INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第一章 久遠なる記憶

記憶の間 3

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 <アマテラス>のブリッジモニターは、柔らかな日の光に包まれていた。
 
「ふう……何とかなったな……」ティムは安堵の溜息を漏らす。
 
「大丈夫か! アムネリア!」
 
 直人は、アムネリアのそばへと駆け寄る。身体を起こそうとするアムネリアへ、手を差し出すが、フォログラムで描かれた彼女が、直人と触れ合うことはない。
 
「あっ……」直人が隠すように手を引くと、アムネリアは、ただ静かに微笑んで見せた。
 
『はぁぁあ~~! やぁぁっっっっと、出て来れた~~!』亜夢を描くフォログラムが、伸びをして見せる。
 
 同じ肉体を共有する、"二人"の光像は、表情の違いはあれど、良く似ている。どちらの服装も、今、肉体が着用しているインナーノーツのユニフォームだ。もっとも、亜夢の方は、髪留めをせず、ザンバラ髪のままの姿で現れている。二人の見分けは、そう難しくはない……
 
「亜夢、ありがとう。助かったよ」
 
『なおと! 亜夢、ちゃんとできた⁉︎ 亜夢、すごい⁉︎』
 
 フォログラムの亜夢の、赤々と燃え立つ大きな瞳が、直人をじっと見つめる。
 
「あ、ああ。こっちはもう大丈夫だ」直人は、亜夢から視線を逸らしながら、冷ややかに言う。
 
「……もう、戻っていいよ」
 
『うん!』満面の笑みを浮かべている亜夢。
 
「………だから、早く身体に戻って……」
 
 直人は、少しだけ語気を強めて言った。ブリッジの仲間達は、成り行きをじっと見守っている。
 
『うん‼︎』亜夢の音声変換された、魂の声は、先ほどより元気だ。
 
「亜夢!」
 
 亜夢は、眉を吊り上げた直人に、臆することなく、不気味なほどニコニコ笑っている。直人と亜夢の瞳が、もう一度、合った瞬間、亜夢のフォログラムは、火柱に変容し、足下のフォログラム投影機の発光部に溶け込むようにして、姿を消す。
 
「あ⁉︎」っと直人が言うのも束の間。亜夢の声が、ブリッジに響く。
 
『亜夢! もっと頑張るよ!』

『……亜夢、何でもするよ!』
 
「こ、こら!」直人は、亜夢の声が聞こえる方へ、右に左に頭を振って、彼女を探すも、姿を見せるはずもない。まるで言うことを聞かない、娘のイタズラに翻弄される父親のような直人に、サニにはほくそ笑む。
 
 そうこうしているうちに、アランの席にある、機関監視モニターのエネルギーゲージが、徐々に上がっていく。
 
「ん、第二PSIパルス融合炉が⁉︎」異変に気づいたアランが声を上げる。
 
「どうした、アラン?」「……乗っ取られた……」「はぁ⁉︎」カミラも、困惑顔だ。
 
『ここ、あったかいねー! 亜夢、ここ好きぃ! ここに居る!』
 
「えっ! だ、ダメだってば! 早く帰るんだ!」
 
 亜夢の声の聞こえる方へ、直人は叫ぶ。
 
『亜夢、直人を困らせては……戻りなさい』アムネリアも、珍しく狼狽している。
 
『やーだもーん! べー!』
 
「ベェ⁉︎」ティムは、思わず吹き出していた。
 
「もう、センパイの負けね。いいんじゃない? <アマテラス>もパワーアップするってもんよ」サニも呆れて言う。
 
「けど! 二人とも、身体から離れたら……」『それなら……』心配を露わにする直人の言葉を遮り、モニターに顔を寄せているのは、アルベルトだ。
 
『リンクさえ切れなければ、二、三時間程度は何とかなるぞ。"こんなこともあろうか"と、[亜夢ちゃんスペシャルリンクプログラム]を組み込んでおったのだ!』
 
「あ、亜夢ちゃん?」カミラは眉を寄せる。嬉々としているアルベルトに、皆の冷ややかな視線が集まるが、彼は得意満面だ。
 
「ひっでえネーミング……」顔を手で押さえ、首を二、三度振って苦笑するティム。
 
『これは、アムネリアと亜夢のPSIパルスを保護カプセルに保持させてだな』「はいはい、おやっさん! そのくらいでいいぜ!」アルベルトの解説は、ティムに無慈悲に打ち切られた。
 
「仕方ない、同行を許可します」カミラは呆れながら言った。
 
『わぁああ~~』晴れ渡る空を見上げたような亜夢の感嘆が漏れ聞こえる。

「た、隊長⁉︎」直人の抗議の声を片手で制し、カミラはもう一言付け加えた。
 
「ただし。危なくなったら、すぐ帰るのよ」『は~~い!』
 
「……」直人が、続ける言葉を見失い、渋々と自席に戻ったその時、探知目標確認音が、ブリッジに響く。
 
「これは! 微量のPSIパルス通信信号! ……やはり!」アランはすぐに確認に入る。
 
 インナーノーツの一同に緊張が戻ってくる。
 
「アラン?」「ああ、<天仙娘娘>だ。ようやく<天仙娘娘>の通信信号をキャッチできたぞ!」
 
 モニター正面の向こうから、顔が影で覆われた大男が、近づいてくるのが見える。あの"鯀"と呼ばれていた男だ。
 
「……やはり……それらしい反応は、何度かあったが……あの男のPSIパルスに紛れていて、判然としなかったのだが……」
 
 鯀の後ろには、宮中の者達、そして、おそらく鯀、娃によく似た少女の姿も見える。皆、喜びに顔を綻ばせているようだ。
 
 時空間転移による時間軸パラメーターから、娃が、閉じこもって約五年が経過していることがわかる。王宮の喜びが、ひとしおであるのは、想像に難くない。
 
「それじゃあ、<天仙娘娘>は、あの『鯀』という男に?」モニターの鯀を見詰めたまま、ティムが問う。「ああ、PSIパルス同期しているのだろう」
 
「アラン、呼びかけは?」「やっている! だが……」
 
『お……お母様ぁああ! 会いたかったよぅ~~』『娃!』
 
 子供と、鯀が駆け寄ってくる。
 
『寄るでない‼︎』
 
 娃の発した声に、子はその場で硬直し、鯀も踏み留まった。その場の喜びは、一瞬で消え失せ、変わって緊張があたりを包む。
 
『娃…………』鯀は困惑しているようだ。アムネリアのフォログラムが、苦悶に顔を歪めている。
 
「何度やっても、メッセージがキャンセルされる……」アランの試みも、失敗が続いていた。
 
『拒んでいる……娃は……頑なに……』
 
 アムネリアは、自分の身体を抱きしめるようにして、わずかに震えている。
 
「娃の意志?」カミラは眉を顰める。「こちらが彼女にPSIパルス同期している以上、彼女の意志の影響下だ」
 
「なら、あっちの男の方に、同期すりゃいいんでない? 時空間転移でサクッといこうぜ」あっけらかんにティムが言う。理には適っている。
 
「そうね、それなら! サニ、この位置なら目標座標を割り出せるはず」カミラは、すぐに判断した。
 
「了解! ……座標特定! 副長」「よし、パラメータPSIバリアへセット! 時空間転移開始」
 
『……ならぬ……まだ……』
 
 苦しげなアムネリアの声に、直人が振り返ると、時空間転移に揺らぎ始めていたモニターの映像が元に戻ってゆく。
 
「パラメータが! 時空間転移リセット!」「えっ、どういうこと⁉︎」「わからん。だが、やはりこの魂の意志としか……」アランは困惑してカミラに答える。
 
「ちっ、もう少し、このドラマに付き合えってか」ティムが、操縦桿を軽く小突きながら言い捨てる。
 
「そのようね」目の前の大男の顔の影が、より深くなっているように、カミラには見えた。
 
「伝えたい事が……ある。そうなんだね、アムネリア?」
 
 直人の問いかけに、アムネリアは頷くと、フォログラムから姿を消す。入れ替わるように、娃の姿が、フォログラムの中にゆっくりと浮かび上がってきた。
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