異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮

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第3章

25話

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 日が沈み、辺りに静けさが広がっていく頃合いになり、街中に小さな明かりがぽつぽつと灯り始めた。
 掃除を終えたアルベルトが額の汗を拭いながら、長机に突っ伏して寝ている与一を見て小さく微笑んだ。そのまま、床を直すべく物置部屋へと足を向ける。部屋の中には無数の瓶が転がっており、足元に注意しながらもいくつかの木箱を漁っていく。

「っと、こいつでいっか」
 
 長めの木板を手に、物置部屋を出ていこうとし、ふと振り返る。
 今までただの倉庫代わりとしていた使っていた部屋が、今では若干の生活感あふれる場所へと変わってきている。適当に敷かれた毛布や、様々な粉塵の詰まった大小様々な瓶の数々。
 たった数日だ。その間でいろんなものを作り出し、快適に過ごそうとあれやこれやと木箱を漁っている与一の姿が一瞬目に浮かんだ。

「今度、ベッドくらい買ってやるか……ったく、なんでここまであいつに甘いんだか」

 ぼりぼりと頭を掻き、扉を閉める。
 すぐ近くで小さな吐息を立てながら寝ている居候の顔を窺うと、アルベルトは床を修復すべく道具を取りにカウンターへと足を進める。カウンターの後ろの棚の一番下にある収納スペースからのこぎりや釘、鉄鎚かなづちなどを取り出す。すると、厨房とは反対側の扉、2階へと続く階段から足音が聞こえて振り返る。
 ぎぃっという音を立てながら開かれた扉から、カミーユがランタンを片手に現れた。

「物音がすると思ったらアルベルト、君だったのか」
「あぁ、床を直しちまおうと思ってな。流石に状況が状況だけに、力加減できなかったから仕方がねぇが」
「いつもの事じゃないか。王都にいた頃からそうだったね、君は」

 ランタンを顔の高さまで持ち上げるカミーユ。楽しそうに笑って見せる彼女に、アルベルトは鼻であしらった。

「昔の事なんざ、今の俺には関係ねぇよ」

 そう言うと、アルベルトは工具などを拾い上げて厨房へと戻っていく。
 
「……さぁて、と。与一君からもらったこれを使わせてもらうよ」

 アルベルトが部屋に入っていくまで見届けていた彼女は、ローブの内側から取り出した小さな革袋を手のひらで転がすと、再び扉の奥へと消えていった。



 早朝、朝からドタバタとする港を眺めながら、寝癖でぼさぼさになった頭を眠そうに掻きむしる与一。タバコに火をつけ、宿の入口の隣、窓の傍の壁に背を預けて海をぼーっと見ていた。
 しばらくして船が動き始め、それを見送る人たちが手を振って送り出していた。

「ふぅ……おふくろ、元気にしてるかな」

 吐き出した白煙が、その言葉を届けるかのように優しく通り過ぎていく潮風と共にどこかへと消えていった。今となっては、会う事も出来ない自身の母親のことを思い返しながら、与一はこれからどうしようかと考え込み始めた。

 吸い殻入れへとタバコを放り込み、宿の中へと戻っていく。そこで、右の扉から出てきたカミーユと目が合った。与一を見た彼女は、フードを外すとどこか落ち着きのない様子でいそいそと彼の元へと寄ってくる。

「彼女が目を覚ましたよ。アルベルトは起きてる?」
「あ、あぁ。大丈夫なのか? カミーユを殺そうとした相手だぞ?」
「はは、私に不意打ちをするなら心臓でも止めないと無理だよ。っま、意識していない時にされた場合は無様にやられると思うけど」

 自身の耳元をとんとんと人差し指で軽く叩いて見せる彼女。風精霊の声は、どうやら人間の脈の音までも拾う優秀なもののようだ──意識しているときのみらしいが。

「彼女にいろいろ話してもらおうじゃないか」
 
 にやりと、まるで悪党のする笑みを浮かべて見せるカミーユ。
 少しぞっとした与一であったが、彼女がそんな残酷なことをするような性格だとは思えないので、冗談だろうと笑った。のだが、

「さぁ、知っていることを吐け!」
「ちょ、ちょっとぉ? 起きて早々こんな事されるなんて聞いてないわぁ!?」
 
 昨日の襲撃者──彼女が瞬きをして現状を把握しようとしているところを襲い掛かり、着ていた服を引っぺがし、手をワキワキとさせていた。
 突然の出来事に、与一は目をそらし、一緒にこの部屋に来たアルベルトは目を大きく見開いて鼻の下を伸ばしていた。
 宿屋の二階は中央の通路の脇に左右合わせて6つほどの部屋があり、その最奥部屋、窓から朝日が気持ちいくらいに刺し込む部屋にて、この惨劇は起こっていた。部屋の中央には丸い形の絨毯じゅうたんが敷かれており、赤、青、黄色とどこかの民族のものを連想するかのような独特なデザインのものだ。そのすぐそばに、ふたりほど寝転がってもまだ余裕がありそうなほど大き目のベットがあり、部屋の隅には書斎などに置いてありそうな立派な机と椅子が設けられていて、机の反対側には木製のクローゼットがふたつある。
 どれも手の込んだ彫刻やデザインのものばかりであり、素人目に見てもこれらは全部が高価なものだとわかるものばかりだ。

 服を剥がされた彼女は、肌着を着ていないこともあって文字通りの裸。羞恥しゅうちの感情を露わにし、顔を耳まで真っ赤にして、汚れやシミひとつない純白の──シルクを感じさせる滑らかな質感漂う毛布を身に纏っていた。

「さぁ、それも剥がされたくなければ話すのだ」

 今にもぐへへと笑いだしそうなカミーユ。だが、そんな彼女を他所に裸の女王様は与一をキっと睨みつける。

「どうしてこうなってるかはわからないけどぉ、全部そこのクソ調合師の仕業ってことはわかったわぁ!」
「なんで、そうなるんだ……ってか、まるで俺が全部仕組んだみたいな言い方やめれてくれないかな!?」
「そうじゃないのよぉ! あなたが、依頼を断らなかったら今頃……今頃……」

 突然しゅんとする彼女に、居合わせた一同は首を傾げた。彼女を見る事に若干の抵抗がある与一は、目を何往復もさせながら頑張って視界に捉えていたのは言うまでもない。

「がっはっは! さては与一、女を知らねぇな?」

 片手を口元にあて、声が彼女達に聞こえないように遮ったつもりなのか、アルベルトはひそひそと与一に小声で話掛ける。

「ほ、ほっとけ! カミーユ、服ぐらい返してやってくれ。正直、目のやり場に困る」
「ダメだよ、与一君! 服で君の首を絞めるかもしれない! それに、これはこれで……ごくり」
「…………だめだこりゃ」

 既に彼女を見る目が好奇なものを見る目へと変わっているカミーユに、与一は溜め息をこぼすしかなかった。
 まさか、ここまで変人だったとは。と、呆れずにはいられなかったのだ。思い返してみれば、アルベルトと彼女が命の奪い合いをしていたにも関わらず、カミーユは最初に手を出しただけであとは笑い転げていた以外覚えていない。察するところ、少し残念な人なのかもしれない。しかし、命の奪い合いをしていたのにも関わらず、彼女には怪我も手当てした痕跡すらも見当たらない。

 ──どういうことだ?

 疑問に思った与一は、彼女の身体の隅々へと目をやった。

「そ、そんな目で見ないでくれるぅ? はぁ、乗り込んだら返り討ちにあうなんて、私もまだまだってことねぇ。それで、私からなにを聞きたいのぉ? どぉせ、あと1、2日の命も同然。教えれる情報は教えるわぁ、その代わりいくつか質問させてもらうけどぉ」

 やけに聞き分けが良すぎる、絶対に何かあるはずだ。と、与一は感じた。いくらなんでも、昨日まで命を狙っていた相手がそこまでしてくれるはずがない。だが、彼女の言い出した1、2日という言葉に対しての疑問のほうが大きかった。

「先に聞いておきたい、その1、2日の命ってなんなんだ?」
「私に与えられた任務の期限よぉって、その前にぃ……服返してもらえないかしらぁ?」

 嫌そうな顔をして、口を尖らせながら服を渡すカミーユ。そして、着替えるということで部屋を追い出された与一とアルベルト。
 与一は追い出されて当然だと床に座り込んで待つ事にしたのだが、隣にいる大男はいてもたってもられないのか、扉に耳を当てて真剣な表情を見せていた。
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