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第8章

68話

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 風に背を押されながら三人は宿へと入っていった。
 先頭を歩いていた与一が、ふと、足を止める。立ち止まった彼の後ろにいたふたりが、眉を寄せながら表情を窺おうと顔を覗き込む。

「正直、エレナに話すと問題が起きそうなんだよなぁ」
「なによ。知っておいて損ってことなの?」
「いや、別にそういうわけじゃ……」

 不意に、言葉が詰まった。
 与一自身、これ以上誰かを巻き込みたくない。と、いうのが本心であった。だが、今更そんなことを言ったところでエレナが引き下がるとは思えない。彼女にも、知らなければならない事情があるのかもしれないのだから。
 以前、カミーユとカルミアが情報を教えてくれた時に、冒険者ギルドのギルドマスターが行方不明になっていると言っていた。エレナの目的は、そのギルドマスターに関する情報なのであろう。が、どこから港での一件を嗅ぎつけたのかは、考えても思い当たる節はなかった。

「与一様? どうかされたのですか?」

 黙り込んでしまった与一を心配して、ルフィナが声を掛ける。

「そうよ、黙っていたらここまできた意味がないじゃないの!」
「まぁまぁ。エレナさんもそんなに怒っていたら嫌われてしまいますよ?」
「っうぐ。だ、誰に嫌われてるって言うのよ」

 ぷい、と。そっぽを向くエレナ。そんな彼女を見て、ルフィナは小さく微笑んだ。
 
「はぁ、やっぱり言わなきゃだめか?」
「言いにくいことなの? それとも、何かしら悪さしてるんじゃないでしょうね?」

 歯切れの悪い与一の元へと、ずい、と。身を寄せるエレナ。

「悪さはしてないぞ。ただ、巻き込まれたってだけだ」
「巻き込まれた? どういうことよ」
「与一様は、冒険者ギルドに登録した日から、外部の組織的ななにかに狙われていたようなのです」
「はぁッ!? それって、うちのギルドが関与してるって言いたいの?」

 途中から会話に参加したルフィナに振り返りながら、エレナ声を裏返した。

「違う違う。なんて言えばいいんだろうなぁ。ギルド内部に入り込んでいたやつがいたとしか……」
「ま、まさか。カルミアさんのことじゃないでしょうね?」

 受付嬢兼情報屋。カルミアのしていることを知っているエレナにとって、内部で情報を外に流せる人物と言えば彼女しかいなかったのだ。だが、それと同時に疑問が生じた。

「でも、カルミアさんが来たのは2か月も前よ?」
「だろうな。受付嬢失踪の一件から、すべて仕組まれていたってことだよ。そこに、俺がふって湧いて狙われたってわけだ」
「ですが、それだと与一様のことを知らない間に、なにかしらの計画があった。と、捉えれるのですが」
「俺もそれは思ったんだ。だけど、カミーユやカルミアはその計画とやらの情報は得てないんだ」
「カルミアさんのことは、後で本人に聞いておくことにするとして……そういえば、勝手に指名依頼を引き受けたって話になって、ギルド内が殺伐としてた時期があったわ」

 各所の関係者が集まると、こうまでも情報が揃っていくのか。と、与一は感心していた。
 今まで、冒険者ギルドの内部情報はカルミア経由で少ししか得られなかった。それが、エレナを混ぜての情報交換なるものは有意義なものである。あれやこれや。と、知らなかった情報から、関係者以外では知るはずのないことまで聞き出せるのだ。ある意味で、話して良かったのかもしれない。

「それなら聞いたぞ。生産職に向けての指名依頼があったんだろ? でも、それはギルドマスター不在の時にのみ行われていたって」
「そうなのよ、そのせいでギルドのお金は減っていったわ。今回、あんたから受け取った……えっと、万能薬だっけ? あれを代用して、なんとか依頼を回せている状態なのよ……」

 そんな理由があったのか。と、与一は今まで理解していなかったギルドの買取から、報酬を渡されるまでの遅延に納得することができた。しかし、ギルドのお金を存分に使ってまで、作りたかったものとは。

「確か、クロスボウがどうのこうのって──」
「クロスボウ……ですか? 冒険者なら、装填に時間のかかるものよりも弓を取ると思うのですが」
「それを生産職の連中にやらせていたってこと?」
「たぶん、な」

 これといって確信をもって言えることではない。仮に、クロスボウの量産があの黒ずくめの男の目的であったのなら、それはそれで何が目的であったのだろうか。と、疑問を感じるのだが。

「んま、あの黒ずくめの男はジジィに射られてたからなぁ。知りたくても、もう知ることはできないだろうな」
「黒ずくめ……?」
「あぁ。エレナみたいな感じで真っ黒な感じだったぞ? 暗くてよく見えてなかったけど──」
「それって、ギルドマスターかもしれない……」
「────ッ!?」

 エレナの言葉に、与一は肩を震わせた。
 彼女の探していた人物が、あの老人の一矢によって死んだことを遠まわしに言ってしまったのだ。もし、仲が良い人であったのなら、彼女は血相を変えて老人を探しに出て行ってもおかしくはない。それ故に、与一は再度言葉を失ってしまった。申し訳ない。そんな一言で済むことではない。

「あ、あのな。あのジジィは俺を助けようとして……」
「さっきの話を聞いたから理解はしてるのよ……してはいるのだけれど、どうしてマスターがそんなことをしたのかって」
「それは私も思いました。前にお会いした時は、気配りのできるいい人でしたのに……」

 情報の整理で混乱しているふたり。
 突然、主犯格とも言えよう人物が冒険者ギルドのギルドマスターであったと判明したのだ。今まで、普通に過ごしていた人が、突然悪事に走るとなれば身内や顔見知りからしたらどうしてだろう。と、心配するものである。

「もしかしたら、だけどな。そんな立派に仕事をこなしていた人が、いきなり罪に問われるようなことをするのってさ。誰かから誘われたか、そそのかされたのふたつだと思うんだ」

 ふたりを順に見た与一が、口を開いた。
 誰それから誘われて、実行したはいいもの良いように利用されてしまっていた。そんな理由であるのなら、辻褄つじつまは合うのだ。しかしながら、その『誰それ』がどんな人物であるのかは未だに不明。情報すら挙がっていないのだから、仮説でしかないのだ。

「……それなら納得できるのよね」
「問題は、誰がギルドマスターにそのようなことを吹き込んだのか。ですよね」
「はぁ……情報が出揃うと、次へ次へと問題が出てくるな」
「そうね。とりあえず、知りたかったことを教えてくれたことには感謝するわ。あとは、こっちでも調べてみるから、あんたたちはあまり関わらないほうがいいかもしれないわ」
「はは。それは願ったり叶ったりだ。もう、あんな面倒事はご免だからな」

 やれやれ、と。手を上げて見せる与一。
 忠告されなくとも、深く関わる気など毛頭ない。カミーユとカルミアが教えてくれる情報を整理していくだけでも、自身がどんな状況下に置かれていたのか理解できる。逆に、エレナが首を突っ込み過ぎないだろうか。と、与一は不安になってきていた。

「ギルドにもギルドの問題があると思うけどさ、あんま無理すんなよ? 相手は、俺たちを殺そうとしてきたんだ」
「えぇ、わかってるわよ。ご忠告ありがとね」

 素っ気なく答えたエレナは、踵を返して宿を後にしようと足を踏み出す。

「気を付けてくださいね。エレナさん」
「お互いに、ね。それじゃ、私はギルドに戻ることにするわ。またなんかあったら聞きに来るから」
「いや、来なくていい」
「な、なによ! せっかく頼ってやってるのよ? もう少し感謝しなさいよね!」
「へいへい。ほら、さっさと帰れ」

 しっし、と。手であしらう与一を睨むと、ルフィナには微笑みかけるエレナ。そして、彼女が去った後に、ルフィナがうっかり口を滑らせたことに対して、与一からの長い長い説教が始まるのであった。
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