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第9章
76話
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びゅおう、と。風の吹き抜ける屋根の上。
風によって半ば強引にフードを脱がされ、なびく金色の長髪を押さえながら大通りを見下すカミーユ。カルミアよりも早く現場に着くため、昼間の人目に留まるこの時間であっても屋根を伝って移動した。緊急事態なのだ。仕方がないと言えば仕方がないのだが。そんなこと気にしていないのか、カミーユの表情はどこか固く、冷酷な雰囲気を醸し出す目をしている。
「与一君には悪いけど、作戦は変更させてもらうよ」
ここにきて、与一を巻き込むわけにはいかない。
彼の元へとザイスが向かう前に、カルミアと共にここで迎え撃とう。と、考えていたのだが。
「──ッ!?」
目線の先、短剣片手に華麗な足取りで数の暴力を全く感じさせない立ち回りをするエレナの姿があった。
振り下ろされる剣をひとつひとつ躱しては、軽く跳躍してみせる。ひらりを身を翻して着地しても、集団の真っただ中にいるのだ。隙を見せればすぐに距離を詰められる。一方的であるにも関わらず、彼女の身には傷ひとつ付けられていない。
「はは、いい動きだ。それじゃ、私も参戦させてもらおうかなッ!」
両手を広げて屋根から地面目掛けて身を投げる。徐々に、徐々に落ちていくその身が加速していく。迫り来る地面に恐怖を抱くことなく、小さく微笑んだカミーユの身体が不自然な軌道を描きながらすれすれの距離を飛行する。
進む先、背を向けているコート姿の人影目掛けて、一度足をつけてから縦への回転を加えて頭の高さまで飛び上がる。
「──まずはひとりッ!!」
失速していく途中、自身の踵を人影の顔面目掛けて放つ。
「ぶわぁッ!?」
空中で放たれた踵落としは止まるところを知らず、カミーユの身体はその場で一回転して見せた。すると、どこの誰とも知らない短い悲鳴は、その身体と共に後方へと吹き飛んでいった。
とんとん、と。片足ずつ着地して見せるカミーユ。すると、突然の奇襲にエレナを囲んでいた集団の一部が振り返る。
「何者だァテメェ!」
「あのちび囲ってるつーのに、新しいおもちゃがやってきたのかぁ?」
ぞろぞろと近づいてくる男たち。
手をぽきぽきと鳴らす者から、舌舐めずりをする者。剣をぺろぺろと舐め回す者など、一言で言い表すなら『ならず者』という言葉が合いそうな者たちだ。
「邪魔するなら死に晒せやァ!」
剣を振り上げ、カミーユへと振りかかる。
「へぇ、そんなに隙を見せていいのかな?」
軽く足踏みをしたカミーユから、目にも留まらぬ速度で放たれた蹴りが男の肘を捉える。衝撃波にも似たなにかが走り、耳に障る音を響かせた肘は弾かれると同時に逆方向へと折れ曲がった。
「……は?」
何が起こったのか理解が追い付いていないのか。
周りが目を丸くすると、吹き抜けた風がカミーユの髪をなびかせる。
「こ、こいつエルフだ!」
「今のが魔法だっていうのか……ッ!?」
種族が違うとわかると、嘲笑っていた彼らは身を引いた。
「いいのかい? ここは戦場だよッ!」
獲物を追いかける肉食獣のような目を向けるカミーユに、辺りから小さな悲鳴が聞こえた。
「くそくそくそくそォッ!!!」
血迷ったひとりが、大声を発しながらカミーユ目掛けて駆け出す。だが、血相を変えて駆け寄っている最中に、男の片足が突如として消えた。
「あ、足がぁあああああ────ッ!!!」
「先に始めてるなんて、聞いてないわよぉ?」
どこから現れたのか。倒れ込んで、膝から下のない足を抑える男とすれ違うかのようにして、背後へと声を掛けるカルミアの姿がそこにあった。
「まったく気が付かなかったよ。いつの間に──」
「くたばれやぁッ!」
普段の会話のように、言葉を並べるカミーユの元へと大きな斧を振りかぶる男。
「今は彼女と話をしてるんだ。黙っててもらえるかな?」
ぎろ、と。男を睨みつけたカミーユが放った回し蹴りが、振り下ろされる斧を付け根から粉砕する。
「ば、馬鹿なッ!」
突然重さを失った棒切れが地面に触れると、驚愕した表情を浮かべながら大声を上げる男。
「だから、うるさいよ?」
続け様に身体をよじり、連続して放たれた蹴りが男の顔を捉えた。
「あっぶッ!?」
顎がかこん、と。揺れ、男は力なく崩れ落ちた。
「手加減無用って、まさにこのことなのかしらねぇ……」
「殺す覚悟がなきゃ、ここでは真っ先に死んでいくってことだよ。まぁ、場数が違いすぎるのもあると思うけど」
「そうねぇ。ちょっとだけ、あなたが怖く思えてくるわぁ」
「はは、軽口叩いてる暇はなさそうだよ?」
「わかってるわよぉ」
会話をしながらも、襲い来る暴徒を斬り捨てるカルミア。
「ぐぁ……あ、悪魔、め!」
「あらぁ? こんなか弱い女を斬ろうとしてきたくせに、よくそんな口が利けるわねぇ?」
「や、やめ──っ!?」
背中から剣を突かれ、カルミアの傍には骸が転がった。
「か弱い女って、それは流石に冗談だろう?」
「エルフの分際で、人様に──ぐほうッ!?」
金属製のこん棒が、カミーユの顔を捉えようとした瞬間、彼女の影から現れたカルミアが剣でそれを打ち上げる。続けて、無防備となった相手へと静かに放たれる突き。
「ぐぼほぁ……」
のど元を突き抜けた剣先が首裏へと顔を出した。
声を上げる間もなく、口からごぽごぽと血が溢れ出す。剣を抜いたカルミアが、血を払うと同時に首を抑えた男は小さく蹲って動かなくなった。
「サブマスターが向こうで頑張ってるみたいだよ?」
「それは助けなきゃだめねぇ」
カミーユが指す方向を見たカルミアが、どこか楽しんでいるような、この状況に満たされているような、深みのある笑みを浮かべた。先ほどまで女だと侮っていた男たちから、薄ら笑いや余裕のある表情は消え失せていた。カルミアとカミーユを見ている男たちの表情は恐怖を前にしたそれであり、全員が全員、じりじりと距離を置こうと離れていく。
「それじゃ、ザイス目指して──」
「えぇ、ここで終わらせるわよぉッ!!」
互いの顔を見合って、ふたりは足並みを揃えて駆け出した。
風によって半ば強引にフードを脱がされ、なびく金色の長髪を押さえながら大通りを見下すカミーユ。カルミアよりも早く現場に着くため、昼間の人目に留まるこの時間であっても屋根を伝って移動した。緊急事態なのだ。仕方がないと言えば仕方がないのだが。そんなこと気にしていないのか、カミーユの表情はどこか固く、冷酷な雰囲気を醸し出す目をしている。
「与一君には悪いけど、作戦は変更させてもらうよ」
ここにきて、与一を巻き込むわけにはいかない。
彼の元へとザイスが向かう前に、カルミアと共にここで迎え撃とう。と、考えていたのだが。
「──ッ!?」
目線の先、短剣片手に華麗な足取りで数の暴力を全く感じさせない立ち回りをするエレナの姿があった。
振り下ろされる剣をひとつひとつ躱しては、軽く跳躍してみせる。ひらりを身を翻して着地しても、集団の真っただ中にいるのだ。隙を見せればすぐに距離を詰められる。一方的であるにも関わらず、彼女の身には傷ひとつ付けられていない。
「はは、いい動きだ。それじゃ、私も参戦させてもらおうかなッ!」
両手を広げて屋根から地面目掛けて身を投げる。徐々に、徐々に落ちていくその身が加速していく。迫り来る地面に恐怖を抱くことなく、小さく微笑んだカミーユの身体が不自然な軌道を描きながらすれすれの距離を飛行する。
進む先、背を向けているコート姿の人影目掛けて、一度足をつけてから縦への回転を加えて頭の高さまで飛び上がる。
「──まずはひとりッ!!」
失速していく途中、自身の踵を人影の顔面目掛けて放つ。
「ぶわぁッ!?」
空中で放たれた踵落としは止まるところを知らず、カミーユの身体はその場で一回転して見せた。すると、どこの誰とも知らない短い悲鳴は、その身体と共に後方へと吹き飛んでいった。
とんとん、と。片足ずつ着地して見せるカミーユ。すると、突然の奇襲にエレナを囲んでいた集団の一部が振り返る。
「何者だァテメェ!」
「あのちび囲ってるつーのに、新しいおもちゃがやってきたのかぁ?」
ぞろぞろと近づいてくる男たち。
手をぽきぽきと鳴らす者から、舌舐めずりをする者。剣をぺろぺろと舐め回す者など、一言で言い表すなら『ならず者』という言葉が合いそうな者たちだ。
「邪魔するなら死に晒せやァ!」
剣を振り上げ、カミーユへと振りかかる。
「へぇ、そんなに隙を見せていいのかな?」
軽く足踏みをしたカミーユから、目にも留まらぬ速度で放たれた蹴りが男の肘を捉える。衝撃波にも似たなにかが走り、耳に障る音を響かせた肘は弾かれると同時に逆方向へと折れ曲がった。
「……は?」
何が起こったのか理解が追い付いていないのか。
周りが目を丸くすると、吹き抜けた風がカミーユの髪をなびかせる。
「こ、こいつエルフだ!」
「今のが魔法だっていうのか……ッ!?」
種族が違うとわかると、嘲笑っていた彼らは身を引いた。
「いいのかい? ここは戦場だよッ!」
獲物を追いかける肉食獣のような目を向けるカミーユに、辺りから小さな悲鳴が聞こえた。
「くそくそくそくそォッ!!!」
血迷ったひとりが、大声を発しながらカミーユ目掛けて駆け出す。だが、血相を変えて駆け寄っている最中に、男の片足が突如として消えた。
「あ、足がぁあああああ────ッ!!!」
「先に始めてるなんて、聞いてないわよぉ?」
どこから現れたのか。倒れ込んで、膝から下のない足を抑える男とすれ違うかのようにして、背後へと声を掛けるカルミアの姿がそこにあった。
「まったく気が付かなかったよ。いつの間に──」
「くたばれやぁッ!」
普段の会話のように、言葉を並べるカミーユの元へと大きな斧を振りかぶる男。
「今は彼女と話をしてるんだ。黙っててもらえるかな?」
ぎろ、と。男を睨みつけたカミーユが放った回し蹴りが、振り下ろされる斧を付け根から粉砕する。
「ば、馬鹿なッ!」
突然重さを失った棒切れが地面に触れると、驚愕した表情を浮かべながら大声を上げる男。
「だから、うるさいよ?」
続け様に身体をよじり、連続して放たれた蹴りが男の顔を捉えた。
「あっぶッ!?」
顎がかこん、と。揺れ、男は力なく崩れ落ちた。
「手加減無用って、まさにこのことなのかしらねぇ……」
「殺す覚悟がなきゃ、ここでは真っ先に死んでいくってことだよ。まぁ、場数が違いすぎるのもあると思うけど」
「そうねぇ。ちょっとだけ、あなたが怖く思えてくるわぁ」
「はは、軽口叩いてる暇はなさそうだよ?」
「わかってるわよぉ」
会話をしながらも、襲い来る暴徒を斬り捨てるカルミア。
「ぐぁ……あ、悪魔、め!」
「あらぁ? こんなか弱い女を斬ろうとしてきたくせに、よくそんな口が利けるわねぇ?」
「や、やめ──っ!?」
背中から剣を突かれ、カルミアの傍には骸が転がった。
「か弱い女って、それは流石に冗談だろう?」
「エルフの分際で、人様に──ぐほうッ!?」
金属製のこん棒が、カミーユの顔を捉えようとした瞬間、彼女の影から現れたカルミアが剣でそれを打ち上げる。続けて、無防備となった相手へと静かに放たれる突き。
「ぐぼほぁ……」
のど元を突き抜けた剣先が首裏へと顔を出した。
声を上げる間もなく、口からごぽごぽと血が溢れ出す。剣を抜いたカルミアが、血を払うと同時に首を抑えた男は小さく蹲って動かなくなった。
「サブマスターが向こうで頑張ってるみたいだよ?」
「それは助けなきゃだめねぇ」
カミーユが指す方向を見たカルミアが、どこか楽しんでいるような、この状況に満たされているような、深みのある笑みを浮かべた。先ほどまで女だと侮っていた男たちから、薄ら笑いや余裕のある表情は消え失せていた。カルミアとカミーユを見ている男たちの表情は恐怖を前にしたそれであり、全員が全員、じりじりと距離を置こうと離れていく。
「それじゃ、ザイス目指して──」
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