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第5章

40話

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 怒り狂ったアルベルトから救われた与一。しかし、先ほどまで揺さぶられていたこともあって吐き気を我慢するのに精一杯の状態であった。傍で心配してくれているルフィナと、それに続くように顔を覗き込んでくるカミーユ。
 
「またなにかやらかしたのかい? 与一君」
「いや、身に覚えが……」
「私たちがこちらに戻った直後に、アルベルト様がいきなり襲い掛かってきたのです」
「それは……まぁ、災難だったね」

 鼻をぽりぽりと掻きながら、目線を逸らすカミーユ。彼女自身も、何度かアルベルトにいろいろとやらされたり、任されたりとしているようなので、それなりに鬱憤うっぷんというものは溜まっていたのだろう。それを、今日の一件である程度晴らせたからか、どことなくすっきりした表情を浮かべていた。

「それで、こちらのお嬢様は?」
「申し遅れました。私、ルフィナと申します」

 ぺこり、と。お辞儀するルフィナ。

「私はカミーユだ。その、よろしくお願いするよ」

 丁寧にあいさつをされて、歯切れの悪い返事をするカミーユ。すると、アルベルトを眺めていたカルミアが、ほどけた髪を再度結いながらこちらへと歩いてきた。いつの間に仲良くなったのか、カミーユとカルミアはここ数日の間に仲が良くなっていた。朝から晩までふたりで出かけるほどだ。

「あぁ、やっと落ち着てきた……。すまんな、カミーユ。それとカルミアも」
「『も』って、相変わらず扱いが雑ねぇ。お姉さん、泣くわよぉ?」
「はは、そんな軟じゃないだろ。あ、ルフィナ。彼女これはカルミアだ」

 与一がカルミアの紹介をするも、なにかしら気に食わないことでもあったのだろうか。カルミアは怒りを押し殺している様子で、すごご、と。迫力のある笑みを浮かべている。

「ふふ、皆さん仲が良いのですね」
 
 口元に手を当て、上品に笑って見せるルフィナ。

「あ、もしかして……アルベルトが言っていた今日来るお客さんって──」
「私の事だと思いますよ? でも、入れ違いになってしまったみたいで……時間がありましたから、与一様と大通りへとお買い物に」
「ふぅん? それで、こんな洒落た帽子を買ってもらったってわけねぇ?」

 座り込んでいる与一の帽子を、カルミアが人差し指で何度か突く。

「いや、べつにいいだろ」

 無表情を貫きながら、されるがままの与一。

「似合ってるんじゃないかな?」
「そうかしらぁ? 私には、背伸びしてる感じしかしないのだけれどぉ?」
「あはは。ほんっと、カルミアは与一君に対してトゲトゲしてるね」
「なにかしら言ってくるもんな」
「否定はできないわねぇ。だって、なんか生意気なんだものぉ」

 ぷい、と。カルミアは首を横に向けた。 

「戻ってきたはいいけど、やることないんだよなぁ」
「居候の癖に、なにもやらないものねぇ。もう怠け者よ、な ま け も の」
「っく、ぐぅの音もでない!」
「私はもう働いてるから。無一文ではないわぁ」
「なん……だと……」

 後ろで結ったポニーテールを、ワザとっぽく手で払って見せるカルミア。そんな、気取った感じの振る舞いを見せる彼女を前に、与一は頭を項垂れて溜め息をこぼすことしかできなかった。
 実のところ、カルミアはカミーユと一緒に仕事しているのだ。どうやら与一と一緒の居候、無一文のレッテルを貼られるのが嫌だったらしく、カミーユからのお誘いを受けたようだ。出かけていると言っても、大半は仕事として街中を二手に別れての情報収集や、情報の売買等──日替わりでギルドの受付嬢、夜は情報屋、そのふたつの仕事をしていた。
 そんな3人のやりとりを見ていたルフィナが、与一の元へと歩み寄る。

「よ、与一様……お金に困ってたのですか?」

 同情しているような、可哀想なもの見るような、含みのある目で与一を見た。

「や、やめろ。そんな目で、そんな目で俺を見ないでくれぇええええええ────ッ!!!」

 居候よいちの切ない叫び声が木霊した。



 無様な姿を晒しているアルベルトを放置して、与一、カミーユ、カルミア、ルフィナの計4名は、2階の客室──与一の部屋に集まっていた。女子会のようにわいわいしている雰囲気などなく、少々切り詰めた感じの空気が漂っていた。

「あの、私が同席してもよかったのですか?」

 ベッドに腰かけているルフィナが挙手をしながら問いかける。

「この宿に泊まるのなら、知っておいたほうがいいかもしれない。もしなにかあった場合、対処できるように、ね」

 部屋の中央、絨毯の上で腕を組んでいるカミーユはそう答えた。相も変わらずフードを被っている彼女の表情を窺おうと、少し前屈みになるルフィナ。だが、エルフであることを隠したがっているのか、それとも顔を見られることが嫌なのか。カミーユは彼女の動きを察すると同時に、背を向けた。

「んで、なにかあったのか? ルフィナは前回の一件には無関係なはずだ。それを、知っておいたほうがいいってことは、またなにかしら起きてるのか?」

 カミーユの隣であぐらをかいている与一が声を上げる。

「それがねぇ。どうやら、まだ終わってないみたいなのよぉ」

 扉の傍で、壁に背を預けているカルミアが答えた。真剣そうな眼差しで、部屋の奥をずっと見ていてこちらに目を合わせようとしない彼女に何かしらを察したのか、与一は息を飲んだ。

「前回の一件? なにかあったのですか?」
「まぁ、ちょっとした悪ふざけが過ぎた連中がいたのさ」
「そうそう。私もその連中に半ば強制的に働かされてて、ここの宿主──アルベルトに返り討ちにあって、いろいろとめんどくさくなって裏切ったのよぉ」

 ふふん、と。何を誇っているのかわからないが、鼻を鳴らすカルミア。

「裏切ったこと自体は別に今関係ないだろ」
「……私にとっては、生死を分ける選択肢だったのよ。そういう、小さなこと言ってるとモテないわよぉ?」
「それはそれ、これはこれだろ?」

 ふたりの視線がぶつかり合う。にたぁ、と。深い笑みを浮かべる与一を睨みつけるカルミア。どうしても馬が合わないふたりをなだめながら、カミーユは事の発端から、セシルが攫われて救出しにに行ったことなどの一連の説明をした。

「つまり、与一様は……調合師様、で。居候で、お金に困っているということで大丈夫ですか?」
「まてまてまてまて。俺が調合師であることはまだいいとして、教える必要性あったか? それ」
「いや……まぁ、変な勘違いをされるよりはいいかと思ってね」

 がくり、と。項垂れる与一を横目に、カミーユは苦笑いを浮かべた。

「それで、なにが終わってないんだ?」
「あの夜の次の日。私たちが起きるよりも前に、何者かによって私が縛り上げた連中は解放され、黒ずくめの男の死体は影も形もなくなっていたんだ」
「……どういうことだ?」

 普通なら、翌朝に死体が見つかって大騒ぎになっていたはずだ。だが、与一はここ数日の間は引きこもってなにかするわけでもなく、毎日を過ごしていたのだから違和感を感じなくても仕方がない。だが、カミーユは違う。情報の売買を生業としている彼女だからこそ、街の中で夜の一件が騒ぎとなっていないことに違和感を感じたのだろう。いや、もしかしたら関係者全員が感じていたのかもしれない。

「不自然なことに、ね。街の誰一人としてその話題に触れるどころか、噂のひとつも立ってないんだ」
「それと、不可解なことにねぇ。冒険者ギルドのマスターが行方不明になってるのよぉ」
「お、おい。それって──」

 目を大きく見開き、与一はふたりの顔を順に見る。


 そして、彼女らはそれに答えるかのように無言で頷いた。

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