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第9章

75話

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 その頃、港の一歩手前の大通りにて。
 黒いロングコートを身に纏い、フードを深く被った集団がのっそりと歩いていた。道行く人は、彼らを警戒して道を譲るのだが、露店を出していた商人は呼び込みのために声を張る。

「そこのにぃちゃんたち! いい品が揃ってるよ!」

 声高らかに、商品を手に取って紹介する。が、彼らは見向きもしないので。

「──っちぇ」

 小さく、舌打ちをした。だが、その舌打ちに反応したかのように、ぞろぞろと集団は商人の露店を囲いだした。

「い、いやぁ。こんなにお客さんが来るなんて嬉しいなぁ。ははは、は──」
 
 刹那、ぐい、と。首元を掴まれ、地べたを舐める羽目となり。

「うぐ……い、いきなりなにしやがる!」
「テメェが喧嘩売ってきたんだろ? 買ってやったんだ。商人として喜ばしいことだろォ?」

 ぐぐ、と。背中に膝を当てられ、身動きすら取れない状態に。すると、彼の背後から甲高い金属音のするものを引き抜いた音が聞こえた。

「な、なにをする気だ! 俺は商人だぞ!」
「へぇ? それで? 商人だからってなにかあるのか?」

 つん、と。背中に振れる鋭い感触。
 彼は冷や汗を垂らしながら、振り向こうと首をひねる。それを止めるかのように突き付けられたのは──剣先。

「ひぃ!? あ、あんたら! 何者なんだ!」

 街中で、いきなり襲い掛かってきた集団に大声で問いかける。だが、まるで嘲笑うかのように彼を見下している者は揃いも揃って不気味な笑みを浮かべている。そんな表情を見るや否や、彼は目を白黒とさせながらも必死にもがく。

「は、離せ! 俺を解放しろ!」

 大声で周りに助ける求めるかのように叫ぶ。
 彼を取り囲む集団を、住民たちは遠巻きに眺めていることしかできなかった。剣を持っている相手に堂々と立ち向かえる人間という者は極少数であるのも関係しているのだが、この状態で誰も動けないのは、多勢に無勢の状況であることを理解しているからでもあった。
 
「俺たちも暇じゃねぇんだよ! わかるか? あぁ!?」

 ぐりぐり、と。頬に刺さる剣先。
 じわりと広がる熱に、彼は顔を強張らせる。頬を伝う生ぬるい感触に悪寒を感じながらも、抜け出そうと必死に身をよじる。

「おうおう、そんなに動き回ったら──」
「う、うわぁあああああああ────ッ!?」

 先ほどまで頬に当てられていた剣先に、ぐぐ、と。力が籠り、その薄っぺらい肉壁を貫いた。
 動こうとすれば、その鋭利な金属は頬を更に裂く。逆に動こうとしなければ、反対側の肉壁が貫かれる。

 最悪な状況だ。

 悲鳴めいたその声を聞いても、遠巻きに見ているものたちは口を押えることしかできない。中には、助けを求めようと目を伏せて通り抜けようとする冒険者らしき者に声を掛ける者もいる。が、集団に立ち向かう英雄なるものはおらず、ただただ絶望を覚えていた。

「ふぅ! ふぅ!」

 荒く、短く。商人は怒りと痛みを抑えようと呼吸をする。
 
「ははは! 見ろよ! 商人様が無様に転がってやるぜ!」
「ぎゃはは。ボス、次はどうしやすか!?」

 完全に楽しんでいる。いや、狂っている。
 周りが、野次馬と化していくなかでただひとり。所々紫色に変色している鎌を背負っている男が突如、にへら、と。狂気に満ちた笑みを浮かべた。そして、その背に携えている鎌を手に取ると。

「あぁ、可哀想だからよぉ……解放してやるぜぇ? 痛みからなぁっ」

 大きく振り上げたそれを見た商人は、言葉を失った。
 
 全身を掛ける寒気。
 それと同時に感じる絶望感。
 これで終わってしまうのだろうという、無念。

 ただ商売をしていただけなのに、一度の過ちが招いた終焉しゅうえん

「あばよぉおおおッ!?」

 ぶおん、と。風を切る音と共に振り下ろされる鎌。
 誰もが息を飲んだ。彼を取り囲む集団も、遠巻きに見ていることしかできない住民たちも。だが、彼の首を刎ねると思われたその刃は、どこからか飛来した短剣によって弾かれる。

「あぁ!? 俺を邪魔するやつは誰だァ!!!!」

 狙いを外した刃は、道を整備するために使われている煉瓦へと短い金属音と共に刺さった。同時に、楽しそうにしていた男の表情が一変。まるで暴徒のように、雄叫びを上げる男の顔にはいくつかの血管が浮き上がっていた。怒りを体現しているかのようなそれは、命を繋いだ商人へと向けられることはなく、短剣が飛んできた方向へと向けられた。

「はぁ、こんな街中でなに暴れてるのよ。迷惑よ、迷惑!」

 腰に手を当て、きりり、と。相手を睨みつけるエレナの姿がそこにあった。



 大通りで起こったことは、冒険者ギルドへとすぐさま知らせられた。
 血の気の引いた顔をした住民が、助けを求めるべくギルドへと飛び込んできたのだ。時刻は討伐依頼の取り合いが終わった朝方。ギルド内に残っていたのは、数人の冒険者と受付嬢のみ。その中に、カルミアの姿があった。

「た、助けてくれ! 港手前で商人が襲われているんだ!」
「落ち着いてください。まず、何が起こったのか教えてくれませんか?」

 カルミアの傍にいた受付嬢が、小さな揉め事だろうと中年手前の男性へと声を掛けた。

「不気味な集団が、商人を囲って剣を抜いたんだ! あのままじゃ死んじまう!」
「……そ、それは──」
「ちょっといいかしらぁ?」
 
 困惑の表情を見せる受付嬢の前に手を伸ばし、カルミアは男性から詳しい話を聞くために長机の並ぶスペースへと誘導する。椅子に腰を掛け、恐怖に肩を震わせている男性が口を開く。

「い、いきなり商人を囲い始めて地面に引きずる形で伏せさせたんだ。それから、剣を抜いて……くっそ、思い出すだけでも胸糞が悪い!」
「その商人は無事なのかしらぁ?」
「わからない。道行く冒険者に声を掛けたんだが、そそくさと逃げていきやがったんだ!」
「そう……ほかに、その『不気味な集団』の特徴みたいなのはあるかしらぁ?」

 カルミアの中では確信に近いものがあった。
 昨晩、エドワードの持ち込んだ情報が正しければ、ザイスという男である可能性が高い。

「そ、そういえば、鎌を背負っていたやつがいた……」
「それだけわかれば大丈夫よぉ。あなたは、街の人たちに避難するよう声を掛けなさい」

 どこか思い詰めた表情を浮かべながら、カルミアはギルドから出る。そこへ。

「どうやら騒がしいみたいだね」

 扉の傍で、壁に背を預けているカミーユが声を掛けてきた。
 いち早く現場の状況を知って、カルミアと合流すべくこちらに来たのであろう。今までに感じたことのない、カミーユの殺気にも似たぴりぴりとした雰囲気に、カルミアは黙々と頷いた。

「エドワードの爺さんには、さっき配置につくように言ってきたよ」
「わかったわぁ。それじゃ、行きましょ?」
「これで完全に因縁が切れるんだ。出し惜しみなしで行こうじゃないか」

 カミーユが、コートの隙間から取り出した剣を受け取ると、カルミアは力なく微笑んだ。
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