ヴィーナスリング

ノドカ

文字の大きさ
上 下
28 / 45
4章 美咲

4-1

しおりを挟む
4-1

 ライラが作った美咲への「チャンネル」は数m先も見えないほど薄暗く、人が一人立って歩けるほどの高さだった。アトラクションによくある立体迷路の場合、壁に手をつけながら進めばやがてゴールにつくが、この迷路は進んでも進んでもゴールは見えなかった。しかも、まとわりつく空気はとても重く、これ以上先への侵入を拒んでいた。

 何度かの分かれ道をクジにまともに当たったことがない僕の勘に頼りながら進む。すると、暗闇の中からかすかに少女のすすり泣きらしき声が聞こえてくる。

 「......だって.....みんな......みんな、私からいなくなるんだもの、タクだって......」
 「美咲!?」
 泣き声の主が美咲だとわかると、僕はいてもたってもいられず、声の方に走りだしていた。
 「美咲! 美咲なのか! 僕だよ! くそっ! 聞こえないか。今行くからな! 」

 暗闇の中に僕の声は飲み込まれていくが、暗闇から聞こえる声は確実に大きくなっている。そうだ、美咲に近づいているんだ。そう自分を励ましながら重苦しい空気の中を進む。
 「ライラ、聞こえてるか? 結構進んだけどまだか? ライラ、おーーーーい 」
 「...... ...... ......」
 「やっぱだめか、ちょっと前から静かだと思っていたけど。しかたない、声の聞こえる方にいくだけだ。にしても、どこまで続いているんだ? もういくつ分かれ道があったかも覚えてないよ」

 薄暗い中をただ歩き続け、美咲の声は確かに大きくなっているのだけど一向に出口が見えない。だんだん時間の間隔や足の感覚がおかしくなってきた。もしかしたら、僕の体は宙に浮いてて、同じ場所で足踏みしてるだけなんじゃないか? そんな錯覚に陥りなりがらも前に進む。そしてついに声がはっきりしたと思ったら、まばゆい光に包まれ、一面真っ白な空間に出られた。
 「や、やった、出られた! 美咲? 美咲いるんだろ? 美咲ぃぃぃ! 」

 僕の声は反響することもなく白い空間に吸い込まれていく。体育館ほどの大きさの空間で四方を壁に囲まれているのには気づいたけど、あまりの空間の白さに方向感覚がおかしくなり、しっかりしないと壁に溶け込んでしまいそうだ。白の世界が襲ってくる......雪山で遭難するとこんな感じなのだろうか。

 「暗闇の次は白の世界、もう! 勘弁してよ。 美咲? 美咲居るんだろ? 僕だよ、出てきてよ! 」
 僕の叫びが聞こえたのか小さな光の塊が現れると、上下左右に動き「こっちだよ」と誘導してくれているかのようだった。僕は光を追いかけるように夢中でじたばた動き回ると、白の世界から脱出することができた。

 白の世界を飛び出ると平原が広がっていた。靴を履いていても分かる、草のチクチクと刺す感覚ががここちよい。風も心地よくふき、僕は自然と歩き出した。さっきまで聞こえていた美咲の泣き声が聞こえなくなっていたが、少し離れた巨木の下に美咲が立っているのを見つけ駆け寄った。
「冬弥? どうやってここに? ここは私だけの世界。誰も入れないはず......ねえ? どうして......? 」

 さっきまで泣いていたのだろう、泣き腫らした目を軽くこするとすっと立ち上がり、まっすぐに僕を見つめていた。
 僕の目の前に美咲がいる。でもいつも元気の塊のような美咲じゃない。顔も声も美咲なのだがまるでマネキンのように生気を感じない。それに普段着ているのを見たことがない自衛隊の迷彩服らしき服装、腰にはナイフを装備。そして、パペット戦でもほとんど使ったことがない拳銃を握っていた。

 「美咲、大丈夫か? 心配したんだぞ? 」
 美咲は何も答えず、引きこまれそうな黒い瞳で僕をじっと見つめていた。僕は懸命に美咲の肩を揺すってみるが反応はなかった。どうしたらいいのか分からず戸惑っていると、美咲はおもむろに拳銃を僕に向け、迷わず引き金を引いていた。銃弾は僕の頬をかすめただけだったが、恐怖で動けなくなった。

 「冬弥、どうしてここにいるの? また、私の邪魔をしにきたの? 」
 「美咲、何を言ってるんだよ。僕はただ......」
 「ただ、なに? タクもいなくなった。みんな私を一人にする。こんな世界、私、大嫌い。私の嫌いなものなんて全部消えちゃえばいい! そうよ、世界だって消えちゃえばいいのよぉぉぉぉぉ! 」

 美咲の周辺からどす黒い風が吹き出し、黒竜となると天を目指し登っていく。晴れ渡っていた空は急速に曇色に変わっていき、草木は枯れ、辺り一面淀んだ空気に覆われていく。

 そう、世界が美咲によって壊され始めたのだ。黒竜がその巨体をくねらせるたびに世界が黒く染まっていく。すべてが黒く染められたら世界は終るのだろう。

 「美咲、止めるんだ! 」
 僕の声は美咲に届かず、淀んだ空気に呼吸が苦しく、その場に倒れこんでしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた

リオール
恋愛
だから? それは最強の言葉 ~~~~~~~~~ ※全6話。短いです ※ダークです!ダークな終わりしてます! 筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。 スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。 ※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

処理中です...