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第6章
48話
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シチリ南部平原は元々、生い茂る森であったのだが、ヤンサの街を発展させる過程で、木材の入手や、街道の整備などの理由で開拓された土地でもある。それと同時に、付近に出没していた魔物の巣でもあった森がなくなり、冒険者への討伐依頼が減ったことはヤンサでは有名な話である。
開拓された土地とは言え、生い茂っている草花は多い。採集依頼が多い理由としては、街の薬師たちやそれらを売るために依頼してくる商人たちが主な依頼主だからだ。だが、依頼を受ける層が限られていることもあり、毎日のように残ってしまうのは仕方がないことだろう。
日が傾き始めてからしばらく経ち、辺りに少し肌寒い風が吹き抜けていく。そんな、シチリ南部平原にて。与一とセシル、アニエスの三人は黙々と草むしりをしていた。しかし、相も変わらず覚えの悪いアニエスは、ふたりから渡されるいやし草などを抱えながら、つまらなそうに頬を膨れさせている。
「なんで私が荷物持ちなのよ!」
流石に辛抱たまらん。と、ばかりに声を荒げるアニエス。だが、ふたりは『なにを言っているのだろう』と、いう目で彼女を見る。
「なんでって、あれだ。あれ」
こつこつ、と。隣にいるセシルの肩に肘を当てる与一。
「ん、使えないから」
こういう場面でのセシルは空気を読めない。それを知って彼女に振る与一も与一であり、眼前で頭を項垂れているアニエスが可哀想になってくるのだが、毎度のことのように雑草しか持ってこない彼女に与える仕事といえば、荷物持ちしかないのだから、適材適所としてはぴったりである。
「いい加減泣くわよ……」
「しょうがないだろ。何度教えても忘れるんだからさ」
呆れた与一は、お手上げだ。と、両手を上げてみせる。既に納品分は確保しているので、あとは補充分だけなのだ。が、前回と同様にアニエスの顎の下あたりにまで積み上げられた薬草たちを見て、セシルは頷くだけであった。
辺り一面の緑なのだが、その奥には開拓されずに済んだ小さな森のような場所が不自然のように佇んでいた。ふと、与一は小さな雑木林を指さしながら、鞄に薬草を押し込んでいるセシルへと問いかける。
「なぁ、セシル? 前から思ってたんだけどさ、あの小さな森みたいなのはなんだ?」
「ん、水の精霊の祠がある」
「水の精霊?」
カミーユも『風の精霊』と深く関わりがあるように、ヤンサの街自体も水精霊からなにかしらの加護を得ているのだろうか。と、与一は自分なりに考えていた。
生前、何度か本に目を通したりしていたので、精霊の類に関しては知識としてあった。だが、それらの大半は伝説の類や、言い伝え、アニメなどの空想のものとしての知識だ。それに、カミーユの場合は声が聞こえる。と、いうだけであり、精霊達を使役してなにかしらの魔法に似たものを使うわけでもない。
もしかしたら、この世界には魔法などといったものはないのだろうか。と、今になってから疑い始めた与一である。
「え、精霊についても無知なわけ?」
一本一本の薬草をセシルに渡しながら、アニエスは溜め息混じりに答えた。
「精霊ってのとは無縁だったからな。それに、魔法の類もわからない」
「ま、魔法って……エルフにしか使えないものを間近で見ていたら、頭がおかしくなるわよ?」
「エルフにしか使えない?」
「ん、魔法はエルフの特権」
「それと、恐怖の対象でもあるのよ」
両手をひらいて、当然でしょ。と、言いたげそうに顔を少ししかめるアニエス。
時折、与一がわからないことをふたりは親切に教えてくれる。セシルは知識の塊といっても過言ではない。アニエスの場合、世間一般的にそうだろう。と、呆れながらもこちらの世界での常識について話してくれる。しかし、与一の頭の中には、『カミーユがどうして魔法を使わないのか』、などといった思考が飛び交っていた。恐怖の対象であるから使えないのは理解できる。しかし、それを理由としてセシル救出の際に魔法なるものを使わなかったことに対しての疑問が湧いてくる。
「今度聞いてみるか……と、説明ありがとな。それで、水の精霊の祠がどうしてこんなところにあるんだ?」
ゆっくりと腰を下ろす与一。その正面で鞄に薬草を詰め込んでいたセシルが口を開く。
「ヤンサは水の精霊に守られてる」
「元々は祠を中心に、人々が過ごせる環境を整えようとしてたみたいよ。でも、それだと精霊の怒りを買ってしまうのではないのかって、反対意見のほうが多かったみたいで、そのままにしておこうってことであそこにあるのよ」
セシルの傍に座ったアニエスが、空を仰ぎながら、ひとつひとつ説明してくれた。
「なるほど、な。精霊と契約することとかって、できるのか?」
「ん、契約なんて聞いたことない」
「……そうか」
ゲームなどの知識だったのだが、セシルが知らないことであるのならば、精霊との契約という概念はこの世界にはないのだろう。と、与一は納得するしかなかった。
「契約、ねぇ。どうしたら、そんな考えが出てくるのかしら?」
ちらり、と。与一へと目線を向けるアニエス。
「あー、いや。知り合いに、風の精霊の声が聞こえるやつがいてだな」
「すごい人もいたものね? 精霊の声が聞こえるなんて、普通じゃ考えられないことなのよ?」
セシルとアニエスは、カミーユと何度も会ったことがあるのだが、彼女自身が何者で、何をしているのか。と、いったことに関しては知らないのだ。アルベルトの知人程度にしか思ってなく、深く関わることもなく過ごしている。
カミーユ自身が、フードで顔が見えないように隠していることも関係しているのだろう。彼女がエルフだと知られれば、なにかしらの面倒事が発生するに違いない。と、与一はこれ以上話すのは不味いと判断した。
「そ、そうなのか。にしても、水の精霊の祠? には、なにがあるんだ?」
「小さな池。そこに、水の精霊が住んでるって言われてる」
「豪華に祀られてるわけではないんだな……普通に立ち入ることは可能なのか?」
「それは可能。でも、ギルドの許可が欲しい」
「冒険者ギルドのか?」
「そうよ。許可が下りるなんて、考えられないと思うけど……」
どこか不満そうに呟くアニエス。
「もし、なにかあったら。ヤンサの街全体が敵に回るわよ?」
「うぐ……それだけは、勘弁願いたいな」
祠というだけあって、重要なものなのだろう。精霊という存在の知識があやふやな与一は、生活する場所を害してまで近づこうとは思えなかった。
「さぁ、そろそろ戻るわよ。今日は4つも依頼を受けたんだから、早めに報告しておかないとね」
嬉しそうな声音のアニエスは、立ち上がって腰を何度か叩く。
「そうだな。今日の稼ぎで、なにかしら美味いものを食いたいもんだ……」
「ん、美味しいもの」
「そうね。帰ったら、食材を買って宿に戻りましょ。叔父さんだって鬼じゃないわ。食材さえあれば調理してくれるわよ」
「はは、そいつは楽しみだな」
ぐるる、と。鳴るお腹を撫でながら、毎朝嗅いでいたスパイシーな匂いの料理をやっとの思いでありつける。と、与一は期待を胸に抱いて、ふたりと共に平原を後にするのであった。
開拓された土地とは言え、生い茂っている草花は多い。採集依頼が多い理由としては、街の薬師たちやそれらを売るために依頼してくる商人たちが主な依頼主だからだ。だが、依頼を受ける層が限られていることもあり、毎日のように残ってしまうのは仕方がないことだろう。
日が傾き始めてからしばらく経ち、辺りに少し肌寒い風が吹き抜けていく。そんな、シチリ南部平原にて。与一とセシル、アニエスの三人は黙々と草むしりをしていた。しかし、相も変わらず覚えの悪いアニエスは、ふたりから渡されるいやし草などを抱えながら、つまらなそうに頬を膨れさせている。
「なんで私が荷物持ちなのよ!」
流石に辛抱たまらん。と、ばかりに声を荒げるアニエス。だが、ふたりは『なにを言っているのだろう』と、いう目で彼女を見る。
「なんでって、あれだ。あれ」
こつこつ、と。隣にいるセシルの肩に肘を当てる与一。
「ん、使えないから」
こういう場面でのセシルは空気を読めない。それを知って彼女に振る与一も与一であり、眼前で頭を項垂れているアニエスが可哀想になってくるのだが、毎度のことのように雑草しか持ってこない彼女に与える仕事といえば、荷物持ちしかないのだから、適材適所としてはぴったりである。
「いい加減泣くわよ……」
「しょうがないだろ。何度教えても忘れるんだからさ」
呆れた与一は、お手上げだ。と、両手を上げてみせる。既に納品分は確保しているので、あとは補充分だけなのだ。が、前回と同様にアニエスの顎の下あたりにまで積み上げられた薬草たちを見て、セシルは頷くだけであった。
辺り一面の緑なのだが、その奥には開拓されずに済んだ小さな森のような場所が不自然のように佇んでいた。ふと、与一は小さな雑木林を指さしながら、鞄に薬草を押し込んでいるセシルへと問いかける。
「なぁ、セシル? 前から思ってたんだけどさ、あの小さな森みたいなのはなんだ?」
「ん、水の精霊の祠がある」
「水の精霊?」
カミーユも『風の精霊』と深く関わりがあるように、ヤンサの街自体も水精霊からなにかしらの加護を得ているのだろうか。と、与一は自分なりに考えていた。
生前、何度か本に目を通したりしていたので、精霊の類に関しては知識としてあった。だが、それらの大半は伝説の類や、言い伝え、アニメなどの空想のものとしての知識だ。それに、カミーユの場合は声が聞こえる。と、いうだけであり、精霊達を使役してなにかしらの魔法に似たものを使うわけでもない。
もしかしたら、この世界には魔法などといったものはないのだろうか。と、今になってから疑い始めた与一である。
「え、精霊についても無知なわけ?」
一本一本の薬草をセシルに渡しながら、アニエスは溜め息混じりに答えた。
「精霊ってのとは無縁だったからな。それに、魔法の類もわからない」
「ま、魔法って……エルフにしか使えないものを間近で見ていたら、頭がおかしくなるわよ?」
「エルフにしか使えない?」
「ん、魔法はエルフの特権」
「それと、恐怖の対象でもあるのよ」
両手をひらいて、当然でしょ。と、言いたげそうに顔を少ししかめるアニエス。
時折、与一がわからないことをふたりは親切に教えてくれる。セシルは知識の塊といっても過言ではない。アニエスの場合、世間一般的にそうだろう。と、呆れながらもこちらの世界での常識について話してくれる。しかし、与一の頭の中には、『カミーユがどうして魔法を使わないのか』、などといった思考が飛び交っていた。恐怖の対象であるから使えないのは理解できる。しかし、それを理由としてセシル救出の際に魔法なるものを使わなかったことに対しての疑問が湧いてくる。
「今度聞いてみるか……と、説明ありがとな。それで、水の精霊の祠がどうしてこんなところにあるんだ?」
ゆっくりと腰を下ろす与一。その正面で鞄に薬草を詰め込んでいたセシルが口を開く。
「ヤンサは水の精霊に守られてる」
「元々は祠を中心に、人々が過ごせる環境を整えようとしてたみたいよ。でも、それだと精霊の怒りを買ってしまうのではないのかって、反対意見のほうが多かったみたいで、そのままにしておこうってことであそこにあるのよ」
セシルの傍に座ったアニエスが、空を仰ぎながら、ひとつひとつ説明してくれた。
「なるほど、な。精霊と契約することとかって、できるのか?」
「ん、契約なんて聞いたことない」
「……そうか」
ゲームなどの知識だったのだが、セシルが知らないことであるのならば、精霊との契約という概念はこの世界にはないのだろう。と、与一は納得するしかなかった。
「契約、ねぇ。どうしたら、そんな考えが出てくるのかしら?」
ちらり、と。与一へと目線を向けるアニエス。
「あー、いや。知り合いに、風の精霊の声が聞こえるやつがいてだな」
「すごい人もいたものね? 精霊の声が聞こえるなんて、普通じゃ考えられないことなのよ?」
セシルとアニエスは、カミーユと何度も会ったことがあるのだが、彼女自身が何者で、何をしているのか。と、いったことに関しては知らないのだ。アルベルトの知人程度にしか思ってなく、深く関わることもなく過ごしている。
カミーユ自身が、フードで顔が見えないように隠していることも関係しているのだろう。彼女がエルフだと知られれば、なにかしらの面倒事が発生するに違いない。と、与一はこれ以上話すのは不味いと判断した。
「そ、そうなのか。にしても、水の精霊の祠? には、なにがあるんだ?」
「小さな池。そこに、水の精霊が住んでるって言われてる」
「豪華に祀られてるわけではないんだな……普通に立ち入ることは可能なのか?」
「それは可能。でも、ギルドの許可が欲しい」
「冒険者ギルドのか?」
「そうよ。許可が下りるなんて、考えられないと思うけど……」
どこか不満そうに呟くアニエス。
「もし、なにかあったら。ヤンサの街全体が敵に回るわよ?」
「うぐ……それだけは、勘弁願いたいな」
祠というだけあって、重要なものなのだろう。精霊という存在の知識があやふやな与一は、生活する場所を害してまで近づこうとは思えなかった。
「さぁ、そろそろ戻るわよ。今日は4つも依頼を受けたんだから、早めに報告しておかないとね」
嬉しそうな声音のアニエスは、立ち上がって腰を何度か叩く。
「そうだな。今日の稼ぎで、なにかしら美味いものを食いたいもんだ……」
「ん、美味しいもの」
「そうね。帰ったら、食材を買って宿に戻りましょ。叔父さんだって鬼じゃないわ。食材さえあれば調理してくれるわよ」
「はは、そいつは楽しみだな」
ぐるる、と。鳴るお腹を撫でながら、毎朝嗅いでいたスパイシーな匂いの料理をやっとの思いでありつける。と、与一は期待を胸に抱いて、ふたりと共に平原を後にするのであった。
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