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第6章
47話
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アニエスに依頼を見繕ってもらっている間、タバコを吹かしながらギルドの入口の傍で背を預けている与一と、彼の隣で本を読みながら座っているセシル。しかし、なぜギルドの中まで一緒にいかなかったのだろうか。心なしか、与一はギルドに入ることを嫌がっているようにも見えた。
「ん、アニエスなら大丈夫」
ちらり、と。与一を窺ったセシルが、親指を立てた。
別に心配をしているわけではない。が、先ほどからそわそわと落ち着きのない与一を見て、セシルはアニエスのことを心配していると勘違いしたのだろう。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
与一は、ギルドに顔を出す度に受付嬢からの期待に満ちた目で見られるのが嫌なのだ。それも、毎度のように『納品ですか?』の一言から始まるのだから、仕方がないと言えばそうなのだが。実際、与一自身はルフィナに言ったように、治癒の丸薬に類するものは他者への譲渡、売却はしないつもりだ。それは、自分にしか作れないことと深く関係していることであり、再度購入がしたい。と、何度も押しかけられる未来が見えているからでもあった。
本を閉じたセシルは、身体を起こし、ひょっこり、と。窓から中を覗き込んだ。
「今日はカルミアの日」
視線の先、見慣れた黒みを帯びた紅色のポニーテールの女性が、カウンターにて営業スマイルを振りまいていた。あの夜の一件の後、アニエスとセシルにカルミアがなぜ宿にいるのかの説明をし、彼女が宿の一室を借りていることもあって、ふたりとは既に知り合い程度の間柄になっていたようだ。すると、それを聞いた与一はむくりと起き上がり、中へと足を向けた。セシルは、くすり、と。笑みをこぼすして彼に続く。
ギルドの中は、昼間ということもあって人が少ない。ただ、以前にもいた駆け出しであろう冒険者たちが、楽しそうに話をしながら食事をしており、掲示板に張り紙を貼る者や、カウンターの傍で羽根ペンを走らせる商人のような少々太り気味の男性がいるくらいであった。
「はい、大丈夫です。またのご利用お待ちしております」
男から羊皮紙を受け取り、接客モードのカルミアは笑顔を振りまく。それを見た与一が、不覚にもツボにかすったらしく、セシルの横で身体を何度も震えさせていた。カルミアがこちらに気が付いたらしく、目を丸くしてきょとんとしていた。
「あら、珍しいですね。与一さん」
にっこり、と。宿にいるときとは別人の顔をするカルミア。
「っぷ、あはは! やっぱ、カルミアはそっちのほうが似合うと思うぞ?」
「……い、いきなりそのようなことを言われましても」
「先生、笑いすぎ……」
傍に控えていたセシルが、袖を引っ張りながら注意してきた。
「ごめんごめん。ちょっと、宿で見ていたのほほんとしたカルミアの印象が強すぎてだな」
「流石に仕事中だもの……それより、今日は何が御用でしょうか? 与一さんがギルドに顔を出すなんて珍しいこともあるのですね。働かなくても、生きていけるのではないのですか?」
満面な笑みからの皮肉を垂れる彼女。彼女の言葉に対して、聞こえないふりをする与一。流石に、人の仕事を邪魔するのは常識がないことだとわかっているのか、すぐに姿勢を正してカウンターに手を置いた。
「……状況の報告を頼む」
「そうですね。特に異常は見られておりません。が、ここ数日の間でわかったことがひとつございます」
「そうか……セシル、アニエスを見てきてくれないか?」
「ん、わかった」
先ほどから、掲示板の前で眉を寄せているアニエスの元へとセシルを向かわせる。カミーユも言っていたように、これ以上彼女たちに心配を掛けさせたり、巻き込まれる可能性が万が一にもあるかもしれない。なので、セシルには申し訳ないのだが、席を外してもらう必要があった。
「……前に、ギルドマスターが失踪したのを話したわねぇ?」
カウンターに、身を寄せながら小声で話始めるカルミア。
「あぁ。あの黒ずくめの男がそうなんじゃないかって、話だったよな」
「ちゃんと覚えてたみたいねぇ。ギルドのほうで捜索依頼がでていたらしいのよ。それも、冒険者に依頼したのではなくて、騎士団にしたみたいなのよぉ……」
「騎士団? 自警団みたいなものなのか?」
初めて聞く単語に、与一は眉を寄せた。騎士団と言えば、騎士がいっぱいいてなにかしらしている程度にしか認知していない。しかし、冒険者ギルドが自分たちのマスターを探すために冒険者に依頼するのなら。筋が通っているので納得がいくのだが、それを別の組織団体に依頼するとなると、なにかしらの理由があったはずだ。
「彼らに自警団なんて言ったら首を斬られるわよぉ? 騎士団は、街の治安維持や事件の際に動く組織よ」
「……つまり、事件として取り上げられたってことか」
「そうよ。でも、手掛かりどころかなにもわかってないみたいなのよぉ」
「はぁ、了解だ。なにかわかったら教えてくれ」
「わかってるわぁ。そんなことより、どうしちゃったのぉ? ギルドに顔出すなんて珍しいわよねぇ。アルベルトになにか言われたのかしらぁ」
痛い所を突かれた。まるで、与一が働かずに一日中暇をしている。と、いう印象を持たれているのは言うまでもないのだが。どうして自身が出かけたり、ギルドに顔を出すだけでここまで言われるのだろう。と、正直納得がいかない与一である。
「気まぐれ……では、ないな。調合の材料が切れそうだったからな、それの補充もかねて、だ。あ、そういえばカルミア。ギルドって治癒のポーション以外の納品ってできるのか?」
「要するに今日一日だけ働くってことね……そうねぇ。まず、ポーションって治癒のもの以外にもあるのぉ?」
与一の頭の中には、治癒のポーション以外であれば納品しても問題ないだろう。と、いう考えがあった。それは、解毒の丸薬から、気付けの丸薬などの、異常状態を回復させるためのものだ。暇すぎて、夜な夜なレシピを考えてしていた与一は、治癒の丸薬以外のものであれば、納品しても後々面倒事にはならないだろうと判断したのだ。
「それは、需要があるものなのぉ?」
「さぁ、な。だけど、薬草を持ち歩くよりは嵩張ることもないし、腐ることもないからな」
「ふぅん? それなら、今度持ってくるといいわぁ。調合師ってだけで、買い取られるかもしれないけど……それなりに価値があるものなら、ギルド経由で販売されると思うわよぉ」
あれやこれや、と。いつもと違って、助言をしてくれる彼女に頭が上がらなかった与一は、頬を掻き、小さく『ありがとう』とだけ呟いた。そこへ、依頼書を何枚か手に取ったアニエスと、眠そうに目を擦るセシルが合流した。
「この4枚を受けさせてもらうわ。って、カルミアさんじゃない」
「ふふ、いつもご苦労様。どっかの誰かさんとは大違いねぇ」
ちら、と。与一を窺いながら喋っていたカルミアは、羽根ペンを走らせ、羊皮紙を再度アニエスに返す。
そんな彼女の態度が気に障ったのか。与一は、ポケットに手を突っ込みながら、不貞腐れたような表情を浮かべて、ギルドを後にした。
「そんなにからかったら、可哀想だと思うわ……折角仕事しようと外出してるのに」
「わかってるわよぉ。ほら、早く行ってあげないと帰っちゃうかもしれないわよぉ?」
「まぁ、今まで働かなかった与一も悪いものね。セシル、行くわよ」
「ん、ばいばい」
羊皮紙を受け取ったアニエスは受付を後にする。彼女を追いかける途中、振り返ったセシルがカルミアに小さく手を振った。
「……今の生活も、悪くないかもねぇ」
手を振り返しているカルミアは、今の環境に対して満足そうな笑みを浮かべて呟いた。
「ん、アニエスなら大丈夫」
ちらり、と。与一を窺ったセシルが、親指を立てた。
別に心配をしているわけではない。が、先ほどからそわそわと落ち着きのない与一を見て、セシルはアニエスのことを心配していると勘違いしたのだろう。
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
与一は、ギルドに顔を出す度に受付嬢からの期待に満ちた目で見られるのが嫌なのだ。それも、毎度のように『納品ですか?』の一言から始まるのだから、仕方がないと言えばそうなのだが。実際、与一自身はルフィナに言ったように、治癒の丸薬に類するものは他者への譲渡、売却はしないつもりだ。それは、自分にしか作れないことと深く関係していることであり、再度購入がしたい。と、何度も押しかけられる未来が見えているからでもあった。
本を閉じたセシルは、身体を起こし、ひょっこり、と。窓から中を覗き込んだ。
「今日はカルミアの日」
視線の先、見慣れた黒みを帯びた紅色のポニーテールの女性が、カウンターにて営業スマイルを振りまいていた。あの夜の一件の後、アニエスとセシルにカルミアがなぜ宿にいるのかの説明をし、彼女が宿の一室を借りていることもあって、ふたりとは既に知り合い程度の間柄になっていたようだ。すると、それを聞いた与一はむくりと起き上がり、中へと足を向けた。セシルは、くすり、と。笑みをこぼすして彼に続く。
ギルドの中は、昼間ということもあって人が少ない。ただ、以前にもいた駆け出しであろう冒険者たちが、楽しそうに話をしながら食事をしており、掲示板に張り紙を貼る者や、カウンターの傍で羽根ペンを走らせる商人のような少々太り気味の男性がいるくらいであった。
「はい、大丈夫です。またのご利用お待ちしております」
男から羊皮紙を受け取り、接客モードのカルミアは笑顔を振りまく。それを見た与一が、不覚にもツボにかすったらしく、セシルの横で身体を何度も震えさせていた。カルミアがこちらに気が付いたらしく、目を丸くしてきょとんとしていた。
「あら、珍しいですね。与一さん」
にっこり、と。宿にいるときとは別人の顔をするカルミア。
「っぷ、あはは! やっぱ、カルミアはそっちのほうが似合うと思うぞ?」
「……い、いきなりそのようなことを言われましても」
「先生、笑いすぎ……」
傍に控えていたセシルが、袖を引っ張りながら注意してきた。
「ごめんごめん。ちょっと、宿で見ていたのほほんとしたカルミアの印象が強すぎてだな」
「流石に仕事中だもの……それより、今日は何が御用でしょうか? 与一さんがギルドに顔を出すなんて珍しいこともあるのですね。働かなくても、生きていけるのではないのですか?」
満面な笑みからの皮肉を垂れる彼女。彼女の言葉に対して、聞こえないふりをする与一。流石に、人の仕事を邪魔するのは常識がないことだとわかっているのか、すぐに姿勢を正してカウンターに手を置いた。
「……状況の報告を頼む」
「そうですね。特に異常は見られておりません。が、ここ数日の間でわかったことがひとつございます」
「そうか……セシル、アニエスを見てきてくれないか?」
「ん、わかった」
先ほどから、掲示板の前で眉を寄せているアニエスの元へとセシルを向かわせる。カミーユも言っていたように、これ以上彼女たちに心配を掛けさせたり、巻き込まれる可能性が万が一にもあるかもしれない。なので、セシルには申し訳ないのだが、席を外してもらう必要があった。
「……前に、ギルドマスターが失踪したのを話したわねぇ?」
カウンターに、身を寄せながら小声で話始めるカルミア。
「あぁ。あの黒ずくめの男がそうなんじゃないかって、話だったよな」
「ちゃんと覚えてたみたいねぇ。ギルドのほうで捜索依頼がでていたらしいのよ。それも、冒険者に依頼したのではなくて、騎士団にしたみたいなのよぉ……」
「騎士団? 自警団みたいなものなのか?」
初めて聞く単語に、与一は眉を寄せた。騎士団と言えば、騎士がいっぱいいてなにかしらしている程度にしか認知していない。しかし、冒険者ギルドが自分たちのマスターを探すために冒険者に依頼するのなら。筋が通っているので納得がいくのだが、それを別の組織団体に依頼するとなると、なにかしらの理由があったはずだ。
「彼らに自警団なんて言ったら首を斬られるわよぉ? 騎士団は、街の治安維持や事件の際に動く組織よ」
「……つまり、事件として取り上げられたってことか」
「そうよ。でも、手掛かりどころかなにもわかってないみたいなのよぉ」
「はぁ、了解だ。なにかわかったら教えてくれ」
「わかってるわぁ。そんなことより、どうしちゃったのぉ? ギルドに顔出すなんて珍しいわよねぇ。アルベルトになにか言われたのかしらぁ」
痛い所を突かれた。まるで、与一が働かずに一日中暇をしている。と、いう印象を持たれているのは言うまでもないのだが。どうして自身が出かけたり、ギルドに顔を出すだけでここまで言われるのだろう。と、正直納得がいかない与一である。
「気まぐれ……では、ないな。調合の材料が切れそうだったからな、それの補充もかねて、だ。あ、そういえばカルミア。ギルドって治癒のポーション以外の納品ってできるのか?」
「要するに今日一日だけ働くってことね……そうねぇ。まず、ポーションって治癒のもの以外にもあるのぉ?」
与一の頭の中には、治癒のポーション以外であれば納品しても問題ないだろう。と、いう考えがあった。それは、解毒の丸薬から、気付けの丸薬などの、異常状態を回復させるためのものだ。暇すぎて、夜な夜なレシピを考えてしていた与一は、治癒の丸薬以外のものであれば、納品しても後々面倒事にはならないだろうと判断したのだ。
「それは、需要があるものなのぉ?」
「さぁ、な。だけど、薬草を持ち歩くよりは嵩張ることもないし、腐ることもないからな」
「ふぅん? それなら、今度持ってくるといいわぁ。調合師ってだけで、買い取られるかもしれないけど……それなりに価値があるものなら、ギルド経由で販売されると思うわよぉ」
あれやこれや、と。いつもと違って、助言をしてくれる彼女に頭が上がらなかった与一は、頬を掻き、小さく『ありがとう』とだけ呟いた。そこへ、依頼書を何枚か手に取ったアニエスと、眠そうに目を擦るセシルが合流した。
「この4枚を受けさせてもらうわ。って、カルミアさんじゃない」
「ふふ、いつもご苦労様。どっかの誰かさんとは大違いねぇ」
ちら、と。与一を窺いながら喋っていたカルミアは、羽根ペンを走らせ、羊皮紙を再度アニエスに返す。
そんな彼女の態度が気に障ったのか。与一は、ポケットに手を突っ込みながら、不貞腐れたような表情を浮かべて、ギルドを後にした。
「そんなにからかったら、可哀想だと思うわ……折角仕事しようと外出してるのに」
「わかってるわよぉ。ほら、早く行ってあげないと帰っちゃうかもしれないわよぉ?」
「まぁ、今まで働かなかった与一も悪いものね。セシル、行くわよ」
「ん、ばいばい」
羊皮紙を受け取ったアニエスは受付を後にする。彼女を追いかける途中、振り返ったセシルがカルミアに小さく手を振った。
「……今の生活も、悪くないかもねぇ」
手を振り返しているカルミアは、今の環境に対して満足そうな笑みを浮かべて呟いた。
応援ありがとうございます!
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