n氏の洗車機

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n氏の洗車機

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 ドアをノックする音がした。
 築30年のマンションで独り暮らしのn氏はベッドに潜り込もうとしていた。n氏は子供には聞かせられない言葉を発してパジャマ姿のまま、玄関ドアを開けた。
 目の前には身長が2メートルはあるかと思われるスーツ姿の白人男性が屹立していた。高級な生地で仕立ても上等に見えた。まいった、どんな要件か分からないが、英語で喋られたら何も答えられない。まして、相手は映画で見たターミネーターのような巨漢だ。n氏は扉を直ぐに閉じることに決めた。ノブに手を伸ばしドアが閉まる直前に、大柄な白人は扉の隙間に30センチを超える巨大な革靴を差し入れてきた。扉を閉めようとしていたn氏の右腕は虚しくノブを離れる。
「話を聞いて下さい。怪しい者ではありません」
 白人は、高級住宅街で20年は生活している上級市民のように流暢かつ優雅な日本語を喋った。
「急いでいるので、夜間にお邪魔しました。緊急の要件で、どうしてもあなた様にお話ししないといけないのです。そして人類の未来の為に協力して頂かなければいけないのです」
 気がつくと、扉の内側に入っていた大男は話を続けた。髪の毛は一分の隙も見せないとワックスで固められている。
 夜中に突然現れて、人類の未来の為になどと言われても、n氏には自分の身に起こっていることが理解できない。もしかしたら、誰でも良い一般人を吃驚させて喜ぶ、品のないテレビ番組が流行っていて、自分がそのターゲットにされたのかも知れない。男の言葉に自分が怖がったり驚いたりしていると、玄関扉が大きく開けられて、お笑い芸人か売れなくなったアイドルがカメラマンを引き連れて入ってくるのか・・・。
「本当に重要なことなのです。我々人類には残された時間は少ないのです」
 男は玄関で革靴を脱ぎ勝手に廊下に上がり、リビングへどすどすと音を立てて進んで行く。n氏は歩き始めた白人の後ろを追う。
「迷惑なことだと思いますが、この方法しかなかったのです。お願いします・・・」
 勝手にお願いされても困る。n氏はリビングの入り口で立ち止まった男の前に回った。
 白人はn氏が男の前に立つと胸ポケットに手を入れて何かを取り出す様子だ。懐からピストルが出てきて、自分は脅されるのか、いきなり撃たれてしまうのか、こんな風に人生は終わるのか。
 幸いスーツの内側から出てきた白人の手には名刺らしき物が握られているだけだった。英語で書かれた名刺を見せられても、出来の悪い中学生程度のn氏の英語力では理解できる訳がない。と見ると名刺には漢字とカタカナで肩書きと名前が書かれている。
「私は、アメリカのNASAに特別に設置されたP3衝突対策室のトーマス・ジョーダンというものです」
 アメリカ人のジョーダンさんが日本まで来て夜中に冗談を言いに来たのか、n氏は白人の名前を聞いてそんなことを思った。
「冗談を言う為に来たのではありません」
 ジョーダン氏は、n氏の頭の中が分かったらしく機先を制した。ジョーダン氏はもしかしたら超能力者からも知れない、などとn氏は漫然と考えた。
「私は超能力者でもありません。日本人は私が名乗ると、『冗談』という漢字を充てるようで、初対面の人との会話の導入として使っています。しかし、今はだじゃれで時間をつぶしている場合ではありません」
 ジョーダン氏は、勧めもしないのにソファーに腰掛けて、リビングの照明を銀色に反射するアタッシュケースからA4サイズの資料を取りだした。クリップで纏められた紙の束は10枚を優に超えている。
「あなたが英語を苦手としているのは調査済みですから、全て日本語に翻訳してあります。その上で、対策委員会で一番日本語が出来る私が派遣されたのです。心配はいりません」
 向かい合って座ったn氏の目にも確かにそのペーパーには日本語が書かれているのが見えた。
「端的に説明します。世界中で報道規制が引かれていますからあなたはご存じないと思いますが、現在、地球に小惑星が急速に接近していて、間もなく衝突することが分かっています。小惑星の大きさは直径が10キロメートルで、このまま衝突すると殆ど確実に地球上の生命、少なくとも人類の生命は失われると予想されています。そこで、委員会はあなたの力でこの危機を乗り切ることを最後の手段と考えたのです」
 n氏の頭の中に、強烈なスピードで背後にガス状の尾を発生させながら近づいてくる小惑星がイメージされた。そこに宇宙船で向かって、ボーリングをし、核爆弾を仕掛け、それを爆発させるイメージが湧いた。嘗て見た映画のシーンだ。
「何を言っているのですか、僕にはそんな映画のようなことは出来ませんよ。昔あったあの映画の主人公にでも頼むべきではないですか。僕には、地面を掘る能力もなければ、宇宙船を操縦する能力もありませんよ。・・・主人公には感動しましたが・・・」
「そんなことをあなたにお願いしたいのではありません。それは、映画の中のフィクションです。もし、それが可能なら我々も既に試みていますよ。・・・確かに、核ミサイルを撃ち込む方法も検討されましたが、コンピュータシミュレーションによると小惑星を破壊するには至らなかったので、その方法は捨てました。ましてや宇宙船で小惑星に着陸することなどは、最初から検討すらしていません。核兵器や既存の技術で解決可能なら、私がこんな夜中に日本まで来てあなたを驚かせる必要もありません」
 n氏は安堵した。自分に映画の主人公のような英雄的な行動をさせようとしたわけではなかった。ピストルで脅されて無理矢理宇宙船に詰め込まれるようなことはなさそうだ。
「我々は、あなたの研究成果である車用洗車機を使って小惑星を何とかしたいのです。私はそのお願いに来たのです」
 n氏はジョーダン氏の発言の意味が分からなかった。
 n氏は町の発明家である。大ヒットした商品はなく細々と生活している極普通の人間だ。結婚もせず35歳になるこの年齢まで役立ちそうな物を考えては特許の出願を目指し続けてきたのだ。車用洗車機に関しては類似の物もなく特許を取得した発明である。普通乗用車なら水やシャンプーを使うことなく2分もあればぴかぴかに出来るレーザー技術を使った画期的な洗車機だ。特許は取得したが今のところ企業からの引き合いはなく製品化されてはいない。
「あなたの開発された自動車用のレーザー洗車機の技術を我々に教えて欲しいのです。あなたのレーザー洗車機が我々の最後の望みなのです」
 n氏にはジョーダン氏が言っている意味が分からなかった。車をきれいにするだけのもので一体この人たちは何をするつもりなのか。
「あなたの表情を見ているとこの男は何を馬鹿げたことを言うのだ、レーザー洗車機と小惑星の衝突と何の関係があるのだ、と考えておられることが分ります。確かに、一見全く無関係で、あなたの開発したものは役に立たないと思えるでしょう。しかし、あなたの開発したレーザー洗車機でしか地球は救われないのです。詳しく説明している時間はありませんが、あなたの開発したものは、物質を光に変えてしまう効果があることが分かったのです」
 物質を光に変える、その意味は分らない。
「簡単に説明すると、あなた開発された装置は、そこに存在する質量を質量のない光として空間に放ってしまうことが出来るのです。つまり、あなたの開発したレーザー洗車機は、自動車の表面についた泥や埃を光に変えているのです。
 研究の途中で自動車の表面にドロが残ったり、或いは自動車に傷か着いたり、塗装まで剥がれてしまったことがあった筈です。レーザー洗車機のレーザーのエネルギーが高すぎると車体の表面まで物質を光化してしまうのです。逆にエネルギーが弱すぎると表面についたドロや埃を残すことになります」
 n氏もジョーダン氏がここに何をしに来たのか分かり始めた。
 ゴキブリに向けて照射したら動けなくなったのは表面が削れたせいか・・・。
「あなたのレーザー洗車機を使えば、小惑星を消滅させることが可能になるのです」
 ジョーダン氏はきっぱりと言い切った。
「私は単なる町の発明家ですよ。下らない発明品を作り続けた人間です。この洗車機には他の物以上の自信はありますが車を綺麗にするだけの物です。少しは人の為になるかも知れませんが人類の役に立つようなものではありません。
 私は大学で勉強したわけでも、特別な研究機関で学んだ分けでもありません。米国の研究機関やNASAでは最先端の研究が実施されているでしょう。こんなものに頼らなくても幾らでも素晴らしい技術があるでしょう」
「NASAでも研究していました。アメリカ合衆国の国防省やCIAでも秘密裏に、物質を光に変えてしまう技術は戦争の方法自体を変える武器として研究されていました。しかし、実現できなかったのです。ところが、あなたが特許庁に申請したレーザー洗車機は理論上は完全でした。
 ・・・我々は世界中の研究開発を調査しています。研究開発が安全保障の危険因子になることもあれば、世界経済の動向を決定する要素になることがあるからです。
 今回、小惑星との衝突を回避する方法が模索されている時に、この研究に思い当たりその可能性を検討したのです」
「私の洗車機は表面の埃を取るだけのものですよ。こんなものが小惑星の衝突に何の関係があるのですか」
「先ほども言いましたよね。レーザー洗車機は、エネルギーの強弱で光化する物質の大きさかが決まるのです。あなたが作ったものは僅かな質量を光に変えるだけですが、これに大きなエネルギーを与えることが出来れば、衝突するまえに小惑星の質量を人類にとって危険性のないものにすることが出来るのです。お分かり頂けましたか、我々は最後の手段にあなたにお願いに来たのです」
「あなた方は、私の特許の内容を全て調査して研究し尽くしたのでしょう。ならば私のレーザー洗車機を完全に再現できるのではないですか。私が何も協力しなくても作ることは容易でしょう」
 n氏はテーブルの上に置かれた書類を指さしながら喋った。
「我々は、特許の内容通りのレーザー洗車機をコロラドの山の上に設置することに決めました。あなたが特許を取得して1週間後には、つまり1ヶ月ほど前には完成させました。地球滅亡の回避ですから、アメリカ国内だけでなく世界中から研究者、技術者を集めて、突貫工事を行って着工から10日で建物と設備を完成させたのです。小惑星対策ですから当然パワーアップしたものですが・・・。我々は直ぐに弱いエネルギーで実験を試みました。100メートルほど先に置かれた日本製の自動車を消滅させようとしました。しかし、レーザーは照射されなかったのです。何度も照射実験を繰り返しましたが駄目でした。我々の失望感が分かりますか。完成したときにこれで地球が救われると思ったのに・・・・・。我々は途方に暮れたのです」
 n氏は、ジョーダン氏の話を聞いて徐々に怒りが沸いてきた。他人の研究成果を本人に断りもなく、使用料を支払うこともなく、盗んでおいて、失望感が分かりますか、等と聞くなど盗人猛々しい。もし、本当にレーザー洗車機で地球が救われるのであれば、ひと言くらい予め断りを入れるのが普通だろう、それが人としての道理だろう、n氏はそんなことを考えていた。
「他人の研究を勝手に使っておいて、うまく行かないからという理由で、その本人にお願いするなどというのはおかしくないですか。もし、うまく行けば私には内緒で、私の発明品を利用するつもりだったのでしょう」
「緊急事態だったので、お許し下さい。我々もNASAも他人の研究を使用するときには許諾をもらうことになります。しかし、アメリカでは契約を締結する為にはご承知のように1000頁ほどの契約書を作成しなければならず、今回は、そのような時間がなかったのです。それに、万が一、あなたに拒否されてしまったら、どうするのかという問題もありました。とにかく、その点は謝罪します。謝罪しますから、何とかご協力下さい。
 コロラドまで一緒に来て、我々が作った機械の問題点を発見して、地球を救うことに協力して下さい」
 n氏は、まだ信じ切れなかった。協力しましょうと悪手でもして一緒に外に出たら、お笑い芸人とカメラと、野次馬が待っていて、自分の姿を見て大笑いするのではと疑っていた。気分を高揚させておいて、一気に落とされたときの人間の表情ほど他人を喜ばせる素材はない。
「私は、海外旅行に出かけたこともないので、パスポートも持っていません。これから申請すると、取得するまでに1ヶ月くらい時間が必要なのではないですか。お役所は何事も仕事が遅いと聞きますし・・・」
 n氏は疑念を持ちながらも米国に行って大プロジェクトに参加することに興味を持ち始めていた。
「何を仰るのですか。もし、コロラドに一緒に同行して貰えるのなら、パスポートなどいりませんよ。民間機でアメリカに行ったりしませんよ。横田基地からF23に乗って、空中給油を行いながらアメリカに行くのです。3時間で行けます」
 ジョーダン氏は赤ら顔を更に赤くしてn氏に強調した。
「そうなんですか」
 n氏はジョーダン氏の気迫に押されていた。外は静かな様子だから、少なくともお笑いタレントとテレビカメラが待機しているようなことはなく、部屋を出て直ぐに笑いの対象にされることはなさそうだ。
「理解してもらえましたか。ありがとうございます。では直ぐに・・・」
 ジョーダン氏は駄目を押すためか、有無を言わせぬ態度になった。
「直ぐに出ましょう。屋上にヘリコプターが待機しています」
 ジョーダン氏は、n氏の腕を引いて歩き出そうとした。
「パジャマなので、・・・着替えます。少し待って下さい」
「大丈夫ですヘリコプターに着替えは準備しています、一刻を争うのです」
 ジョーダン氏は強引にスニーカーの踵を潰したn氏を外に連れ出した。
 確かに、屋上には胴体に星条旗が描かれたヘリコプターが待機していた。部屋を出て直ぐにジョーダン氏がスマホで連絡したから既にメインローターが回っていた。
 ジョーダン氏とn氏が乗り込み、10秒もしない内に、ヘリコプターは満月が天頂に輝く夜の空に飛び立った。
 
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 戦闘機に乗っていた時間は3時間くらいだった。旅客機にすら田舎の父親が病気になったとき1度乗っただけだったから、アメリカ空軍の最新鋭戦闘機の後部シートは生きた心地はしなかった。一般人を乗せていたからパイロットは細心の注意を払った筈だが、n氏は何度か意識を失いそうになっていた。空中給油機から延びてきたホースが自分の背中の後ろにある給油口にドッキングした時の音も何か地獄から届いた悲鳴のように聞こえた。
 パイロットは日本語を話さないのかn氏に声を掛けることはなかったから、ジェットエンジンの音と戦闘機が風を切る音が耳当てを通して聞こえていた。
 戦闘機が漸く空軍基地に着陸した時には生き返った思いがしたが、そこからまた待機していたヘリコプターに乗せられ耳が騒音に覆われる時間が続いた。コロラドの研究施設に到着するのに、自宅を出てから、5時間はかかっていなかったが、身体も耳もそして頭も普通の状態ではなくなっていた。疲れた頭の中でブーンという音を聞いていた。
 まばゆい太陽がこれから高く上がっていく時間だった。雲ひとつない晴天だ。これくらい早く移動できれば、ラスベガスに行ってギャンブルをして2泊3日のツアーが組めるのに、などということをn氏は旅行会社に勤める知人の顔を思い浮かべながら考えたりもした。と同時にテレビで見たきらびやかなラスベガスの町が迫ってきた。今自分はその近くにいるのか。
 
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 n氏とジョーダン氏の到着を、あごひげを生やした小柄な白人の男(と言ってもジョーダンと比較するからで、n氏よりは背が高い)と、30歳代と思しき東洋系の顔立ちの女性が出迎えた。ヘリコプターの中で着替えたn氏はジーパンにTシャツ茶色の革ジャンという30過ぎの野暮な日本人には全く似合わない姿になっていた。トムクルーズにはよく似合う服なのだが。
「お待ちしていました。n博士」
 女性の方が羽織っている白衣の先から、白衣ほどではないが色白の手をn氏に向けて差し出した。流暢な日本語だった。ネイティブだ。
「私は博士ではありません。ただの発明家です」
 n氏は歯が浮くような言葉に馴れていなかったので、正しく否定した。
「申し訳ありません。私の中ではあなたは著名な博士ですので・・・」
「デハ、サッソクデスガ、スグニソウチヲミテクダサイ」
 隣に立っていた小柄な白人の男が片言の日本語で話した。早速という言葉は、さっしょく、と聞こえた。難しい言葉を使わずに、発音の出来る日本語を使えば良いのに、とn氏は思った。
 案内された部屋には、n氏の作った洗車機を大型化したものが設置されていた。それは、n氏が特許庁に提出した図面に基づいてる。先端の棒状の部分が15メートルを越えていたし、レーザーを照射するための引き金部分が1メートル程の大きさだった。n氏の作った自動車用のレーザー洗車機を再現し大型化したものの。
「これは設計図通りですか、大きさは、・・・50倍くらいですか・・・・」
「タダシクハ、55バイデス」
 小柄な白人がn氏の言葉を遮った。
「そうですか、50倍でも55倍でも、どうでも良いですが、どこに問題があるのかは分かっているのですか」
 n氏は細かい数字に拘る男に聞いた。
「本体部分について、機械の個々の部分の作動は確認できています。レーザーの製造部分も稼働しているのですが、レーザーの射出が出来ないのです」
 白人の科学者に付き添っていた日本人女性が分りやすい日本語で喋った。
 テニスコートを2面作ることが出来るほどのスペースの隅の方に本体は置かれていた。本体を調べるには頑丈な箱を開けなければならないから、そこは後回しだ。そこから断面の直径が1メートルはあろうかと思われるケーブルがレーザー洗車機に繋がっていた。n氏の図面では連結ケーブルは直径2センチメートルだったから、55倍だとすると1.1メートルの筈であった。
「何ボルトくらいの電圧が掛けられますか」
 n氏は本体に向かって歩きながら聞いた。
「あなたの特許申請書では最高1000ボルトでしたから、この装置は最高5万5000ボルトになっています」
 日本人女性が隣の白人に聞くこともなく答えた。女性は単なる通訳ではなく、科学的知識を持つ研究者のようだ。
「なる程、大きさから電圧やその他の数値も全て55倍にしたという訳ですね」
 n氏は考えていた。本当にそれで良いのだろうか。サイズを55倍にしたら、全てを55倍にするとうまく作動するのだろうか。自分は自動車用にしか作っていないので、分る筈もないが・・・。
「全てを55倍にした理由はなにかあるのですか。そうすれば惑星を消滅させるほどの洗車機が出来るという根拠が何かあったのですか」
「我々は世界最先端の科学者の集団ですよ。サイズや電圧が対象物に与える効果にどの程度影響を与えるか、簡単に計算できます。」
 日本人女性は答えた。
「一応、確認しますが、大きさが55倍になっているだけで私が作った設計図通りに作ってありますね」
「間違いありません。設計図に従って、一部の間違いもありません。だから不思議なのです。何故、作動しないのか」
 n氏はまだ小学生の頃、巨大な紙飛行機を作ったことを思い出した。折り紙で作ったn氏の紙飛行機は周りの同級生がうらやむほど長時間優雅に飛行した。n氏はさらに自慢がしたくて、折り紙を横に10枚、縦に10枚糊でつないだ紙を使って紙飛行機を作った。そして、同級生10人ほどが見ている教室のベランダからグラウンドに向けて飛ばしたのだ。結果は悲惨なものだった。紙飛行機はn氏の手を離れると、まるで強盗の前でホールドアップした善良な人間のように両翼を跳ね上げて、無様に地面に落ちていったのだった。おり紙の強度と質量の問題に小学生のn氏は気づかなかったのだ。
 本当に全てを55倍するだけで、洗車機は同じように作動するのだろうか。
「例えば、大きさを55倍にした場合には、電圧は55倍の二乗にしないといけないとか、アルミニウム合金を使っているところをチタン合金でなければならないとか、そのような問題の発生はなかったのですか」
「ノープロブレム。ワレワレハセカイナンバーワンノサイエンティストデス」
 片言の白人の言葉は、n氏を非難するような苛ついた響きを伴っていた。
「そんな低レベルの問題は全て解決済みです」
 隣の日本人女性研究者が氏を批難するように言った。そんなことは全て解決済みだと言わんばかりだ。
「低レベルと言われるのですか。でもあなた方は問題を解決できずに、わたしのような低レベルの民間人を呼んだ訳ですよね」
 n氏は自分が馬鹿にされたと感じ、嫌みな言葉で返した。
「わかりました。見てみましょう」

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 n氏は巨大化した洗車機をくまなく見て回った。n氏が作った物はノズルの長さが30センチで、手元の引き金はピストルと同じでごく普通の洗車機と同じ形状だが、そこにあるのは、レーザーの発射口までは16メートルを超える長いノズルを持った巨大の物だ。根元に1メートルを超えるケーブルが接続されていて、ケーブルの先は離れた本体機械に繋がっている。本体を調べるのには手間取ったが、自分の設計図通りに個々の部品がそれぞれ巨大になっているだけだから、それほどの時間は要しなかった。
 n氏は、隅から隅まで残すことなく装置に自分の設計と異なる部分がないかを確認した。
 その結果、確かに全く異なる点はなかった。全てがn氏の設計通り、55倍かどうかは確認しなかったが、その程度の大きさで全て作られていた。
 全てが設計図通りなのに、これが作動しないのかn氏にも分からなかった。全て同じで何故作動しないのか。
「これはどのようにして引き金を引くのですか」
 n氏は隣の小柄な白人に聞いた。
「ノーノー、ベツニスイッチヲツクリマシタ、スイッチヲオスト、ヒキガネガウドクシステムデス」
「引き金は飾りですか」
「ヒキガネモウゴキマス」
「引き金を引いたことはないのですね」
「ソンナムダナコトハシマセンヨ」
「なる程、もしかしたら、それが理由かも知れませんね」
 n氏は独り言のように話した。
「一度、人間の手で引き金を引いてみましょうか。手で引くことに・・・」
 白人は、こいつは何を言っているのか、というような憤然とした表情になった。
「アメリカでは言わないかも知れませんが、日本では機械は人を選ぶと言います。人間が丹精込めて作った機械は、扱いが難しく、人の扱い方で機械はうまく動いたり動かなかったりするのです。或いは、日本人は機械にも魂が宿ると考えています。その魂に受け入れられないとこの機械は作動しないのかも知れません。ハヤブサが地球に戻ってきた時、オーストラリアの上空で燃え尽きましたが、この時、日本人の多くは機械の為に泣いたのですよ。
 ・・・この装置は技術者である私が作ったので、もしかしたら、私が引き金を引く必要があるのかも知れません」
「クレージー、ニホンジンハバカデスカ、カガクハシンコウデハアリマセン、スキニシテクダサイ」
 白人はあきれ果てたように両手のひらを天井に向けた。
「無駄かどうかやってみないと分かりません。エネルギーレベルを最少にして下さい。目標物はこの装置が向けられているあの自動車で良いですか」
「結構ですよ。あれは元々消すために置かれている日本車ですから」
 n氏には「日本車」という日本人女性の言葉に怒りが含まれているように思えた。
「分かりました。もし、私一人の力でこの引き金が引けなかったら誰かに手伝ってもらうことになると思います」
 n氏は、天井からの明かりで銀色に光った引き金のそばに立った。引き金の後ろから両手を回そうとしたが、n氏の両手は虚しく空を泳ぐだけで、引き金に手がかかることはなかった。n氏は引き金の前に立ち、押す姿勢を取ってみた。この体勢であれば、力も入りやすく多少重い引き金でも押すことが可能に思えた。
「引き金というよりは、押し金ということになりますね」
 n氏は冗談のつもりで言ったが、周りにいた関係者は日本人女性を含めて、日本語の意味が分からなかったからか誰一人笑わなかった。
「準備は大丈夫でしょうか」
「ダイジョウブデス」
 壁に設置されていたスピーカから下手な日本語が聞こえて来た。
「では試して見ます。皆さん少し離れていて下さい。それから、目の弱い方は光遮蔽用のゴーグルをして下さい。目標物をじっと見るようなこともしないで下さい。表面が綺麗になるときには少し光が出ますから・・・。調整が正しいなら塗装が剥がれる程度ですが明るくなる筈です」
 n氏は自分もゴーグルを着け引き金に両手と右肩を当てて、押し始めた。相当に力が必要だと思っていたが、相撲取りにぶつかるような力ではなく小柄な女性を押す程度の力で引き金は動いた。
 レーザー洗車機の先からは紫色の細い光が射出された。
 紫色の光は、500メートルほど先の目標物である自動車に見事に命中し、自動車の表面を這うように紫色が広がっていった。10秒ほどでn氏は引き金を元に戻した。
 レーザーが発射された時歓声を上げた周辺の人物たちは、その後全員が日本車に目をやったが、暫くは光に溢れていて自動車を発見することは出来ない。
 無言の時間が過ぎると、周囲にいた人物たちの落胆の声が聞こえてきた。ハリウッド映画で良く聞く言葉だったから、n氏にも理解出来た。
「博士、失敗ですか・・・」
 隣にずっと張り付いていた日本人女性研究者がn氏に言った。
「そうですか。よく見て下さい」
 n氏は落ち着いた声で答えた。
「ゴーグルをしていると見えないですかね。・・・ゴーグルを取って見て下さい。自動車の色はどうなりましたか。元は赤い色ではなかったですか。今はシルバーに見えませんか。塗装前の車体の色ですかね」
「Fantastic」
 自動車に再度目をやった日本人女性は何故か英語で叫んだ。
 それを聞いた他のスタッフも口々に何か叫んでいた。中にはn氏に抱きつこうとした者もいたが、日本で生まれ育ったn氏は男同士がハグをする習慣がなかったから避けた。加えて相手は100キロは優に超える巨漢の黒人男性だ。興奮して力を入れたら背骨が折れることさえ想像した。
「エネルギーを自分の感覚で小さくしたので、塗装部分が剥離された程度でした。このレーザー洗車機は問題なく機能することが分かりました。
 原因は分かりませんが、僕自身が装置を動かせば機能するようです。人の手が、・・・日本人の手が、・・・もしかしたら私自身の手が必要だったのかも知れませんね」
 n氏はそう話ながら自分を誇らしく思った。自動車の塗装を剥がすことが出来たことが誇らしかった。自分の発明した機械は正しく作動するのだ。
 
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 それからは簡単な作業だった。
 まず、レーザー光が状況を知らない人たちを驚かすことがないように、光線から色を消す作業をした。その上で、出力を惑星の質量を表面から少しずつ減らしていく程度に調整した。発生する光が強すぎて人類や他の生物の生態系に影響を与えないように。少しずつ惑星を小さくしていって地球に衝突しても大気圏で燃え尽きてしまう大きさにしたら良かった。
 目的の小惑星に照準を合わせるのは研究所の職員の仕事だったからn氏は準備が出来ると言われるままに引き金を押した。地球上に降り注ぐ光の影響を抑えるために、1時間に一度のペースでレーザー照射を繰り返す。少しずつ、少しずつ、タマネギの皮を剥くように小惑星は小さくなっていった。
 n氏がコロラド山中の研究所についてから24時間ほどで仕事は終わった。
 研究所を歓喜が覆った。職員が近くにいる人に抱きつきハグし中にはキスをしている人もいた。その中には、n氏がテレビか雑誌で見たような世界の要人も混じっていた。

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 渦巻く歓喜の中で、n氏は考えた。
 目の前で繰り広げられた映画のような場面、物体を光に変えてしまった技術、こんな物を米国に残して良いのか・・・。
 これは恐ろしい武器になってしまうのではないか。発明した自分の想像を超えた恐ろしい武器になるのではないか。敵の戦車も戦闘機もミサイルでも無力化出来るのではないか。レーザー光線が当たると物体が光になって消えていく様子を想像した。そんな恐ろしい事態を許してはいけない。これを手にした権力者は全てを手に入れてしまうだろう。
 自分の発明を武器として使用できなくしなければならない、とn氏は小惑星を消滅する作業をしながらもずっと考えていた。自分が作りだした機械が人間を恐怖に陥れることは絶対に避けなければならない。
 n氏は仕事が終わった満足感も半分にどうすれば良いのか必死で考えた。機械は壊さなければならない、絶対に使えなくしなければならない。どうしたら・・・。
 
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「博士、仕事が終わった以上、あなたには死んで頂かなければなりません」
 日本人女性のスタッフがスタッフの休憩室で本場のアメリカンコーヒーを飲みながら、装置を壊す方法を考えていたn氏に向かっていきなり話し出した。
「やはりそうなりますよね。狙いはこのレーザー洗車機をアメリカだけが使えるようにして、世界的に圧倒的に優位な立場に立ちたいということですか」
「はっきり言えば、そういうことです。あなたが死んでしまえば、特許庁に提出された書類は既に回収していますから、この技術はアメリカだけが持ち、誰も同じものを作ることが出来ないことになります。これさえあれば、他国の武力を全て無効に出来るのです」
「あなたは日本人のくせして、日本を裏切り、アメリカの為に私を殺すのですか」
「私は日本で生まれた日本人ですが、日本という国は嫌いです。女性研究者が思い通りの研究が出来ず、出世が望めない国に生まれた女性がどれほど不幸かあなたに分かりますか・・・。私はアメリカで、この研究で物理学者としての地位を高めることが出来るのです。・・・あなたには、死んで頂きます。いえ、消えて頂きます」
 女性は、背負っていたリュックから忍者が背中の刀を抜くように右腕で、小型の、いや本来の大きさのレーザー洗車機を取り出し、n氏にそのレーザー照射口を向けた。
 n氏は女性の顔から視線を外すことなく、右手で革ジャンのポケットを探っていた。ポケットには小型化された洗車機が入っている。
「ポケットに銃が入っていないのは知っていますから、ポケットを探って脅そうとしても無駄ですよ。あなたは銃を撃ったこともないでしょうけど。観念して下さい」
 ポケットの中でn氏は小型洗車機の引き金に指を掛けることが出来た。
「あなたは地球を救った英雄です。ありがとうございました。あなたは最初から存在しなかったように地上から消えて栄光もなくなります」
 女性は引き金を引いた。
 n氏も洗車機を持った手をポケットから出そうとしたが間に合わなかった。
 n氏は一瞬目を閉じた。これで自分は終わるのか、消え去るのか、この世に生きていた証を何も残さずに。
 ・・・しかし、何事も起きなかった。n氏はまだそこに座っていた。テーブルにはアメリカンコーヒーの入ったカップがあった。
「・・・何故なの、何故作動しないの。作動するには日本人という要素が必要だとしても、私は日本人なのよ。日本人なら使えるのではないの、それとも・・・」
 女性は狼狽していた。
 n氏にも一瞬何が起ったか分らなかったが、彼女には作動させるための何かが欠けているのだろう。・・・この機械は製造者しか受け付けないのか、それとも、機械にも魂が宿ると信じる精神性、或いは日本的な誠実さが要求されるのか。
「洗車機が機能しないのは、あなたが日本人の気持ちを失っているからではないですか。日本が嫌いで日本を捨てたあなたには思いやりとか恥とか優しさとか『和』の精神とか、そういう気持ちが失われてしまっているから、機械が作動しないのではないですか。オーストラリアでハヤブサが燃え尽きたとき、只の機械が燃えたと認識だけでしょう。あなたは泣かなかった人でしょう」
 n氏は女性に向かって言葉を投げつけた。
「酷いものです。遠く日本から無理矢理連れてきて、大変な仕事をさせておいて、用がなくなると自分の利益の為に私を消してしまおうなんて、・・・本当に酷い考えですね。やはり、この装置は全て破壊しなければなりませんね。こんな物があるから人間を狂わせるのです。・・・詳細な設計図もどこかにあるはずですからそれも含めて破壊しなければなりませんね」
 n氏は右手に持った小型洗車機のレーザー発射口を女性に向けた。大きさ5センチメートルほどの一体型のレーザー洗車機だ。電源もコードもいらない充電式になっている。n氏が意図した訳ではないが、ゴキブリ退治のためにパジャマに入れていたのをそのまま持ってきたものだ。ジョーダン氏が訪ねてきたときにはフル充電を終えて布団に向かうところだったからいつでも使用できるようになっている。・・・ヘリコプターの中で服を着替える時にパジャマから革ジャンのポケットに移しておいた。
「設計図のある場所に案内して下さい。これは小さいですが、人を消すことが出来るほどのエネルギーはありますよ・・・。信じませんか。何なら試してみますか」
 人間を消せるというのは事実ではない。試したことはないが、ゴキブリは実際に殺すことは出来たから、照射された人間が無事で済むという保証はなかったが。
 n氏は今にも引き金を引くそぶりを見せた。
「止めて下さい。非礼はわびます。あなたを消そうとしたのは、秘密保持のためそして米国が技術を独占するため、そうするようにボスに命令されたのです。私が自分で考えたことではありません。許して下さい。設計図のある場所に案内しますから・・・」
「それでは、その背中の機械をこちらに渡して下さい」
 女性は背中のリュックを下ろして、n氏の手元をじっと見たままn氏の前に置いた。
 n氏はミニ洗車機の発射口を女に向けたまま、慎重にリュックを取り上げ背負った。そして、女がn氏に射出口を向けた洗車機とミニ洗車機とを持ち替えた。
「さあ、案内して下さい」
 n氏が出口に向かうように顔で合図すると、女はn氏から目を離すことなく後ずさりして控え室のドアまで行き後ろ手にドアを開けた。

                  8

 設計図は研究室の一番奥にある巨大な金庫の中で管理されていた。
「私は鍵を持っていません。鍵を持っているのはここの所長と国防長官だけだと聞いています。私はこれを開けることは出来ません」
 n氏を案内した女性は、最初からn氏が設計図を処分することが出来ないことを知っていたかのごとく、私はこれを開けることが出来ません、ときっぱり言い放った。
「そんなことは結構ですよ。これを使えば良いだけのことです」
 n氏は右手に持った洗車機を少し上げて見せて微笑んだ。
「エネルギーレベルはあなたが僕を消そうとして設定したレベルで問題ないだろう」
 n氏は女性に聞こえない小さな声でつぶやきながら、金庫に向けて引き金を引いた。
 レーザーが金庫に照射され、外形をなめるように広がったかと思った瞬間、その研究室の中に閃光が広がった。暫くものが見える状態ではなかったが、光がおさまると、金庫のあった場所には何もない空間が広がっていた。
 中にある書面を消すのにもう一度照射が必要かと思っていたが、一度だけで中身まで消えていた。
「これで、設計図の始末は出来た。後は本体の処分だけだ」
 n氏はそう言うと、呆然と立ち尽くす日本人らしさを失った日本人女性スタッフを置いて部屋を出た。

 n氏は昂揚していた。自分が映画の中で活躍する主人公のように人類の未来の為に仕事をしなければと使命感を持って動いていた。自分が誰かに銃で撃たれることなど想像することもなく、巨大洗車機の破壊だけを考えていた。巨大洗車機を破壊する、いや消し去る方法を今は知っていたから、その武器を手にしたから、あるのは目標達成に向かう意思だけだった。
 銀色に光るレーザー洗車機はn氏が仕事を終えたときと同じ状態だ。周囲には、数人の研究者らしき人間がいた。
「装置から離れて下さい」
 n氏は日本語でそれらの人物に声を掛けたが、誰一人としてその場を離れるものはいなかった。
「ゴーアウト、デンジャラス」
 n氏は、適切な言葉を知らなかったから、知っている単語をいい加減に並べた。
 今度は不審そうな顔でn氏を振り返った研究者もいたが、その場を離れることはなく、それまで行っていた作業を続けた。
 やむを得ない、とn氏は考え、いきなりレーザーを人のいない装置の先端部分に向けて照射した。レーザー洗車機の照射光が広がった部分が閃光と共に消えた。また、レーザーの一部は巨大ノズルの周辺の天井にも当たっていたから、そこらにも穴が開いた。
 これを見たその場のスタッフ達は恐怖に怯えながら散り散りに逃げ出していったが、同時に警報が鳴り響き、マシンガンで武装した兵士の集団がその部屋に入ってきた。
「フリーズ」
 先頭で入ってきた兵士が叫んだ。
 n氏に言葉の意味は分からなかったが、やめろと言っていることは分かった。
「そちらこそ銃を下ろして下さい」
 n氏は冷静に言った。
「あなたがたは、これを知っていますよね」
 n氏は小型レーザー洗車機を兵士達に向けた。
「マシンガンとこのレーザー洗車機とどちらが怖いか知っていますよね」
 兵士の誰かが日本語が分かるらしく、先頭にいた指揮官らしき人物に大声で説明していた。その声は恐怖で震えていた。
 指揮官が大声で指示を出すと全員が直ぐに手にしていた武器を床に捨てた。
「私は誰かを殺そうなどと思っていません。このレーザー洗車機が今後武器として使用されることがないようにしたいだけです。それだけ認めてもらえれば、家に帰ります」
 そう言うと、n氏はレーザー洗車機を装置の本体に向けて引き金を引いた、
 その部屋は光で満たされた。
 装置の一部は残されていたが、再現が不可能な程度には消失していた。

 n氏はその後、日本人スタッフが作った小型の洗車機で脅しながら、日本から来たとき同様にヘリコプターで近くの基地まで行き、そこから戦闘機に乗り横田基地でヘリコプターに乗り換えて自宅まで送り届けさせた。
 小型の洗車機はマンションに向かうヘリコプターの中でゴキブリ用の洗車機で使えないように一部を消した。
 自宅マンションに戻ってからテレビを見たが、その夜のニュースでは小惑星が地球に衝突しそうになっていたことなど一切報道されなかった。ただ、超新星爆発が一日に同じ方角で何度か連続した、というニュースは流れていた。そんな天体現象が起きるのは、10のマイナス何十乗の確率だというコメントがつけられていた。
 ・・・大金が手に入るのに、n氏は考えた。この洗車機は海面に浮く油だけを取り除いたり、落石現場で岩だけを取り除いたりと便利な使い道もあるから、企業の引っ張りだこになるのに・・・。
 ・・・権力者になることも出来る。核兵器を持っている国でもこの洗車機を持っている自分にひれ伏すことだろう。反対する人間がいれば消してしまえば良いのだ。しかし、権力者は疲れるし、命を狙われるに決っている。誰かの標的になっているのは耐えられない。
 と言ってこれを他人の手に渡すことは絶対に出来ないのだ。これを悪用する人間は出てしまうのだろう。そして、人間社会を恐怖に陥れる武器になることだろう。
 一方でさみしさもある。自分は人類を救ったのに、誰に知られることもないのか。自分で言いふらしたら、馬鹿扱いされるだろう。
 ・・・仕方ない、英雄は孤独だと相場は決まっている。
 米国は設計図を他に持っていないだろうか。引き金を引くことが可能な人間をいずれは探す当てることもあるだろうか。実際に稼働したのだから誰かに制作させてその人物に引き金を引かせることを考えないのだろうか。そうなった時、どうすればよいのだろう・・・。
 眠たい、今夜は取り敢えず寝よう。
 n氏は疲れた身体を布団に潜り込ませた。
 パジャマのポケットの中にゴキブリ用の小さな洗車機を確認しながら目をつぶった。















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