全魔石の反応を記した表だった。
 魔術を当てた際の反応、魔力の変化、様々な傾向を微細にまとめた上にコメントまでついている。
 魔石とはその名の通り魔力を宿した石であり、貯蔵量に上限がある。
 体積が大きければ貯蔵力は大きく、魔術を弾いたり魔術の触媒として利用したりすれば消費される。
 天然石である魔石を人工的に作る技術はなく、使い捨てである。
 リリムがまとめた表には貯蔵された魔力量を数値化したらしい項目があった。

「これは……貯蔵量が増えている?」

「うむ。君のファイアボールが被弾した際の増加量を1として、中級だと5~6、上級だと10~13程度増えている。あくまでワタシの感覚を数値化した主観的数値ではあるがね。非常に微量ではあるが間違いなく増えている」

「そんなまさか。魔石に魔力を充填する方法が確立されたとしたら、それは技術革命ですよ!」

「うーむ。だがな、この全魔石は遺跡から発掘されたものだからロストテクノロジーであることには変わらない。それに、触媒として使用すると増加量のおよそ百倍は消費されるのだ」

「…………つまりこれは」

「がらくただな!」

 腕を組んで背筋を伸ばし、花が咲いたような素敵な笑顔で高らかに結論を述べたリリムに対し、がっくりと項垂れたフラム。
 何十日もの苦労を経て判明したのが、ただのがらくただという事実。
 深い溜息を吐きつつも、即座に仕方ないと切り替えたフラムは流石だが、とても十一歳児の見せる顔とは思えない疲労に満ちた表情を浮かべたのは仕方ないだろう。

「つまり全魔石の特性は、魔術を吸収することだったのですね」

「その通りだ。七属性すべてを単純魔力として吸収する上に、貯蔵上限が見えん。使い道はないが、凄いものだよこれは」

「これが盾になるくらい大きなものであれば完璧な魔術障壁になったのでしょうけど、掌サイズじゃお守りにもなりませんね」

「ああ。充填効率も最悪だからな。これに貯蔵された魔力を使い切ればそれでお役御免だろうな」

「そうですか。触媒として使った場合、ファイアボールを放つのに貯蔵量を百消費する計算ですか?」

「そうだ。ファイアボール一発放つのにファイアボール百発分の魔力を要するのだ。国家総動員で貯めておけば有事の際には使えるかもしれないが」

「ああ、確かに。それで、貯蔵量はいくらあるんです?」

 紙束をぱらぱらとめくりながら何ともなしに尋ねただけだった。
 研究中に大量に魔術を撃ちこんだとはいえ、大した量ではないと思っていた。
 だが、リリムの回答は。

「9,999,956だな」

「………………は?」

「9,999,956だ。およそ一千万だな。ああ、驚くのも無理はない。どうも発掘された時点で相当量が貯蔵されていたようでね。普通、触っても魔力があるかないかぐらいしか分からんから無理はない。貯蔵量の数値化はワタシだけの特別至高な技術だからな!」

 どうだ凄いだろうと高笑いを上げるリリム。
 確かに凄いが、フラムが絶句しているのはスキルではなく全魔石の貯蔵量である。
 一千万、ということは上級魔術で千消費するとしても一万回は撃てる計算になる。
 上級魔術を扱える者が五人もいれば、交代して休みなく一万回撃ち続けることも可能なのだ。
 例えばこれをアークボルト領の筆頭魔術師でありフラムの父親であるフィアンマが持てば、消耗しない達人という驚異の魔人が生まれることになる。
 敵側からしたら悪夢だろう。

「とんだ戦略兵器じゃないですか!」

「やはりか? どうも戦事には疎くてなあ。流石はフィアンマ殿の息子であるだけあって、フラムは詳しいな」

「この人は……。と、とにかくこれは大発見ですよ。えーと、とりあえず父上に報告して」

「待て。まさか、気にならないのか?」

 慌てて報告書を整理しだしたフラムの肩を強く掴むリリムの顔は真剣だった。
 とんがり帽子の奥から覗く眼光は鋭く、無視できない凄みを感じさせるほどに。

「なんですか、リリムさん」

「9,999,956、という数字についてだよ」

「……いえ、分かりません。何か意味があるんですか」

 数字の並びは偶然であるはずだった。
 実験の最中に増加したり消費したり、それらが重なって結果的にこの数字に納まっただけ。
 それ以外の意味を見出せずに困惑するフラムが視線で問えば、リリムは囁くようにこう告げた。

「キリが悪い」

「はあ。……え、それだけ?」

「何を言う。研究結果のプレゼンをするにあたって、一千万弱とちょうど一千万では印象がガラッと変わるだろうが。さあ君の類まれなる魔力量を持ってあと四十四発のファイアボールを撃ちこむが良い」

「いや、それよりも報告を」
「さあ!」

「だから」
「さあさあ!」

 フラムは諦めた。

 リリムの(無駄な)拘りによって仕方なくファイアボールを放つフラム。
 彼の顔にもはや感情はない。
 部屋の中央に金属製の台座で納められた全魔石に掌を向け、無心で魔術を撃ち続ける。
 全魔石が貯蔵する魔力量をきっちり一千万にするため、四十四発の火球を数えながら。

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール」

「相変わらず寸分の狂いもないファイアボールだな。この正確さがなければ魔力量を数値化するのは難しかっただろう」

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール」

「ファイアボールは完成された美しい魔術だ。魔力形成、消費量、変換効率、黄金比と呼べるバランスだ。火の神が創ったという神話も頷けるよ」

「ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール」

「さああと五発だ。フィナーレと行こうじゃないか!」

「(うるさいなあ)ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、ファイアボール、と。…………え?」

 全魔石は魔力を吸収する特性を持つ。
 現代の人々にとって、魔石とは使い捨ての電池のようなものだ。
 しかし電池とは、電力を貯めることが目的ではない。
 何かに消費することが目的である。
 魔石も同じだ。
 リリムもフラムも、そこに考えが至らなかった。
 全魔石が明らかに必要以上の魔力を蓄える性質があるのであれば、それはいったい何を目的に存在しているのか。
 そしてそれは、実際に機能することで解答してみせた。
 四十四発目のファイアボールが衝突した次の瞬間、全魔石が激しい光を放ちだしたのである。

「リリムさん。全魔石が明滅しだしたのですが」

「もちろん見えているとも」

「えと、あの、なにが起きているんです?」

「分からん。分からんが……先に言っておこう」

「な、なんです?」

「ごめんなさい」

「あ」

 フラムはこれでもか口を大きく開き、『謝るなああああ!!』と叫びたかった。
 しかしそれは叶わず、全魔石から放たれた閃光と強烈な魔力により掻き消される。
 放出された魔力波動は二人を包み、そして消し去った。
 部屋には球状に削り取られたような破壊の爪痕と、破壊を免れた机の上で湯気を上げる二つのマグカップが残された。
 後に魔塔消失事変と称されるこの事故は、二名の行方不明者を出した魔術実験中の事故として処理されることになる。
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