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第8章
67話
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大通りで軽く昼食を終えたエレナは、黒い日傘を差しながら港へと足を向けていた。
時刻は昼真っただ中ということもあり、あちらこちらにある飲食店や露店の前には人だかりができている。横目でそれらを眺めながら足を進めていると、正面から吹き抜ける潮風に髪を遊ばれた。
「……っ。ほんと、この街の風はべとべとしてるのよね」
ふわり、と。なびく髪を押さえ、じめじめとしている風に文句を垂れる。
潮風には少なからず塩分が含まれている。髪に付着したり、服にくっついたりと、後になってからべたつきを感じて気持ち悪がられたりもする。ヤンサの街に住もうものなら、これらの感触に慣れなければならないのである。
「にしても、カルミアさんが情報屋だったなんて……え、つまりギルドの情報もだだ洩れってことじゃない?」
今更になって理解したのか。エレナは青ざめた表情を浮かべた。
港手前に到着し、以前訪れたアルベルトの宿をちらり、と。見やる。だが、探していた人物がそんな都合よく現れるわけがない。港に近い所に住んでいるのだ。もしかしたら、彼なら知っている可能性があるのではないか。そう思って見ていたのだが、宿からは誰ひとりとして出てくることはなく、エレナは小さな溜め息をこぼしながら足を進めようとした。
──そこへ、
「もう、お腹が空いているならそう言って欲しかったです」
「いやぁ、言おうとしたんだぞ? うん、まじで」
「こんな愛らしい乙女と買い物をしているのですよ? なのに、ぐぅぐぅぐぅぐぅ。お腹が鳴っている音のせいで、ちっとも楽しめませんでした──」
与一と、ルフィナである。
どうやら一緒に出掛けて昼食を済ませて戻ってきたところの様子。そんな、ふたりの元へとエレナは踵を返して歩いていく。
「いやぁ、悪かったって! この通り。この通りだからさ」
ぱん、と。手を合わせて頭を下げる与一。
「次、また同じことが起きましたら、昼食抜きですからね」
「ひぃい! それだけは勘弁してください、ルフィナ様ぁ」
ご機嫌斜めなルフィナに、必死に謝る与一。そんな、相も変わらず情けない姿に、エレナは溜め息をこぼした。
「あんたって、いっつもこんな感じなの?」
今にも土下座をしそうな勢いの与一に、エレナは声を掛けた。
「ん? エレナじゃないか」
「あら、エレナさんじゃないですか」
「……ふたり揃って、同じような反応するんじゃないわよ」
「ははは。って、ルフィナは顔見知りなのか?」
「えぇ、何度かお会いしたことがありますよ。この街に来た時、最初にご挨拶しに行きましたし」
ふふ、と。微笑むルフィナ。
どうやら彼女たちは知り合いのようだ。商人ギルドのマスターと冒険者ギルドのサブマスターなのだから、それなりに接点はあるのだろう。純白のワンピースを着ているルフィナと、対になるかのように黒いドレスコートを着こなすエレナ。見ていて飽きない組み合わせでもある。
「それで、俺に用事でもあったのか?」
「まぁ、そうね。そんなところよ……」
「与一様に御用でしたら、私は宿に戻ってますね」
「いや、ルフィナ。あんたにも聞きたいことがあるのよ」
与一とルフィナは互いに見合い、再度エレナへと振り返った。
「前に、港でなんかしらあったらしいのだけれど、なにか知らない?」
「い、いやぁ? 俺は、なんも知らないぞ?」
「港で、ですか? あぁ、あの夜の──むぐぅ!?」
咄嗟に、与一がルフィナの口元を手で覆う。
「あの夜? あの夜ってなによ。ちょっと詳しく聞かせなさい!」
だが、時すでに遅し。面倒事を嫌う与一だからこそ、件の話はあまり持ち出したくなかったのだ。それ故にルフィナが話そうとした瞬間に止めたのだが、エレナの耳には既に入ってしまっているのだから追求されても仕方がない状況となってしまっていた。
「……なんでもないぞ。うん」
「なんでもないようには見えないのだけれど? それに、ルフィナも関与していたってこと?」
ぶんぶん、と。疑いの目を向けられたルフィナは、首を横に振った。
「ぷはぁ。私は聞いた程度です。あ、この話は他言無用でした……」
「やっと思い出したか。この馬鹿ちん!」
「い、いたい! いたたたた。ちょ、ちょっと与一様! 頭が痛いです!」
こめかみに拳を当ててぐりぐりと回す与一。
「はぁ、あんたたちが仲が良いのはわかったから。さっきの話、詳しく聞かせてちょうだい」
「別にそれは構わないんだが……話しても大丈夫なのか?」
「い、いえ。私に聞かれてもわかりませんよ」
「……仕方がない、か。とりあえず宿に戻るぞ。話はそれからだ」
そう言い残し、与一は重い足取りで宿へと向かっていく。ふたりもそれに続き、宿を目指した。
他者に話す気はなかったのであろう。と、与一の背中を眺めながら浮かない表情を見せるエレナ。だが、思わぬところでの収穫でもあり、彼が港での一件に関与していることは理解できた。それと同時に、話すこと自体になにかしらの躊躇いがあるようにも感じ、もしかしたら、自身の知らないところでなにか大きなことが起きていたのではないのだろうか。と、不安が膨らんでいた。
時刻は昼真っただ中ということもあり、あちらこちらにある飲食店や露店の前には人だかりができている。横目でそれらを眺めながら足を進めていると、正面から吹き抜ける潮風に髪を遊ばれた。
「……っ。ほんと、この街の風はべとべとしてるのよね」
ふわり、と。なびく髪を押さえ、じめじめとしている風に文句を垂れる。
潮風には少なからず塩分が含まれている。髪に付着したり、服にくっついたりと、後になってからべたつきを感じて気持ち悪がられたりもする。ヤンサの街に住もうものなら、これらの感触に慣れなければならないのである。
「にしても、カルミアさんが情報屋だったなんて……え、つまりギルドの情報もだだ洩れってことじゃない?」
今更になって理解したのか。エレナは青ざめた表情を浮かべた。
港手前に到着し、以前訪れたアルベルトの宿をちらり、と。見やる。だが、探していた人物がそんな都合よく現れるわけがない。港に近い所に住んでいるのだ。もしかしたら、彼なら知っている可能性があるのではないか。そう思って見ていたのだが、宿からは誰ひとりとして出てくることはなく、エレナは小さな溜め息をこぼしながら足を進めようとした。
──そこへ、
「もう、お腹が空いているならそう言って欲しかったです」
「いやぁ、言おうとしたんだぞ? うん、まじで」
「こんな愛らしい乙女と買い物をしているのですよ? なのに、ぐぅぐぅぐぅぐぅ。お腹が鳴っている音のせいで、ちっとも楽しめませんでした──」
与一と、ルフィナである。
どうやら一緒に出掛けて昼食を済ませて戻ってきたところの様子。そんな、ふたりの元へとエレナは踵を返して歩いていく。
「いやぁ、悪かったって! この通り。この通りだからさ」
ぱん、と。手を合わせて頭を下げる与一。
「次、また同じことが起きましたら、昼食抜きですからね」
「ひぃい! それだけは勘弁してください、ルフィナ様ぁ」
ご機嫌斜めなルフィナに、必死に謝る与一。そんな、相も変わらず情けない姿に、エレナは溜め息をこぼした。
「あんたって、いっつもこんな感じなの?」
今にも土下座をしそうな勢いの与一に、エレナは声を掛けた。
「ん? エレナじゃないか」
「あら、エレナさんじゃないですか」
「……ふたり揃って、同じような反応するんじゃないわよ」
「ははは。って、ルフィナは顔見知りなのか?」
「えぇ、何度かお会いしたことがありますよ。この街に来た時、最初にご挨拶しに行きましたし」
ふふ、と。微笑むルフィナ。
どうやら彼女たちは知り合いのようだ。商人ギルドのマスターと冒険者ギルドのサブマスターなのだから、それなりに接点はあるのだろう。純白のワンピースを着ているルフィナと、対になるかのように黒いドレスコートを着こなすエレナ。見ていて飽きない組み合わせでもある。
「それで、俺に用事でもあったのか?」
「まぁ、そうね。そんなところよ……」
「与一様に御用でしたら、私は宿に戻ってますね」
「いや、ルフィナ。あんたにも聞きたいことがあるのよ」
与一とルフィナは互いに見合い、再度エレナへと振り返った。
「前に、港でなんかしらあったらしいのだけれど、なにか知らない?」
「い、いやぁ? 俺は、なんも知らないぞ?」
「港で、ですか? あぁ、あの夜の──むぐぅ!?」
咄嗟に、与一がルフィナの口元を手で覆う。
「あの夜? あの夜ってなによ。ちょっと詳しく聞かせなさい!」
だが、時すでに遅し。面倒事を嫌う与一だからこそ、件の話はあまり持ち出したくなかったのだ。それ故にルフィナが話そうとした瞬間に止めたのだが、エレナの耳には既に入ってしまっているのだから追求されても仕方がない状況となってしまっていた。
「……なんでもないぞ。うん」
「なんでもないようには見えないのだけれど? それに、ルフィナも関与していたってこと?」
ぶんぶん、と。疑いの目を向けられたルフィナは、首を横に振った。
「ぷはぁ。私は聞いた程度です。あ、この話は他言無用でした……」
「やっと思い出したか。この馬鹿ちん!」
「い、いたい! いたたたた。ちょ、ちょっと与一様! 頭が痛いです!」
こめかみに拳を当ててぐりぐりと回す与一。
「はぁ、あんたたちが仲が良いのはわかったから。さっきの話、詳しく聞かせてちょうだい」
「別にそれは構わないんだが……話しても大丈夫なのか?」
「い、いえ。私に聞かれてもわかりませんよ」
「……仕方がない、か。とりあえず宿に戻るぞ。話はそれからだ」
そう言い残し、与一は重い足取りで宿へと向かっていく。ふたりもそれに続き、宿を目指した。
他者に話す気はなかったのであろう。と、与一の背中を眺めながら浮かない表情を見せるエレナ。だが、思わぬところでの収穫でもあり、彼が港での一件に関与していることは理解できた。それと同時に、話すこと自体になにかしらの躊躇いがあるようにも感じ、もしかしたら、自身の知らないところでなにか大きなことが起きていたのではないのだろうか。と、不安が膨らんでいた。
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