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第2章
13話
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相も変わらず検証と実験を繰り返す与一は、様々な効果のある粉末を手に入れていた。夢中になって部屋から出ない日もあれば、宿からも出ず。気が付けば、大量の薬草類を持ち込んでから3日ほど過ぎていた。
麻痺毒の一件から、むやみに物置部屋へと入っては来なくなったアルベルトだが、なにかしらあればすぐに与一を呼び出すようになっていた。
「あぁあああッ! 指切ったぁあああッ!! 指切っちゃったよぉおおおお!!」
厨房で料理をしていた漢が、包丁で指を切ると同時に声を荒げ、居候のいる物置部屋の前で阿呆みたいに叫ぶ。毎度のように、大きな声でわざとっぽく叫ぶアルベルトに、与一は少々呆れていた。
「うるせぇッ! そんなもん、つば付けとけばなおるだろ!」
「ちぇ──ッ!」
「あ! 今舌打ちしただろ! 絶対に治してあげないからな!」
物置部屋から飛んできた苦情に、しゅんっと肩をすくめると自分で包帯を巻いて応急措置をするアルベルト──ここ、3日間このような感じだ。しかし、与一の差し出す粉塵は基本得体の知れないものが多い。それ故、飲んでくれと言われて『はい。わかりました』などと、首を縦に振るのは躊躇してしまうアルベルト。
さも当然のように与一に頼っているアルベルトだが、調合師は基本会えない存在──現代でいうテレビなどに出演している芸能人などが田舎にいるようなものだ。それでいて、怪我などを瞬時に治してしまうものを生産できるとなれば、頼ってしまうのは仕方のない事だろう。
「先生、いる?」
厨房に慣れた足取りで入ってきたのはセシルだった。
毎日与一の傍で、初めて見る調合師のスキルや知識、その他諸々を楽しそうに眺めて、時には手伝って、まるで助手のような立ち回りを彼女はしていた。一方、なんの知識も持たないアニエスはつまらなそうにしており、『腕が鈍る』などと言って、剣の素振りをしにどこかへ行ってしまった──剣を使ったところなど、アルベルトに対して怒ったときしかなかったのだが。
「あぁ、セシルか」
彼女の声を聴いた与一が、物置部屋の扉を開けて顔をひょっこりと出す。
「ん、手伝いにきた」
「はは、ほんっと先生になってきてるなぁ俺……」
これといって教えれるものなどない。彼女自身の知識が豊富なのは既に知っているからだ。それに、与一の知識は眼前にその対象がない限り湧いてこないものだ。あれやこれやと見ているうちに、それらの特徴、特性、効果などと言ったものが記憶されていく。それを教えたところで、セシルには何の勉強にもならない。
「はぁッ!? 俺は無視するのに、セシルちゃんはいいのか!」
「うるせぇって! 耳がキンキンするから、もう黙っててくれ。頼むからッ!」
「ぐぬぬ、居候の分際で俺に口答えか。どうやら、上下関係とやらを教えてやらなきゃならねぇよう──ぐえしッ!?」
指をぽきぽきとならして与一に近づこうとするアルベルトの顔面に、セシルのいつも持っている分厚い本がクリーンヒットした。真顔のまま目の前で起きている光景を見ている与一。一度経験しているものからすれば、顔面に叩きつけられる分厚い本の攻撃力は理解できる。だが、同情はしない。
「あぁあああッ!! 鼻がッ! 鼻が折れちゃったよぉおおおおッ!!!」
鼻を押さえてごろごろと転がるアルベルト。
「喧嘩、両成敗」
キリっとした目つきで言ってやったぜと言わんがばかりに胸を張るセシル──なのだが、
「お、俺だけじゃねぇかぁあああ……ッ!!」
成敗されたのはアルベルトだけであった。
物置部屋から大小様々な瓶を持ち出してきて、厨房の中央に設けられた長机に並べる与一。もともとは、カウンターの後ろにあった調味料などを入れていたものなのだが、与一曰く『飾るだけならもらってもいいじゃない?』っという正論に、アルベルトはぐうの音も出ず、渋々調味料を布袋に移して空き瓶を彼に譲ったのだ。
そのおかげで、与一は持ち込んだすべての薬草、毒草の粉末を瓶の中に仕舞う事ができた。
アルベルトの乱入によって投げ捨てられたり、吹き上げられたりと散々な目に遭ってきたので、それを防止することができているここ3日間は実に平和だった。
「さて、全部の粉塵がここにある。右から、白いのがいやし草、緑色は解毒草、橙色は気付け草。黄色いのはシビレ草で、紫色が惑わし草、水色は昏睡の花だ。後ろの3つは毒草の類だから気を付けてくれよ」
「いやし草以外わからねぇな……名前からどういうものかは察しがつくが……」
んーっと眉を寄せながら瓶の中身をのぞき込むアルベルト。
セシルはと言うと、与一の隣でうんうんと頷きながら、粉塵の入っている瓶に目を輝かせていた。
「それで? 今から何か始めるんだろ?」
「あぁ、そうだ。正直なところ、乾燥と抽出する作業に飽きた。ここからは、少々めんどくさいがポーション製作の行程に入る──ッ!」
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて上からボタンをいくつか外す。そして、腕まくりをしてポーションを作ろうとした与一。
──だが、
「あ、ポーション入れる容器ないわ」
「「…………………………」」
アルベルト及びセシル、沈黙。
「いやだって、家から出てないし? 買い物するにも一文無しだし?」
「なら、働く?」
首を傾げるセシルに、与一は嫌そうな顔をしながらゆっくりと首を横に振る。働く気はないが、ポーションを作るためのお金は欲しい。まさに矛盾だ。
「しょうがない……ギルドに行くかぁ」
がくりと項垂れる与一。
「ん、それがいい。働いてポーション作る」
その横に寄り添い、背中を撫でながら謎の催促をするセシル。
「ははは、ほんっとセシルはポーションとか薬草とかの話題になると元気になるよなぁ」
「がっはっは! 好きな物に夢中になるのは、男も女も関係ないぞ! ほら、働いてこい一文無し!」
上着を片手に、厨房をとぼとぼと出ていく与一とそれに続くセシル。その後ろで、働く意思を少しでも見せた彼を嬉しそうに笑って送りだすアルベルトであった。
外にでたふたりを出迎えたのは、頭上から照り付ける太陽と海岸から吹き抜ける潮風だった。前方に見える港には大小様々な船が停まっており、屈強な男たちが長方形の木箱を馬車へと積み込んでいる。しばらく眺めていた与一は、上着を羽織りながら歩き出した。そして、潮風に遊ばれている髪を押さえながら、海岸手前の整備された道を行く彼を追いかけるセシル。
胸ポケットからタバコを取り出して、与一はふと違和感を感じた。
「……減ってなくね?」
片方しか開封していないタバコの箱から覗く、残っている本数に対しての違和感。おかしいと思った与一は、少し強く握るが、まるで減っている感じがしない。今まで吸った本数と、残っている本数との計算が合わないのだ。いや、むしろ減ってすらいなかった。
「はは、マジかよ。最高じゃないか。女神様に感謝だなこいつは……ふぅ──」
「…………?」
ひとりでぼそぼそとつぶやく喫煙者に、セシルは首を傾げるだけであった。
人通りの多い中央を避け、ふたりは外回りの道を選んで進んでいた。そこへ、正面から見知った人影がこちらへと向かってきていることに気づく。
「あ、与一とセシルじゃない! ちょうどよかったわ。今からあなた達のところにいくつもりだったのよ」
「んー? 何か用事でもあったのか?」
「あったもなにも、あなたが楽しそうに実験してるの邪魔したら悪いと思って、伝えるのすっかり忘れてたわ……」
少し早い口調で話すアニエスは、焦っている様子だった。
「この間、受付の人にギルドに来た際には声をかけてくれって伝言を頼まれたのよ。緊急の要件って感じではなかったけど、早めに顔出しておいたほうがいいわよ?」
「俺に? ふぅ……まぁ、ちょうどギルドに向かおうとしていたところだ。その要件とやらを聞きに行きますか────」
麻痺毒の一件から、むやみに物置部屋へと入っては来なくなったアルベルトだが、なにかしらあればすぐに与一を呼び出すようになっていた。
「あぁあああッ! 指切ったぁあああッ!! 指切っちゃったよぉおおおお!!」
厨房で料理をしていた漢が、包丁で指を切ると同時に声を荒げ、居候のいる物置部屋の前で阿呆みたいに叫ぶ。毎度のように、大きな声でわざとっぽく叫ぶアルベルトに、与一は少々呆れていた。
「うるせぇッ! そんなもん、つば付けとけばなおるだろ!」
「ちぇ──ッ!」
「あ! 今舌打ちしただろ! 絶対に治してあげないからな!」
物置部屋から飛んできた苦情に、しゅんっと肩をすくめると自分で包帯を巻いて応急措置をするアルベルト──ここ、3日間このような感じだ。しかし、与一の差し出す粉塵は基本得体の知れないものが多い。それ故、飲んでくれと言われて『はい。わかりました』などと、首を縦に振るのは躊躇してしまうアルベルト。
さも当然のように与一に頼っているアルベルトだが、調合師は基本会えない存在──現代でいうテレビなどに出演している芸能人などが田舎にいるようなものだ。それでいて、怪我などを瞬時に治してしまうものを生産できるとなれば、頼ってしまうのは仕方のない事だろう。
「先生、いる?」
厨房に慣れた足取りで入ってきたのはセシルだった。
毎日与一の傍で、初めて見る調合師のスキルや知識、その他諸々を楽しそうに眺めて、時には手伝って、まるで助手のような立ち回りを彼女はしていた。一方、なんの知識も持たないアニエスはつまらなそうにしており、『腕が鈍る』などと言って、剣の素振りをしにどこかへ行ってしまった──剣を使ったところなど、アルベルトに対して怒ったときしかなかったのだが。
「あぁ、セシルか」
彼女の声を聴いた与一が、物置部屋の扉を開けて顔をひょっこりと出す。
「ん、手伝いにきた」
「はは、ほんっと先生になってきてるなぁ俺……」
これといって教えれるものなどない。彼女自身の知識が豊富なのは既に知っているからだ。それに、与一の知識は眼前にその対象がない限り湧いてこないものだ。あれやこれやと見ているうちに、それらの特徴、特性、効果などと言ったものが記憶されていく。それを教えたところで、セシルには何の勉強にもならない。
「はぁッ!? 俺は無視するのに、セシルちゃんはいいのか!」
「うるせぇって! 耳がキンキンするから、もう黙っててくれ。頼むからッ!」
「ぐぬぬ、居候の分際で俺に口答えか。どうやら、上下関係とやらを教えてやらなきゃならねぇよう──ぐえしッ!?」
指をぽきぽきとならして与一に近づこうとするアルベルトの顔面に、セシルのいつも持っている分厚い本がクリーンヒットした。真顔のまま目の前で起きている光景を見ている与一。一度経験しているものからすれば、顔面に叩きつけられる分厚い本の攻撃力は理解できる。だが、同情はしない。
「あぁあああッ!! 鼻がッ! 鼻が折れちゃったよぉおおおおッ!!!」
鼻を押さえてごろごろと転がるアルベルト。
「喧嘩、両成敗」
キリっとした目つきで言ってやったぜと言わんがばかりに胸を張るセシル──なのだが、
「お、俺だけじゃねぇかぁあああ……ッ!!」
成敗されたのはアルベルトだけであった。
物置部屋から大小様々な瓶を持ち出してきて、厨房の中央に設けられた長机に並べる与一。もともとは、カウンターの後ろにあった調味料などを入れていたものなのだが、与一曰く『飾るだけならもらってもいいじゃない?』っという正論に、アルベルトはぐうの音も出ず、渋々調味料を布袋に移して空き瓶を彼に譲ったのだ。
そのおかげで、与一は持ち込んだすべての薬草、毒草の粉末を瓶の中に仕舞う事ができた。
アルベルトの乱入によって投げ捨てられたり、吹き上げられたりと散々な目に遭ってきたので、それを防止することができているここ3日間は実に平和だった。
「さて、全部の粉塵がここにある。右から、白いのがいやし草、緑色は解毒草、橙色は気付け草。黄色いのはシビレ草で、紫色が惑わし草、水色は昏睡の花だ。後ろの3つは毒草の類だから気を付けてくれよ」
「いやし草以外わからねぇな……名前からどういうものかは察しがつくが……」
んーっと眉を寄せながら瓶の中身をのぞき込むアルベルト。
セシルはと言うと、与一の隣でうんうんと頷きながら、粉塵の入っている瓶に目を輝かせていた。
「それで? 今から何か始めるんだろ?」
「あぁ、そうだ。正直なところ、乾燥と抽出する作業に飽きた。ここからは、少々めんどくさいがポーション製作の行程に入る──ッ!」
スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めて上からボタンをいくつか外す。そして、腕まくりをしてポーションを作ろうとした与一。
──だが、
「あ、ポーション入れる容器ないわ」
「「…………………………」」
アルベルト及びセシル、沈黙。
「いやだって、家から出てないし? 買い物するにも一文無しだし?」
「なら、働く?」
首を傾げるセシルに、与一は嫌そうな顔をしながらゆっくりと首を横に振る。働く気はないが、ポーションを作るためのお金は欲しい。まさに矛盾だ。
「しょうがない……ギルドに行くかぁ」
がくりと項垂れる与一。
「ん、それがいい。働いてポーション作る」
その横に寄り添い、背中を撫でながら謎の催促をするセシル。
「ははは、ほんっとセシルはポーションとか薬草とかの話題になると元気になるよなぁ」
「がっはっは! 好きな物に夢中になるのは、男も女も関係ないぞ! ほら、働いてこい一文無し!」
上着を片手に、厨房をとぼとぼと出ていく与一とそれに続くセシル。その後ろで、働く意思を少しでも見せた彼を嬉しそうに笑って送りだすアルベルトであった。
外にでたふたりを出迎えたのは、頭上から照り付ける太陽と海岸から吹き抜ける潮風だった。前方に見える港には大小様々な船が停まっており、屈強な男たちが長方形の木箱を馬車へと積み込んでいる。しばらく眺めていた与一は、上着を羽織りながら歩き出した。そして、潮風に遊ばれている髪を押さえながら、海岸手前の整備された道を行く彼を追いかけるセシル。
胸ポケットからタバコを取り出して、与一はふと違和感を感じた。
「……減ってなくね?」
片方しか開封していないタバコの箱から覗く、残っている本数に対しての違和感。おかしいと思った与一は、少し強く握るが、まるで減っている感じがしない。今まで吸った本数と、残っている本数との計算が合わないのだ。いや、むしろ減ってすらいなかった。
「はは、マジかよ。最高じゃないか。女神様に感謝だなこいつは……ふぅ──」
「…………?」
ひとりでぼそぼそとつぶやく喫煙者に、セシルは首を傾げるだけであった。
人通りの多い中央を避け、ふたりは外回りの道を選んで進んでいた。そこへ、正面から見知った人影がこちらへと向かってきていることに気づく。
「あ、与一とセシルじゃない! ちょうどよかったわ。今からあなた達のところにいくつもりだったのよ」
「んー? 何か用事でもあったのか?」
「あったもなにも、あなたが楽しそうに実験してるの邪魔したら悪いと思って、伝えるのすっかり忘れてたわ……」
少し早い口調で話すアニエスは、焦っている様子だった。
「この間、受付の人にギルドに来た際には声をかけてくれって伝言を頼まれたのよ。緊急の要件って感じではなかったけど、早めに顔出しておいたほうがいいわよ?」
「俺に? ふぅ……まぁ、ちょうどギルドに向かおうとしていたところだ。その要件とやらを聞きに行きますか────」
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