猫が謳う玉響の唄

緋賀マサラ

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 そう、多分、これは生まれた時からなのだ。この世界に対しての違和感を持っているのは。
 どうして此処にいるのかと弓弦はずっとそんな疑問を持ち続けるくらい浮いていた。恐らく回りだってそう思っていただろう。
 そんなある日、彼の傍には普通の人とは違う、猫の耳を持った人間が偶に立っていた。彼らは何をするわけでもなく、さりとて去るわけでもなく弓弦を見続けていた。
 見たこともない模様の美麗な着物を着て、艶やかな姿はとても柳眉で見取れてしまう美しさだった。
 だが、彼女の一番の特徴は人間にはないものが彼女にはあった。
 彼女の頭には猫の耳のようなものがあり、それが彼女の動作に合わせて愛らしく動く。言葉がない分、それが彼女の思いを伝えてくれるようで何処か嬉しかった。
 あの歌の娘だろうか?
 何度となく尋ねてみたいとそうは思うが、言葉は何故かいつも届かなかった。口は動いても言葉は発せられず、それは向こうも同じだったらしい。
 どうしようもないもどかしさがあった。
 そしてそれは誰にも見えないと言うこと。
 あるとき理解したのは要するに彼には人に見えないものが見え、それについて話せば嫌な顔をされるということだった。特に彼の両親は基本的に現実主義者であり、自分たちの子どもにも当たり前のようにそれを求めた。件の交通事故によってそれに拍車がかかり、今となっては彼らとの溝は埋めがたい。
 弓弦には妹がいるが、彼女は両親と同じく現実主義者であるから反応は当然同じだった。いや、むしろそれよりも冷淡だったのかもしれない。
 曰く彼女にとっては弓弦は既に兄ではないらしい。
 普通であれば衝撃を受ける言葉だろうが、弓弦の方もさして血の縁など興味が無かったのでそこはある意味に於いてお互い様だった。
 事故の後でも彼らは最初は構おうとしてくれていたのは覚えている。が、弓弦が疎ましいと思うと何処からか風が起きて彼らとの間を遮ったり、何処からともなく猫が現れて立ち塞いだりが続いてなど可笑しなことが続いたために家族は恐れおののき弓弦を構うことがなくなっていったのだ。
 そんな中で違ったのは幼馴染みの少年ただ一人だったが、それももういない。
 稔が自分の話を茶化しもせず真剣に始めて聞いてくれた時は嬉しかったことはよく覚えている。
 だから稔が自分を拒否するようになった時には正直一人で泣いた。もう誰も理解してくれる人などいないのだという嘆きは思うよりも深く、そしてだからこそ人と関わるのは止めようと決めるきっかけでもあった。
 同時にそんな自分をあんなにも呼び続けてくれているもののことを思った。
 どうしてあんなにも僕のところに現れるのだろう? 
 その意味が知りたいと思った。
 そうして気が付いたのは猫だ。いつもいつでも彼へと視線を送るのは猫たちがいた。
 いつも何か言いたげな彼らに思い切って話しかけてみる。言葉が返ってくるわけではなかったが、しかし彼らは弓弦の望む答えを持っていた。
 待っていて。
 彼らは誰もがそう言った。僕らの主人があなた様を迎えに来るからと。
 それは他の人間達が誰もが言うように弓弦の妄想だったのかも知れないが、彼にとってはまさに一条の光であった。
 もうそれからは夢中になって話が出来る猫を捜した。面白いことに雄弁に語る猫とそうでない猫がおり、会話出来る出来ないという根本的問題のものもいた。
 しかし弓弦にとっては彼らとの関わり合いの方が人間と無理に親しくするより楽しかった。
 当然だが、そうすればそうするほど変人として際だっていき、弓弦と関わり合いになりたいと思うものも少なくなっていった。それこそ両親ですらである。
 彼らは出来の悪い息子に見切りを付けて娘に全ての愛情を注いでいた。だが、弓弦はそれを寂しいとは思わなかった。
 彼らが嫌がったのは息子が問題を起こす時だけである。例えば今日のように猫のために遠出したりする場合など顕著だった。
 弓弦の起こす行動は彼らにとっては意味のないことであり、理解出来ない息子が引き起こす騒動に引っかき回されるのを常に嫌う。
 はたして家族とまともに会話しなくなってどれだけ立つのだろう。高校の受験の時ですら関わり合いがなかったのだからどれほど薄い存在に成り果てていたのだろう。
 あのときも稔がいなければ受験するという道すら選ばなかっただろう。結局、弓弦の受験に関しては稔やその家族たちが助けてくれたのでいけたようなものだが、実際通えて嬉しいかと言えばそうでも無い。
 学校などそのくらいどうでもいいことだった。
 だから彼の幼馴染みは自分などと関わり合いにならなければそれでいいことなのにと思う。
 でもまあ、それももう終わりなのだ。
 僕があそこに帰ることなどありはしないのだから。
 これから何が起きるにしても弓弦にはそれだけはっていた。
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