INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第一章 久遠なる記憶

激突 1

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 ぼんやりと開けてきた視界に、焔凱は深々とため息を付いた。とはいえ、実際に呼気が吐き出されるわけではない。
 
 あたり一面、闇の中。そこに、自分の体がほんのりと浮かび上がっている。
 
 手錠か何かで、腕や脚を拘束され、座らされている。ふと、右手の方に、馴染みある気配が立ち上がる。視線だけをそちらに向け、焔凱は口を開いた。
 
 ……おい、熾恩……ったく……お前のせいで……
 
 右手側に、同じように拘束され、座らされている熾恩の像が浮かび上がる。
 
 ……うっせえよ、オッさん……
 
 熾恩は、吐き捨てるように言った。言葉は、耳に入る音ではなく、直接、心に響いているように、焔凱は感じていた。
 
 焔凱が左手側を見遣ると、彼らと同じように、拘束され、座らされた、兵士らしき人の体が前のめりに、倒れ込んでいるのが見える。すると、左二つ隣りの男が、他の体に倣うように、前のめりに倒れ込む。首が無くなっている。頭を失った首から、滔々と、黒々とした液体のようなものが流れ出していた。
 
 二本の脚と、ギラギラと鈍い煌めきの刃が闇の中から浮き上がってくる。その影に包まれた処刑人が、左隣りの男の目の前で立ち止まった。
 
 熾恩の右隣には、刈り上げ頭の痩せこけた男が同様に座らされている。他よりも鮮明に闇に浮き立つ彼は、呆然としたまま、何やら命乞いを口にしていた。
 
 焔凱の左隣で、音も無く殺人儀式が始まる。
 
 ……チッ、何回目だよ、コイツに首、斬られんの……
 
 焔凱は、居心地悪そうに、首を振る。
 
 ……しゃあねぇだろ、コレしか手がねぇんだよ、こっから、あの船のいる次元に跳ぶにはよぉ! ……
 
 熾恩は、苛立ちを露わに言った。
 
 ……そりゃ、わかるが……いくら死なねぇったって、あんま気持ちいいもんじゃねぇ……なあ、もう戻ろう。ここまでしろとは、言われてねぇし……
 
 彼らの身体は、インナースペースで活動するための、思念の形。いわゆる念体だ。身体の構成情報である魂の外殻を成す『魄』を基に、強い意識集中によって、作り出す。
 
 彼らは、この思念体で潜り込んだ、哀れな兵士の心象世界の中で、僅かに<天仙娘娘>の気配を感じる、インナースペースの深部への糸口を模索している。兵士の壮絶な恐怖こそが、その鍵であると踏んだ彼らは、その心理的体験のトレースを試みていた。
 
 ……帰りたきゃ帰れよ! 念でも送って、飛煽に知らせりゃ、拾ってくれるさ! ……
 
 ……ふん、お前を見殺しにしたら、後味悪いだろうが……
 
 ……チッ! ……
 
 焔凱の正面で、処刑人の脚が止まる。黒々とした犠牲者の無念が、ギラつく刃から滴り落ちた。
 
 ……ほら、また来たぜ。行くならさっさと殺されろ……
 
 熾恩は、冷ややかに言い捨てた。
 
 ……ふぅ……しゃあねぇなあ、もう。先行ってるぞ……
 
 そう言いながら、焔凱は処刑人の手に自らの頭を委ねる。
 
 ……ああ! ……
 
 熾恩が答えるのと、焔凱の喉笛が斬り裂かれるのは同時だった。焔凱の目玉が飛び出さんばかりに見開かれると、そのまま彼の思念体は、闇の中へと消えていった。
 
 何事もなかったかのように、処刑人は熾恩の正面へと歩を進める。
 
 熾恩は、不敵な笑みを浮かべながら、首を突き出した。
 
 ……さっきより気配が変わってきている……ぜってえ、捕まえてやんぜ、異界船! ……
 
 
 ****
 
「どうなっている、あの二人は?」
 
 煌玲は、入室するなり、飛煽に問いただした。
 
 北京軍立病院、インナーミッションコントロールルームに足を踏み入れた煌玲の目の前で、熾恩と焔凱の身体は、彼らの仕掛けた装置の端末部を握りしめたまま、ぐったりと床に横たわっていた。その傍らで、斜視の瞳を寄らせた飛煽が、装置を通して、熾恩と焔凱の思念体を懸命に追跡している。
 
「ど~ぉもこうも。気配だけは感じるが~~。あっちこっち、あの患者の無意識領域で行ったり来たりよ……なかなか捕まえらんねぇ……」
 
「何をやっている?」「もっと深ぁ~く、潜る気さぁ~、ったく帰って来れなくなっても知らぁ~んぞ……」
 
 インナースペースの中で、活動を可能とする念体は、そこで発生する事象を肉体感覚、心理的感覚を伴って感知することができる。念体の手足をもがれようが、首を切られようが、彼らの肉体に残す、魂とのつながりが切れぬ限り修復され、念体は活動可能ではある。とはいえ、インナースペース内で、極度にその構成情報が失われたり、肉体に念体が戻れなくなってしまった場合、肉体はおろか、魂にまでダメージ(PSIシンドロームを発症したり、最悪、肉体死、魂情報の欠損、損失など)が及ぶ危険性もあるのだ。
 
 煌玲は、眉を顰め、しばし二人の残した肉体を見つめていた。
 
「熾恩のヤツ……飛煽! もうじき、IN-PSIDのシステムは稼働限界のようだ。そうなればアイツらの念体は、システムに閉じ込められる。早く見つけ出すんだ」
 
 煌玲のいつになく厳しい物言いに、飛煽の寄せていた斜視の瞳が、ゆっくりと左右へと戻っていった。
 
 
 ****
 
「黒龍……『共工』か……」
 
 藤川は、<アマテラス>が捉えた共工の姿を凝視したまま、呟いていた。<アマテラス>の波動収束フィールドによって与えられた形とはいえ、その圧倒的な存在感、威圧感は、まごうことなき龍であると、IMC、<イワクラ>でミッションを見守る皆は、思わずにはいられない。
 
「洪水神であり、鯀に並ぶ四罪の一柱。まさか……鯀と共工は同一神?」東は、中国古代神話の知識と照らし合わせ、疑問を口にする。
 
「共工は、事あるごとに洪水を起こし、天下に仇なしたというが、治水神としての側面もある……元は同神だったのやもしれん」
 
 藤川は、神話で語られる鯀と共工の類似性を思い返していた。
 
「……人の、水への畏れが集合した形……複合表象シンボルである龍の、一つの原型アーキタイプか……」
 
「動き始めた⁉︎」東が声を上げた。
 
 モニターを埋め尽くす龍体が、ゆっくりと螺旋を描きながら上昇してゆく。
 
『時空間連続変化率、上昇! 蛇体、及び周辺気流に次元震発生しています!』通信モニター越しに、サニが、観測状況を報告している。
 
「まさか……時空間転移⁉︎」カミラは、共工の動きに注視したまま言う。
 
「ああ、<天仙>が飲み込まれた時と同じ」解析を続けながら、アランは、カミラの声に答えた。
 
『……そうか! おそらく共工も、あの[ヤマタノオロチ]と同じだ。集合無意識に潜み、時代と時を超えて、人の想念に引かれて現象界に姿を現す。大河の如く、久遠の時を流れ続ける、共工……その源こそ……』「この時空間点! だから、ここに⁉︎」モニター越しの藤川が口にする推察の意味を、カミラは、直ちに理解した。
 
「追おう、隊長! コレを逃したら、<天仙娘娘>は!」
 
 直人の言うとおりだ。カミラは頷いて頷いて答える。
 
「アラン、共工とのPSI-Linkを、亜夢のシールド効果も入れ再計算!」「もう済んでる」
 
 振り返って一瞥するアランに、カミラは小さく微笑みで返すと、凛として顔を上げた。
 
「では、PSIバリアパラメータ、再サーモナイズ! 悪いけど亜夢、もう少し踏ん張ってね」『うん‼︎』
 
 <アマテラス>を覆うシールドに、再び熱が篭る。
 
『……共工……あの者の追跡は、我が……』「ええ、頼むわ」
 
 アムネリアのフォログラムは、再び腕を下方に伸ばし、空間の小波に集中する。
 
「総員、第一種戦闘配置のまま共工を追跡! ヤツへの突入の糸口を掴み次第、<天仙娘娘>の救助を敢行する!」
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