INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
上 下
267 / 293
第一章 久遠なる記憶

運命の岐路 4

しおりを挟む
 人足らが突然、騒ぎ出す。モニターの視点がそちらに移動した。
 
『こ、鯀様! あそこ! 人がまだ!』『なに⁉︎』
 
 やや低地の林に十数名の人影が見える。兵士らと、それに連行される人足達。
 
『あれは……』
 
 人足らは、兵士らに必死に抵抗しているようだ。だが、殴り蹴られ、無理矢理引き摺られていく。兵士らは、憐れな人足らを無造作に、林の木々へと縛り付ける。
 
 反対に目をやれば、今にも崩れそうな工事中の土手が見える。そこが破れれば、その林の一帯も濁流に飲み込まれるのは必至だ。
 
 その兵らを指揮する、背丈の高い、細身の男に目が留まると、鯀は走り出していた。
 
『鯀様‼︎』『危ねえ、戻ってけろ‼︎』
 
 人足らが呼び止めるも、鯀はすでに高台を駆け降り、その細身の男の元へと辿り着く。
 
『相柳‼︎ なんの真似だ!』
 
 背中側から強引に、鯀はその男の肩を掴み、向き直らせた。
 
 二重の切長の目、白い肌を持つその男は、絶世の美女とも見紛う美貌を持つ。珍しい、赤毛が混じった長髪を背中側で束ねている。モニターに浮かび上がったその姿に、<天仙娘娘>チームは、皆息を呑む。(ただし、智愛を除く)
 
『鯀殿。見ての通りですよ。"息土(人柱)"にて……』
 
 相柳と呼ばれた細身の男は、表情一つ変えず、淡々と答えた。
 
『なんだと⁉︎』
 
『帝の御意向にございます。鯀殿の治水がぬかりし折は、息土をもって鎮めよ……と』
 
『堤の一つが崩れただけだ! 儂等はまだ!』
 
『では、いつになれば……』『今、そんなことは!』鯀は、相柳の胸ぐらを掴んで声を荒げた。
 
『うっ』喉元の圧迫に、相柳は苦悶の色を浮かべた。鯀は慌てて手を離す。
 
『す、すまぬ、相柳……水が引いたら、この辺りにいんを施す。さすれば……』『……鯀殿。帝は痺れを切らされておいでです。私ももう庇い立てできぬ……この者らの犠牲で、帝の御心が幾らかでも休まるなら……』
 
 乱れた胸元を整え、相柳は、淡々と言葉を吐き出す。全く、感情の起伏が見えない。
 
 一方、鯀を描くフォログラムは、身体を震わせている。モニターは、木々に縛り付けられてなお、もがき、喚き散らして助けを懇願する人足らを映し出していた。
 
 すると、モニターには、また別の景色が、オーバーラップしてくる。眼下に大河を見下ろす、この高台とよく似た光景だ。

 
 ……万物にはのう……全て、因と果がある……
 
 大河を見詰めたまま、小柄な老人が語り出す。その体躯は、小さいながら、鍛えぬかれた筋肉はまだ衰えを見せない。
 
 ……因と果……
 
 問いかける鯀の声には、まだ幼さが残る。見回せば、何人かの若者が、鯀と同様に、老人の言葉に、熱心に耳を傾けている。
 
 ……左様……治水も同じじゃ……
 
 視線の中に、土を盛って作られた地形模型が現れる。柄杓で桶から水を汲んだ老人は、その模型の中で、最も高い山へと水を注ぐ。
 
 …………高きところに水があれば……当然、低き地へと流れる……
 
 大雨が降ったかのように、水は山の一部を削りながら、下方へと流れていく。
 
 ……堰や谷間があれば、水は流れを変える……
 
 集落を意図したような、石積みの方へ水が流れる。老人は、迷う事なく一点を見極め、そこへ木片を立てた。木片によって水は流れを変え、集落の脇を通り抜けてゆく。
 
 ……治水とは、流れの因となるツボを見極めること……ただそれだけじゃ……
 
 老人は、また一つ、また一つと木片を置く。若者らは、老人が思うように水の流れを変えてゆくので、思わず感嘆のため息を漏らしていた。
 
 老人は、手を止め顔を上げると、再び語り出す。
 
 ……古より、天地の振る舞いは、神のお怒りだと、人は恐れ慄き、怒りを鎮めようと、祈り、占い、そして生贄に頼ってまいった……いつしか、それは本質を見失った、悪質な権威を生んだ……
 
 梟のような丸く鋭い老人の両眼が、こちらをじっと見つめる。
 
 ……それを正したのが、貴方様のご先祖……顓頊せんぎょく公であらせられる。悪しき神々を退け、正しき知恵による統治を重んじられ、このクニは栄えたのです……
 
 ……昨今の空の異様、河川の氾濫、飢饉……苦しみから人々はまた、古き神々を奉じるようになった……嘆かわしいことじゃ……
 
 ……これら皆、全て因があること……それを明かす時は、最早、この老耄にはありませぬが、……貴方様なら必ずできましょう……尤殿……
 
 ……先生……
 
 激しい地響きの音にかき消されるように、モニターから老人の姿が霧散する。堤の崩れた箇所を水が乗り越え、鯀らのいる林の方へと向かってくる。
 
『親方ぁああああ! 水が、水が来る!』
 
『ああああ!』『お助けを‼︎』『死にたくない‼︎』
 
 相柳の兵らは、危険を察知するなり、方々へ駆け出す。縄打ちが甘かった生贄らも逃げ出すが、誰もお構いなしだ。だが、十名ほどはまだ、木に縛り付けられたまま、必死にもがいている。
 
『くっ! 生贄など無意味! 相柳、すぐに皆の縄を解け!』『無理をおっしゃいますな!』
 
『くそ!』
 
 黒曜石のナイフを取り出すと、鯀は林の方へと駆け出した。
 
『親方!』『お前達も手伝え!』鯀の声は、否応無く彼の仲間たちを奮い立たせる。迷いなく彼らは、縄に捕らえられた人足らを解放していった。
 
『ならぬ! 息土は皆、帝のもの! 勝手は許されませぬぞ、鯀殿!』『相柳様! もう水が! 早くこちらへ‼︎』
 
 鎌首をもたげた暴れ水が、頭上高く迫る。鯀は、構わず最後の一人の縄を切ってやった。
 
『早く逃げろ!』生贄の人足は無我夢中で、その場から離れる。鯀もまた、駆け出すが、時すでに遅く、土砂を含んだ大量の水塊が、容赦なく鯀を飲み込んでゆく。
 
『親方ああああ!』
 
 激しい水流と、土砂が鯀を襲う。
 
 その衝撃は、同調を保つ<天仙娘娘>にも伝わる。何とか体勢を保ちつつ、必死に耐える<天仙娘娘>のブリッジが、再び暗闇に包まれた。

……  ……
 
「何⁉︎」「聞こえる……?」
 
「えぇ……」
 
 音声変換されない、意識の奥底から湧き上がる何かが、語りかけてくる感覚を<天仙娘娘>チームの皆は、息を殺して受け止める。
 
 ……神は死なぬ……人が、人たらんとする限り……
 
 ……無力な人よ……畏れよ……
 
 凍りそうな寒気が、皆の身体を襲う。
 
『……なんだ、お前は⁉︎……』
 
 顔、なのだろうか? 岩石のような塊が割れ、真っ赤な流血らしき筋が現れ、その先の空間にふたつの眼窩のようなものがぼんやりと見える。
 
 ……畏れよ! ……
 
 闇の奥で、黒い何かが蠢いては、轟々と音を立て、その表面で、魚の鱗のようなものが見え隠れしながら、輝石のように煌めいている。
 
『……人は……儂は、負けぬ! ……』
 
 ……畏れよ‼︎ ……

 
 ——モニターに、朧気ながら、映像が蘇る。ぼんやりとしているが、仲間達の、心配と安堵が入り混じった覗き込む顔が並んでいるように見える。
 
 フォログラムの様子を見れば、鯀は水流の中から、何とか救助され、仰向けに、地べたに寝かせられているようだ。
 
『……生きて……おるのか……』
 
 稲光が走り、轟音が鳴り響く。
 
 ……畏れよ……
 
 あの声は、まだ響いている。
 
『くそっ‼︎』鯀は、拳を地面に叩きつけていた。
 
 八卦羅針盤の針がまた、くるくると回り始める。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

時ノ糸~絆~

汐野悠翔
歴史・時代
「俺はお前に見合う男になって必ず帰ってくる。それまで待っていてくれ」 身分という壁に阻まれながらも自らその壁を越えようと抗う。 たとえ一緒にいられる“時間”を犠牲にしたとしても―― 「いつまでも傍で、従者として貴方を見守っていく事を約束します」 ただ傍にいられる事を願う。たとえそれが“気持ち”を犠牲にする事になるとしても―― 時は今から1000年前の平安時代。 ある貴族の姫に恋をした二人の義兄弟がいた。 姫を思う気持ちは同じ。 ただ、愛し方が違うだけ。 ただ、それだけだったのに…… 「どうして……どうしてお主達が争わねばならぬのだ?」 最初はただ純粋に、守りたいものの為、己が信じ選んだ道を真っ直ぐに進んでいた3人だったが、彼等に定められた運命の糸は複雑に絡み合い、いつしか抗えない歴史の渦へと飲み込まれて行く事に。 互いの信じた道の先に待ち受けるのは――? これは後に「平将門の乱」と呼ばれる歴史的事件を題材に、その裏に隠された男女3人の恋と友情、そして絆を描く物語。

銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児

潮崎 晶
SF
数多の星大名が覇権を目指し、群雄割拠する混迷のシグシーマ銀河系。 その中で、宙域国家オ・ワーリに生まれたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、何を思い、何を掴み取る事が出来るのか。 日本の戦国時代をベースにした、架空の銀河が舞台の、宇宙艦隊やら、人型機動兵器やらの宇宙戦記SF、いわゆるスペースオペラです。 主人公は織田信長をモデルにし、その生涯を独自設定でアレンジして、オリジナルストーリーを加えてみました。 史実では男性だったキャラが女性になってたり、世代も改変してたり、そのうえ理系知識が苦手な筆者の書いた適当な作品ですので、歴史的・科学的に真面目なご指摘は勘弁いただいて(笑)、軽い気持ちで読んでやって下さい。 大事なのは勢いとノリ!あと読者さんの脳内補完!(笑) ※本作品は他サイト様にても公開させて頂いております。

銀河戦国記ノヴァルナ 第2章:運命の星、掴む者

潮崎 晶
SF
ヤヴァルト銀河皇国オ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナ・ダン=ウォーダは、争い続けるウォーダ家の内情に終止符を打つべく宙域統一を目指す。そしてその先に待つものは―――戦国スペースオペラ『銀河戦国記ノヴァルナシリーズ』第2章です。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

超能力者の私生活

盛り塩
SF
超能力少女達の異能力バトル物語。ギャグ・グロ注意です。 超能力の暴走によって生まれる怪物『ベヒモス』 過去、これに両親を殺された主人公『宝塚女優』(ヒロインと読む)は、超能力者を集め訓練する国家組織『JPA』(日本神術協会)にスカウトされ、そこで出会った仲間達と供に、宿敵ベヒモスとの戦いや能力の真相について究明していく物語です。 ※カクヨムにて先行投降しております。

処理中です...