異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮

文字の大きさ
上 下
12 / 91
第2章

10話

しおりを挟む
 ふと頭の中に流れ込んでくる知識。それらはものに触れるか、意識を向ける事で発動する能力のようなものだった。しかし、得られる知識は特定の、薬草やそれに関連するものに限る。
 現状、与一の手に持っているいやし草に関しての知識もそうだ。記憶を思い返すかのように様々な情報が脳に直接流れ込んでくる──まるで、パズルのピースがひとつひとつが埋まっていくように。
 長い時間か、もしくは短い時間か、欲しい知識だけを得るだけならばそう時間は掛からないようだ。そして、調合師のスキルに関してもそうだった。

「え、っと」

 最初はどうすればいいのかなんてわからなかった与一であったが、悩んでいる間にも脳裏に知識のパズルがひとつずつ揃えられていき、長い人生で得る癖のようなものが身体に上書きされていく。
 気が付いたときには手に持っていたはずのいやし草が、インスタント食品のように乾燥していた。経緯を理解しようと、与一は別のいやし草を手に取り、再び意識を向ける。そして、再度同じ現象を目の当たりにして考え込んだ。

「乾燥させるっていう意志を持って、対象に意識を向けるってことか……?」

 仮説だが、これを証明するために必要なものなら揃っている。ならば、やる事は一つだ。



 部屋に散らばる水分の抜けきったいやし草。その傍であぐらをかいて顎に手を当てて悩み込む与一。

「結論から言えば、意志を持って意識を向けるってのは正解だな……となると、それを応用して抽出もできるんじゃないか?」

 ここまで来たんだ。最後までやってみなきゃ気が済まない──与一の中にあるこだわりがそう告げる。
 昔から人一倍こだわりが強かった。自分があんな感じにしたい、こんな感じにしたいと思えば思うほど、それらはほかの人のものとは異なっていき、やがては浮いていった。地元を離れて東京に出てきたのもそんなこだわりからだった。いつも見ている景色よりも、自分はもっといろんなものを見たい。そんな夢を抱いて。

「まぁ、結局働かなきゃ生きてけないからって、就職したところがブラックだったからなぁ……」

 前世での出来事などどうでもいいのだが、ついネチネチ言ってしまう。今は現実離れした生活をしているのだから、そんなこと忘れてしまおうと考え始める与一。
 改めて乾燥したいやし草に目を向ける。現状は行程の第一段階の乾燥を終えたばっかりだ。ここから、抽出して出来上がった何かでポーションを作る。

「となると、いやし草に含まれている治癒の成分だけ・・・・・・・を抽出すればいいんだよな」

 知識と癖に近い感覚もある。あとは成功するのを祈るだけだ。
 一息ついてから胸ポケットからタバコを取り出す。人目がないのでライターを使用して火をつけ、ふぅっと煙を吐き出しながらいやし草に意識を集中させる──抽出するのは治癒の成分。

 意識を向けてすぐに結果は出た。
 いやし草の外見には一切の変化はなく、草全体から白い粉のようなものがぽろぽろと落ちていく。粉末状のそれは、小さな山を作りだしたのだが、一目でこれが治癒の効果があるものだとはまだ言い切れない。
 しばらく粉末を見ていると知識が湧いてきた様子、白い粉末状のそれを見た与一は、はぁっと息を吐くと脱力した。

「せ、成功だぁ……ふぅ、なんか一仕事したようにドッと疲れた」

 タバコを吹かしながら壁に背を預ける与一。
 目の前にあるのは、乾燥したいやし草とそれから抽出された治癒の粉塵。初めて自分のスキルとやらを目の当たりにした与一は達成感と満足感に浸っていた。

「って言っても、地味だな。これ──」

 吸い殻入れにタバコを放り込み、治癒の粉塵を手に取った瞬間、厨房へと続く扉が勢いよく開いた。

「おう、与一! ちょっと早いが昼め……」
「あー。ちょうど良かった。少しこいつの実験をだなって、なんだなんだッ! 気色悪いから近づいてくるなっ」

 部屋に入ってきたのはピンクのエプロンをしたアルベルト。なのだが──居候が得体のしれない粉塵を手に取ってまじまじと見ているとなると、不安になったり心配するわけで。

「よ、与一……おめぇ、金がないってのは……こいつのせいか……?」

 ぼそりぼそりと呟くアルベルト。
 何が言いたいのかわからない与一は、首を傾げて治癒の粉塵とアルベルトの顔を交互に見る。

「いや、こいつは昨日手に入れたいやし草で……だな?」
「一文無しになるまでこいつに依存してるってことか……そうか、なら俺のとる行動は一つだァッ!?」
「あ、ちょっ。待て! 何をするつもりだ! 返せって!」

 せっかくの完成品を奪い取って握りしめるアルベルト。それを必死に止めようとする与一。だが、力が足りない。屈強な男を止めるほどの腕力を与一は持ち合わせていない。

「こんなッ! こんな白い粉などッ!」
「白い粉とか言うな! まるで俺がヤク中みたいじゃないか! それは俺がいやし草から抽出した成分なんだって!」
「信じられるかッ! この小麦粉にも似た感触、そしてなによりこの純白! 動かぬ証拠じゃないかッ! 俺はこいつにダメにされた知り合いを何人も見てきた。だから、俺はおめぇを止める! それだけだ!」

 ダメだ。完全に話を聞いてない。与一はアルベルトにどう説明するか考える前に、眼前で怒り狂っているおとこに為す術もなく。もうどうにでもなれ、と諦め始めた。

「こんなものはこうだァァァァッ!」

 手に握りしめた治癒の粉塵をアルベルトは、目一杯の力を込めて厨房の方向へと投げた。が、

「わっぷッ!? ちょ、ちょっと何するのよ……ッ!?」

 もろに顔面に粉塵を食らったアニエスが怒りに肩を震わせながらアルベルトを睨む。その横からひょこりと顔をだしたセシルが、彼女の頬に付着している粉塵を指で拭うとぺろりと舐め、『おぉっ』っと感嘆を漏らしていた。

「ん、これいやし草と同じ感じ」
「俺が抽出したんだ。にしても、舐めるだけでわかるなんてすごいじゃないかセシル​」
「先生の方がすごい──」
「え、あ。その、だな? アニエス……?」
「なにやら店の奥のほうが騒がしいと思ってきてみれば、白い粉だなんだ言ってるし……挙句の果てには顔面に白い粉吹っ掛けられるし──ねぇ、叔父さん?」

 セシルと与一会話を聞き、彼の言っていたことは本当だったのかと我に返ったアルベルトを待っていたのは、怒りを体現したかのように髪を逆立たせるアニエス──いや、鬼だ。真っ白なお面を被った鬼だ。

「ひ、ひぃいいッ!? ま、待つんだアニエス! 剣はダメだろ、剣ぁあああああああああッ!!!!」
「問答無用ぉおおおッ!!!」
「ぎゃぁあああああああッ!!!!」

 そして、昼に差し掛かる頃合いの港手前にある通りを行き交う人々が、何事かと振り返るほどのおとこの情けない悲鳴が辺りに響き渡ったのだった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

僕のギフトは規格外!?〜大好きなもふもふたちと異世界で品質開拓を始めます〜

犬社護
ファンタジー
5歳の誕生日、アキトは不思議な夢を見た。舞台は日本、自分は小学生6年生の子供、様々なシーンが走馬灯のように進んでいき、突然の交通事故で終幕となり、そこでの経験と知識の一部を引き継いだまま目を覚ます。それが前世の記憶で、自分が異世界へと転生していることに気付かないまま日常生活を送るある日、父親の職場見学のため、街中にある遺跡へと出かけ、そこで出会った貴族の幼女と話し合っている時に誘拐されてしまい、大ピンチ! 目隠しされ不安の中でどうしようかと思案していると、小さなもふもふ精霊-白虎が救いの手を差し伸べて、アキトの秘めたる力が解放される。 この小さき白虎との出会いにより、アキトの運命が思わぬ方向へと動き出す。 これは、アキトと訳ありモフモフたちの起こす品質開拓物語。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

加工を極めし転生者、チート化した幼女たちとの自由気ままな冒険ライフ

犬社護
ファンタジー
交通事故で不慮の死を遂げてしまった僕-リョウトは、死後の世界で女神と出会い、異世界へ転生されることになった。事前に転生先の世界観について詳しく教えられ、その場でスキルやギフトを練習しても構わないと言われたので、僕は自分に与えられるギフトだけを極めるまで練習を重ねた。女神の目的は不明だけど、僕は全てを納得した上で、フランベル王国王都ベルンシュナイルに住む貴族の名門ヒライデン伯爵家の次男として転生すると、とある理由で魔法を一つも習得できないせいで、15年間軟禁生活を強いられ、15歳の誕生日に両親から追放処分を受けてしまう。ようやく自由を手に入れたけど、初日から幽霊に憑かれた幼女ルティナ、2日目には幽霊になってしまった幼女リノアと出会い、2人を仲間にしたことで、僕は様々な選択を迫られることになる。そしてその結果、子供たちが意図せず、どんどんチート化してしまう。 僕の夢は、自由気ままに世界中を冒険すること…なんだけど、いつの間にかチートな子供たちが主体となって、冒険が進んでいく。 僕の夢……どこいった?

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...