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第3章

24話

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 与一の叫び声が厨房へと響き渡る。すると、緊迫感漂う表情をしていたアルベルトが、突然、にぃっと笑って見せた。

「んなッ!」

 仕留めたとばかりに微笑んでいた彼女から、驚きの声があがる。同時に、与一も彼が血を流していないことを視認し、安堵の胸を撫で下ろすように大きく息をついた。
 アルベルトは剣が刺さる直前に身をよじり、迫りくる剣先を脇腹へと誘導したのだ。彼の脇で挟まれている剣はがっちりと固定されており、彼女は引き抜こうとするがびくともしない。

「がっはっは! 闘拳士・・・相手に無暗やたらと間合いを詰めるなって教わらなかったのか?」

 言い終えるが早く、アルベルトは剣を挟んでいる反対側の腕をぐぐっと力を込めて持ち上げ、拳による一打撃だけで剣を折る・・──ッ!
 キィンっという甲高い音と共に、彼女の得物は見事なまでに使い物にならない代物と化した。その、あまりに現実離れした行動に冷や汗を垂らし、柄から手を放しながら距離を置こうとする。だが、

「……おせぇよ」

 短く、低い声が彼女に恐怖という形で刺さる。
 彼女が一歩後ずさるよりも先に、アルベルトが大きく一歩を踏み込み、自身の腰辺りまで振り切った拳を逆の手で補助し、彼女の顎目掛けて肘を先頭に目一杯振り上げる。

「っかはぁッ!?」

 ゴス、という鈍い音を立てながら、彼女は強制的に天井のシミを拝む羽目になった。それでも止まらない、アルベルトの猛攻──彼女が彼を再び視界に捉えるよりも早く、腹部、脇腹、鳩尾みぞおちへと連続して電光石火の如く拳を放つ。

「────ッ!!!」
 
 声にもならないほどの激痛が、彼女に襲い掛かった。
 肺の空気が圧迫され、口から体内の空気をすべて吐き出すと同時に身体が『く』の字に折れる。アルベルトの胸を借りるかのように倒れ込みそうになるが、踏みとどまる彼女は腹部を腕で押さえ、呼吸を整えようと大きく息を吸い込もうとする。だが、

「殺す覚悟があるなら、殺される覚悟があって当然だよな?」
「……ッ!? ま、まって──」

 彼女を見下しながら、淡々と話すアルベルト。その声音はドスの利いたものであった。そんな彼を必死そうな目で見上げる彼女は、まるで救いを乞うかのような見にくい笑顔を作った。
 そんなこと知った事か。と、アルベルトは彼女の顔を側面から思い切り掴み、力任せに床へと叩きつける。その強靭な肉体が見せる力業は、女性一人の身体を強引に宙に浮かせ、床に使われている木材をぶち抜く程のものだった。
 ドゴン、と。床が揺れ、いつも笑っているだけの大男が拳だけで得物を使って襲い掛かってきた相手をねじ伏せた瞬間を、与一はなんとも言えない表情で見ていた。

「……あの、どういう状況ですか。これ」
「あはは! アルベルト相手に、くくく、あはははは!」
「えぇ……」
 
 まるで知っていたかのような口ぶりで、カミーユは腹を抱えて笑い転げる。一方で、まともな回答が来なかった与一は困惑の色を隠せずにいた。

「あ、あははは! お腹、お腹痛い! ちょ、ちょっと。くくく、あははははは!」
「驚かせてすまんな与一。こういう手練れは、一度油断させなきゃならねぇんだ」

 ふぅっと息を吐き、首だけ回してこちらを見たアルベルトは、隣で床に顔を埋めてぴくりぴくりと痙攣している彼女を指した。

「いや、まぁ無事ならいいんだけどさ。じゃなくて! なんでこんなところにギルドの受付嬢が来たんだよ! それに、なんでいきなり襲いかかってきたんだよ!」
「そりゃぁ、俺に聞かれてもわからんに決まってるだろ。何言ってんだおめぇ」
「…………」
「はぁ、はぁ。あぁ、笑った。まぁ、あれじゃないかな。ギルドマスターが帰ってきたら自由に動けないから、動けるうちに与一君を誘拐しに来たんじゃないかな」

 床にあぐらをかいて目じりに涙を浮かべたカミーユが、丁寧に解説してくれた。
 話の途中ではあったが、突然の襲撃によって冒険者ギルド内部になにかしらの勢力が入り込んでいるという事が確定した。だが、それらを知っても尚、与一は街を出ていこうとは思わなった。この街で、自分を世話してくれた人を置いて逃げようにも、恩返しのおの字も返せれていないのだから。

「なんか、心配して損したぞ……」

 安心したからか、かくんと足から力が抜ける与一。
 それを見てにししと笑って見せるアルベルトの傍を通り抜け、襲撃者を引っこ抜くカミーユ。そして、気を失っている彼女のあちらこちらを触り、武器の類がないことを確認すると、彼女を引きずりながら厨房を後にしようとする。

「お、おい! どうするつもりだよ」
「どうって、この人には聞かなきゃいけないことがたくさんあるだろう? アルベルト、部屋借りるよ」
「汚すんじゃねぇぞ?」
「わかってるさ。んじゃ、ちょっと失礼するよ」

 そう言い終えると、カミーユは彼女を引きずったまま消えていった。途中、階段を上っているであろう足音と共に、何かが強打する音が連続して聞こえた。
 何事かとびくりとする与一を笑うアルベルト。だが、床に開いた穴を見やるとがくりと項垂れ、後悔を胸に片づけを始めるのであった。



 日が沈む頃合い、飲み屋を渡り歩く酔っ払いや買い物を終えて荷物を抱え込んで帰路に着く住民などが行き交うヤンサの中央付近で、フードを深く被った老人がぶつくさと呟きながら足早に歩いていた。

「あの娘、余計な気をおこすでないとあれほど言ったのに──ッ!」

 ぎりりと歯切りしをしながら、行く当てもなくただひたすらに進む。
 大通りに差し掛かった時、脇から奥へと続いている小道に入り、壁へ背を預けずりずりと地へと腰を落とす。

「この崖っぷちの状況を更に悪化させてどうするつもりじゃ……もう残された時間もすくないというのに!」

 力なく地を叩く。切羽詰まっている状態であるにも関わらず相方が単独行動にでたのだ。無謀極まりないその行為に、腹が立たないほうがおかしい。尻ぬぐいをする本人であれば尚の事、今後どうするにしても自身寿命はあと2、3日しかない。その間に行動しようにも、肝心な相方がいなければ計画の練りようがない。

「指名依頼のやり方はもはやは無意味……それどころか、ギルド経由の頼みの綱がいなくなってしまったわい!」

 完全に詰んでいる。もう、いっそのこと逃亡してしまおうかと考え始めた矢先のことである。

「ん、大丈夫?」

 セミロングの茶髪の少女が、自分のことを心配して声を掛けてきた。
 この状況で話かけられても。と、老人は声を掛けてきた少女の顔をまじまじと見る。そして、その少女の顔には見覚えがあり、調合師と一緒に行動している事すら知っていた。
 今の状態のままでいるよりも行動に移したほうが生き残れる確率は高くなる。そう、目の前にいる少女がいれば調合師をおびき出せる可能性がある。
 
 ──これは好機だ。

「すまんのう……腰を痛めてしまって。ひとりで歩いて帰ろうにもこの人だかりじゃ」
「……そう。手伝う?」

 その言葉に、老人は一瞬にやけてしまいそうになる。
 
「おぉ、それは助かる」

 のっそりと立ち上がり、少女に支えられた老人は人混みの中へと消えていった。
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