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第10章
87話
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エレナは与一たちがいることを知らなかったようだ。
反対側でザイスと取り巻きの相手をしていた彼女は、周りに目を向ける余裕すらなかったのだから仕方がない。しかし、カミーユが褒める程の回避劇を繰り返していたにも関わらず、ザイスという男は彼女を切り刻んだのだ。戦闘に長けていると言えよう当のザイスは、アルベルトとエドワードによって時間稼ぎをされている状態である。
「大体わかったわ。それで? あんたはどうするのよ」
「どうするって言われてもなぁ……どうするんだ?」
「あ ん た に聞いてるのよ! この馬鹿!」
「ば、馬鹿……」
「はぁ、調合師は生産職でしょ? 戦闘に参加するとしても、先だって前に出れる職業じゃないのよ?」
エレナの言い分は理解できる。
魔物との戦闘に身を置いてきた者からすれば、生産職はそれを補助するために腕を振るう職人だ。戦闘に巻き込まれれば、真っ先に守るべきは生産職である与一だ。そんなことをしていれば、守っている側がいつ命を落としてもおかしくはない。故に、エレナは与一に退くよう促そうとしていたのである。
「な、なんとかなるんじゃないか?」
「なんとかってどういうことよ! ちゃんと説明しない限り、私はここから先にあんたを行かせないんだからね!」
ずかずか、と。与一の前に立ちはだかり、両手を広げたエレナ。
「あいつは異常よ……まともな策でもない限り、正面からじゃ死ぬわよ?」
「そうだろうな」
「あんたは調合師なのよ? この世界で、そんなほいほい現れるような職業じゃないの! なんでわからないのよ!」
「わかる、わからないの問題じゃないだろ。ザイスってやつが俺に手を出してきて、失敗したら今度は出向いてこの騒ぎだ。誰が止めるかって話だろ?」
与一は再度タバコを咥えて火をつけると、ズボンのポケットに手を突っ込みながら歩き出す。
もはや言うことはない。なにかしらの策があって、ザイスを止めることができるのなら。これ以上、ヤンサの街に被害が出ずに済むのなら。そう考え込むエレナの傍を、与一はどこか腹をくくった表情で通り抜ける。
「絶対、絶対無事に帰ってきなさいよね!」
振り向き様に、エレナは心底心配しているような表情で煙を吹かすその背中に声を掛けた。
「無事に、か……ふぅ」
ひとりでアルベルトとザイスの元へと足を向ける与一。その後ろから、少し駆け足で寄ってきたカミーユが隣に来た。
「与一君、なにか策があるのかい?」
「ん? そんなものはないぞ」
「えぇ……? いくら丸薬があるとは言え、無茶なことはするべきではないよ!」
「なぁに、鎌からあいつを離せばいいんだろ? そうすれば、身体強化だけで立ち向かわれても対等に戦える自信はあるからな」
「エドワードの爺さんと戦った時みたいに、君にはまだ隠し玉があるんだろう?」
「……まぁ、な。あまり使用はしたくないけど、今は非常事態だ。アルベルトさんもいつまで持つかわからないし、そろそろ悪党にはご退場願わないとな」
半分を切ったタバコを足元に捨て、ぐりぐりと靴で火を消す。すると、与一は懐から白い丸薬と黄色い丸薬を取り出した。回数制限なんて気にしている暇はない。時間稼ぎにアルベルトの体力を消費し続けるのは危険なのだ。
「──三分だ」
「え? なにが三分なんだい?」
「俺が、ザイスを退場させるまでに掛かる時間さ」
「すまない。理解が追い付いてないんだが……って、与一君!?」
「なら、見ててくれ。これが調合師の戦い方だってことを──ッ!」
突然駆け出した与一。まだ危険が残っている可能性があるかもしれない。と、カミーユは与一を止めようと手を伸ばしたが、その手は届くことはなく。遠くなっていく背中に向けて、悲しく伸びているだけであった。
肩で息をし始めたアルベルトの視界の端に、与一の姿が映り込む。
「よ、与一!? なんで来たんだ!」
ぐわ、と。声を荒げたアルベルト。
「くくく、あれが調合師だァ? 思っていたよりもひょろっちぃ奴じゃねぇか!」
「──しま、逃げろ! 与一ぃいいいッ!!!」
鎌を大きく振り上げて駆け出すザイス。その傍で、不意を突かれた行動に動揺しかけたアルベルトが、与一に向かって叫んだ。が、当の本人は怖じ気づくどころか、ふつふつと込み上げてくる怒りに歯を食いしばっていた。
「テメェから出てくるとは好都合じゃねぇか、そのまま首を置いていきやがれッ!」
ザイスの駆ける速度が異常なまでに上昇する。
身体能力の強化は、任意でできるものと見て間違いはないだろう。すると、ザイスの通り過ぎた箇所に、彼を追うかのようにして地面に矢が何度も刺さる。
「ぎゃんぎゃんうるさいぞ、お前」
冷たく、低い声音。
与一の目線が鋭く、殺意にも似たなにかを孕んだものであると気が付いたザイスが、一瞬速度を緩めた。だが、停止することなく突っ込んでくるザイスを前に、与一は手の中で転がしていたふたつの丸薬を口に含んだ。
──ドクン。
ひとつ、心臓が大きな音を立てた。
──ドクン。
ふたつ、全身からすぅ、と。血の気が引く感覚にも似た何かが駆け抜ける。
──ドックン。
みっつ、跳ね上がった鼓動と共に高熱が全身に伝わる。
──ドクン……ドクン……ドクン、ドクン、ドクンドクンドクンドッドッドッド。
胸で打つ音が速度を増して肌で感じていた風、高熱などと言ったものが感じれれなくなると同時に、肉薄してきたザイスが鎌を与一の首目掛けて振るった。
「よ、与一ぃいいいい──ッ!!」
ザイスの後を追っていたアルベルトが、悲鳴にも似た叫びをあげた。
反対側でザイスと取り巻きの相手をしていた彼女は、周りに目を向ける余裕すらなかったのだから仕方がない。しかし、カミーユが褒める程の回避劇を繰り返していたにも関わらず、ザイスという男は彼女を切り刻んだのだ。戦闘に長けていると言えよう当のザイスは、アルベルトとエドワードによって時間稼ぎをされている状態である。
「大体わかったわ。それで? あんたはどうするのよ」
「どうするって言われてもなぁ……どうするんだ?」
「あ ん た に聞いてるのよ! この馬鹿!」
「ば、馬鹿……」
「はぁ、調合師は生産職でしょ? 戦闘に参加するとしても、先だって前に出れる職業じゃないのよ?」
エレナの言い分は理解できる。
魔物との戦闘に身を置いてきた者からすれば、生産職はそれを補助するために腕を振るう職人だ。戦闘に巻き込まれれば、真っ先に守るべきは生産職である与一だ。そんなことをしていれば、守っている側がいつ命を落としてもおかしくはない。故に、エレナは与一に退くよう促そうとしていたのである。
「な、なんとかなるんじゃないか?」
「なんとかってどういうことよ! ちゃんと説明しない限り、私はここから先にあんたを行かせないんだからね!」
ずかずか、と。与一の前に立ちはだかり、両手を広げたエレナ。
「あいつは異常よ……まともな策でもない限り、正面からじゃ死ぬわよ?」
「そうだろうな」
「あんたは調合師なのよ? この世界で、そんなほいほい現れるような職業じゃないの! なんでわからないのよ!」
「わかる、わからないの問題じゃないだろ。ザイスってやつが俺に手を出してきて、失敗したら今度は出向いてこの騒ぎだ。誰が止めるかって話だろ?」
与一は再度タバコを咥えて火をつけると、ズボンのポケットに手を突っ込みながら歩き出す。
もはや言うことはない。なにかしらの策があって、ザイスを止めることができるのなら。これ以上、ヤンサの街に被害が出ずに済むのなら。そう考え込むエレナの傍を、与一はどこか腹をくくった表情で通り抜ける。
「絶対、絶対無事に帰ってきなさいよね!」
振り向き様に、エレナは心底心配しているような表情で煙を吹かすその背中に声を掛けた。
「無事に、か……ふぅ」
ひとりでアルベルトとザイスの元へと足を向ける与一。その後ろから、少し駆け足で寄ってきたカミーユが隣に来た。
「与一君、なにか策があるのかい?」
「ん? そんなものはないぞ」
「えぇ……? いくら丸薬があるとは言え、無茶なことはするべきではないよ!」
「なぁに、鎌からあいつを離せばいいんだろ? そうすれば、身体強化だけで立ち向かわれても対等に戦える自信はあるからな」
「エドワードの爺さんと戦った時みたいに、君にはまだ隠し玉があるんだろう?」
「……まぁ、な。あまり使用はしたくないけど、今は非常事態だ。アルベルトさんもいつまで持つかわからないし、そろそろ悪党にはご退場願わないとな」
半分を切ったタバコを足元に捨て、ぐりぐりと靴で火を消す。すると、与一は懐から白い丸薬と黄色い丸薬を取り出した。回数制限なんて気にしている暇はない。時間稼ぎにアルベルトの体力を消費し続けるのは危険なのだ。
「──三分だ」
「え? なにが三分なんだい?」
「俺が、ザイスを退場させるまでに掛かる時間さ」
「すまない。理解が追い付いてないんだが……って、与一君!?」
「なら、見ててくれ。これが調合師の戦い方だってことを──ッ!」
突然駆け出した与一。まだ危険が残っている可能性があるかもしれない。と、カミーユは与一を止めようと手を伸ばしたが、その手は届くことはなく。遠くなっていく背中に向けて、悲しく伸びているだけであった。
肩で息をし始めたアルベルトの視界の端に、与一の姿が映り込む。
「よ、与一!? なんで来たんだ!」
ぐわ、と。声を荒げたアルベルト。
「くくく、あれが調合師だァ? 思っていたよりもひょろっちぃ奴じゃねぇか!」
「──しま、逃げろ! 与一ぃいいいッ!!!」
鎌を大きく振り上げて駆け出すザイス。その傍で、不意を突かれた行動に動揺しかけたアルベルトが、与一に向かって叫んだ。が、当の本人は怖じ気づくどころか、ふつふつと込み上げてくる怒りに歯を食いしばっていた。
「テメェから出てくるとは好都合じゃねぇか、そのまま首を置いていきやがれッ!」
ザイスの駆ける速度が異常なまでに上昇する。
身体能力の強化は、任意でできるものと見て間違いはないだろう。すると、ザイスの通り過ぎた箇所に、彼を追うかのようにして地面に矢が何度も刺さる。
「ぎゃんぎゃんうるさいぞ、お前」
冷たく、低い声音。
与一の目線が鋭く、殺意にも似たなにかを孕んだものであると気が付いたザイスが、一瞬速度を緩めた。だが、停止することなく突っ込んでくるザイスを前に、与一は手の中で転がしていたふたつの丸薬を口に含んだ。
──ドクン。
ひとつ、心臓が大きな音を立てた。
──ドクン。
ふたつ、全身からすぅ、と。血の気が引く感覚にも似た何かが駆け抜ける。
──ドックン。
みっつ、跳ね上がった鼓動と共に高熱が全身に伝わる。
──ドクン……ドクン……ドクン、ドクン、ドクンドクンドクンドッドッドッド。
胸で打つ音が速度を増して肌で感じていた風、高熱などと言ったものが感じれれなくなると同時に、肉薄してきたザイスが鎌を与一の首目掛けて振るった。
「よ、与一ぃいいいい──ッ!!」
ザイスの後を追っていたアルベルトが、悲鳴にも似た叫びをあげた。
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