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第4章

27話

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 アルベルトとカミーユは沈黙してしまった。それは、相手の戦力が規格外だったからか、もしくは相性が悪いとわかっているからかはわからない。ただ、彼と彼女の表情は暗く、与一はどう声を掛ければいいのか悩んでいた。
 至近距離や近距離戦に特化しているアルベルトは、遠距離からの攻撃が弱点とみて間違いないだろう。一方、カミーユの場合は風精霊が教えてくれる等で情報を得るものだ。正直、このふたりがいればある程度の距離からの不意打ちなら対処できただろう。しかし、相手はカミーユの察知できる範囲よりも遠いらしい。となると、こちらが一方的に狙撃された場合──打つ手はないだろう。

「なぁ、気になったんだけどさ。なんでカルミアは逃げようとしないんだ? 捕まってるんだぞ?」

 ふたりが黙っているなら、自分が知りたいことを先に聞いておこう。与一はそう考え、考察するなかで引っかかていたことをいた。ここまでの情報を話すという事は、なにかしら理由があるはずだ。

「ふふ、あなたは怖じ気づかないのねぇ。今の話を聞いたら普通は、怖がるものよぉ?」
「俺は遠見のなんちゃらってジジィの事はわからないんでね。まぁ、かなりやばいってのは理解した」
「そう。案外心は強いのねぇ、調合師だからかしらぁ?」

 ちらりとふたりを見た彼女は、一度目を瞑ってからどこか浮かない表情を見せた。

「私の命はね……あと、1、2日なのよ。だから、逃げても死が待っているだけ……」

 ぽつりぽつり、と。窓の外を眺めながら、彼女は溜め息混じりに話始めた。
 ゆっくりと、わざとらしく伸ばしていた語尾もない。彼女が何を思って、なぜここまで情報を提供してくれていたのか。それは、自身の寿命が延びる可能性があると考えているからなのだろうか。

「ここにいれば、もしかしたら。って、考えてたのよ。ひとりでつっぱしておいて返り討ちにあって、『これは死んだ』って最初は思ったわ。でも、起きてすぐわかったわ……生かされたんだって」

 『生かされた』と言う言葉に、与一はカミーユをちらりと見る。すると、彼女は分が悪そうにそっぽを向いた。
 床をぶち抜く程の腕力で叩きつけられたのだ。外傷は浅くとも、内側になにかしらの傷害や後遺症が残ってもおかしくはない。それを一晩で、それも短時間で治すことができるものを、与一はここにいる誰よりも知っている。

 ──まさか、最初に使ったのがよりによってカルミアとは……。

 複雑な心境だ。敵対していた相手に自分の『治癒の丸薬』を使われたとなると、正直、虫の居所が悪い。しかし、そのおかげで情報を得る事ができたと考えれば、結果的にいい方向に向いているかもしれないので怒る気にはなれなかった。

「それにしてもすごいものねぇ」

 腹部の当たりを撫でながら、カルミアは感嘆をこぼした。

「なにがだ?」
「え? 私を治したのってあなたじゃないのぉ?」

 生憎と自分ではないと、与一はカミーユの方へと目を向けた。釣られるようにカルミアも彼女へと目線を送る。
 そこでこっちに振るのか。と、アイコンタクトで少し睨んでくるカミーユを無視して、与一はもう一度カルミアを見る。

「そう。あなたじゃなかったのねぇ?」
「俺が作ったものだが、残念ながらカルミアに使ったのはカミーユだ」
「でもぉ、間接的にあなたの仕業って事よねぇ?」

 くすりと笑うカルミア。だが、彼女を救うために作ったわけはない与一は、後頭部をぼりぼりと掻き、苦笑いを浮かべるほかなかった。

「あのまま見捨ててくれた方が良かったんじゃないのぉ?」
「現状、君には利用価値があるからね。このまま殺すのも勿体ないだろう? それに、君の『暗殺者』としての能力は評価してるんだ。正直なところ、一緒に仕事をできるのならどれほど心強いことか」

 申し訳なさそうに眉を寄せながら話すカミーユ。
 余計なお節介。と、いうよりも彼女にはまだ利用価値──聞き出しておいて損のない情報を持っているという事を踏まえて、治癒の丸薬を使ったのだろう。現にこうして様々な相手側の情報を取得することができている。しかし、カルミア自身も今のこの状態のままいることに満更でもない様子だ。

「考えておくわぁ。まぁ、私は帰る気もないし、今の仕事を続けたいとも思ってないけど」
「そいつはぁ、どういうことだ?」

 ふと、アルベルトが疑問を投げかける。

「さっきも言ったじゃない。今戻っても私の命は残り短いわぁ。だから、ここでお世話になろうかと思って」

 にこっと笑顔を作って見せるカルミア。

「……つまり、同族いそうろうが増える」

 深刻そうな顔をして与一は状況を整理する。
 彼女の言う通り、このまま1、2日ここにいれば死ぬことはまずない。しかし、そうなってくると彼女の居場所が相手側に気づかれた場合、口封じのために乗り込んでくる可能性と連れ戻しにくる可能性がある。

「あ、頭が蒸発しちまいそうだ。頭を使う話は俺には合わねぇ」

 そう言うと、アルベルトは頭を押さえて部屋を出ていく。

 ──逃げたな。
 
 その時、与一とカミーユの思考は一致した。



 深刻な顔をしてぶつくさと呟きながら、アルベルトはそそくさと階段を下りていく。

「こ、これ以上人を養う余裕なんてないぞ……どうすりゃぁいいんだ……」

 階段を下り、扉を開ける。そこで、宿の入口で立ち止まっている姪の姿を見つけた。だが、少し様子がおかしい。いつもなら、元気そうに『叔父さん』と呼んでくる彼女が、どこか思い詰めた表情で俯いているのだ。
 流石に元気がないだけでは済まなさそうなその表情に、アルベルトはどうすればいいのかわからず、戸惑ってしまった。

「……ねぇ、セシル……来てないかしら」

 凄く低いトーンだ。それに、所々声が震えている。只事ただごとではないと察したアルベルトは、彼女が手に持つ大きな鞄を見た。

「いや、今日はまだ来てないぞ? それより、その鞄……セシルちゃんのか?」
「宿の前に落ちてたのよ。セシルがいつも肌身離さず持ってるこの鞄が……」

 セシルがいつも持っている肩掛けの鞄。それは、いつも隣にいたアニエスだからこそわかる事、どれほど大事にしてるか、どれだけその鞄が彼女にとって大切なものなのか。知っているが故に、彼女の身に何かあったと不安に駆られそうになっていた。

「与一は、与一はいるの? 叔父さん……」
「お、おおう。ちょっと待ってろ」

 姪がこんな表情を見せるなんて想像もしたことなかった。まさか。と、ひとつの可能性が脳裏をよぎったが、そんなこと今は考える時ではない、一刻も早く与一を呼びに行かねばと、足を急がせる。
 再び扉を開き、階段を見上げて声を上げる。

「おい、与一! 与一ぃいいいい──ッ!!!」
『そんな大声出さなくても聞こえてるぞ──! なにかあったのか──?』
「アニエスが呼んでるんだ! 早く来てくれ!」

 返事はなく、足音だけが近づいてくる。そして、階段をゆっくりと下りてくる与一を引っ張り、アニエスの前へと誘導する。途中、嫌そうな顔をされたがそんなこと気にしている余裕など彼にはなかった。

「どうかしたのか? って、その鞄」
「セシルのよ……なにか知らないかしら」
「……いや、なにかあったのか?」
 
 与一が首を傾げると、アニエスは俯いたまま何も答えなかった。だが、彼女の頬から小さな雫がひとつ、ふたつと落ちていくのを見て、彼は目を大きく見開いた。

「お、おい……まさか、セシルが……」
「家にも……家にも行ったわっ。でも、でも……昨晩から、帰ってきてない……って! 私、てっきり、与一の、あなたのところで……また手伝ってると思って……そしたら、宿の前に……鞄が……」
「────ッ!?」

 必死に声を絞りだし、膝から崩れた彼女は両手で顔を覆った。その姿を見た与一の髪が、一瞬だけであったが逆立つ。そして、

「カルミアぁああああああああああああああ────ッ!!!」

 アルベルトの声よりも大きく、耳をもつんざく程の怒声が響き渡った。

  
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