INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

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第一章 久遠なる記憶

運命の岐路 4

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 人足らが突然、騒ぎ出す。モニターの視点がそちらに移動した。
 
『こ、鯀様! あそこ! 人がまだ!』『なに⁉︎』
 
 やや低地の林に十数名の人影が見える。兵士らと、それに連行される人足達。
 
『あれは……』
 
 人足らは、兵士らに必死に抵抗しているようだ。だが、殴り蹴られ、無理矢理引き摺られていく。兵士らは、憐れな人足らを無造作に、林の木々へと縛り付ける。
 
 反対に目をやれば、今にも崩れそうな工事中の土手が見える。そこが破れれば、その林の一帯も濁流に飲み込まれるのは必至だ。
 
 その兵らを指揮する、背丈の高い、細身の男に目が留まると、鯀は走り出していた。
 
『鯀様‼︎』『危ねえ、戻ってけろ‼︎』
 
 人足らが呼び止めるも、鯀はすでに高台を駆け降り、その細身の男の元へと辿り着く。
 
『相柳‼︎ なんの真似だ!』
 
 背中側から強引に、鯀はその男の肩を掴み、向き直らせた。
 
 二重の切長の目、白い肌を持つその男は、絶世の美女とも見紛う美貌を持つ。珍しい、赤毛が混じった長髪を背中側で束ねている。モニターに浮かび上がったその姿に、<天仙娘娘>チームは、皆息を呑む。(ただし、智愛を除く)
 
『鯀殿。見ての通りですよ。"息土(人柱)"にて……』
 
 相柳と呼ばれた細身の男は、表情一つ変えず、淡々と答えた。
 
『なんだと⁉︎』
 
『帝の御意向にございます。鯀殿の治水がぬかりし折は、息土をもって鎮めよ……と』
 
『堤の一つが崩れただけだ! 儂等はまだ!』
 
『では、いつになれば……』『今、そんなことは!』鯀は、相柳の胸ぐらを掴んで声を荒げた。
 
『うっ』喉元の圧迫に、相柳は苦悶の色を浮かべた。鯀は慌てて手を離す。
 
『す、すまぬ、相柳……水が引いたら、この辺りにいんを施す。さすれば……』『……鯀殿。帝は痺れを切らされておいでです。私ももう庇い立てできぬ……この者らの犠牲で、帝の御心が幾らかでも休まるなら……』
 
 乱れた胸元を整え、相柳は、淡々と言葉を吐き出す。全く、感情の起伏が見えない。
 
 一方、鯀を描くフォログラムは、身体を震わせている。モニターは、木々に縛り付けられてなお、もがき、喚き散らして助けを懇願する人足らを映し出していた。
 
 すると、モニターには、また別の景色が、オーバーラップしてくる。眼下に大河を見下ろす、この高台とよく似た光景だ。

 
 ……万物にはのう……全て、因と果がある……
 
 大河を見詰めたまま、小柄な老人が語り出す。その体躯は、小さいながら、鍛えぬかれた筋肉はまだ衰えを見せない。
 
 ……因と果……
 
 問いかける鯀の声には、まだ幼さが残る。見回せば、何人かの若者が、鯀と同様に、老人の言葉に、熱心に耳を傾けている。
 
 ……左様……治水も同じじゃ……
 
 視線の中に、土を盛って作られた地形模型が現れる。柄杓で桶から水を汲んだ老人は、その模型の中で、最も高い山へと水を注ぐ。
 
 …………高きところに水があれば……当然、低き地へと流れる……
 
 大雨が降ったかのように、水は山の一部を削りながら、下方へと流れていく。
 
 ……堰や谷間があれば、水は流れを変える……
 
 集落を意図したような、石積みの方へ水が流れる。老人は、迷う事なく一点を見極め、そこへ木片を立てた。木片によって水は流れを変え、集落の脇を通り抜けてゆく。
 
 ……治水とは、流れの因となるツボを見極めること……ただそれだけじゃ……
 
 老人は、また一つ、また一つと木片を置く。若者らは、老人が思うように水の流れを変えてゆくので、思わず感嘆のため息を漏らしていた。
 
 老人は、手を止め顔を上げると、再び語り出す。
 
 ……古より、天地の振る舞いは、神のお怒りだと、人は恐れ慄き、怒りを鎮めようと、祈り、占い、そして生贄に頼ってまいった……いつしか、それは本質を見失った、悪質な権威を生んだ……
 
 梟のような丸く鋭い老人の両眼が、こちらをじっと見つめる。
 
 ……それを正したのが、貴方様のご先祖……顓頊せんぎょく公であらせられる。悪しき神々を退け、正しき知恵による統治を重んじられ、このクニは栄えたのです……
 
 ……昨今の空の異様、河川の氾濫、飢饉……苦しみから人々はまた、古き神々を奉じるようになった……嘆かわしいことじゃ……
 
 ……これら皆、全て因があること……それを明かす時は、最早、この老耄にはありませぬが、……貴方様なら必ずできましょう……尤殿……
 
 ……先生……
 
 激しい地響きの音にかき消されるように、モニターから老人の姿が霧散する。堤の崩れた箇所を水が乗り越え、鯀らのいる林の方へと向かってくる。
 
『親方ぁああああ! 水が、水が来る!』
 
『ああああ!』『お助けを‼︎』『死にたくない‼︎』
 
 相柳の兵らは、危険を察知するなり、方々へ駆け出す。縄打ちが甘かった生贄らも逃げ出すが、誰もお構いなしだ。だが、十名ほどはまだ、木に縛り付けられたまま、必死にもがいている。
 
『くっ! 生贄など無意味! 相柳、すぐに皆の縄を解け!』『無理をおっしゃいますな!』
 
『くそ!』
 
 黒曜石のナイフを取り出すと、鯀は林の方へと駆け出した。
 
『親方!』『お前達も手伝え!』鯀の声は、否応無く彼の仲間たちを奮い立たせる。迷いなく彼らは、縄に捕らえられた人足らを解放していった。
 
『ならぬ! 息土は皆、帝のもの! 勝手は許されませぬぞ、鯀殿!』『相柳様! もう水が! 早くこちらへ‼︎』
 
 鎌首をもたげた暴れ水が、頭上高く迫る。鯀は、構わず最後の一人の縄を切ってやった。
 
『早く逃げろ!』生贄の人足は無我夢中で、その場から離れる。鯀もまた、駆け出すが、時すでに遅く、土砂を含んだ大量の水塊が、容赦なく鯀を飲み込んでゆく。
 
『親方ああああ!』
 
 激しい水流と、土砂が鯀を襲う。
 
 その衝撃は、同調を保つ<天仙娘娘>にも伝わる。何とか体勢を保ちつつ、必死に耐える<天仙娘娘>のブリッジが、再び暗闇に包まれた。

……  ……
 
「何⁉︎」「聞こえる……?」
 
「えぇ……」
 
 音声変換されない、意識の奥底から湧き上がる何かが、語りかけてくる感覚を<天仙娘娘>チームの皆は、息を殺して受け止める。
 
 ……神は死なぬ……人が、人たらんとする限り……
 
 ……無力な人よ……畏れよ……
 
 凍りそうな寒気が、皆の身体を襲う。
 
『……なんだ、お前は⁉︎……』
 
 顔、なのだろうか? 岩石のような塊が割れ、真っ赤な流血らしき筋が現れ、その先の空間にふたつの眼窩のようなものがぼんやりと見える。
 
 ……畏れよ! ……
 
 闇の奥で、黒い何かが蠢いては、轟々と音を立て、その表面で、魚の鱗のようなものが見え隠れしながら、輝石のように煌めいている。
 
『……人は……儂は、負けぬ! ……』
 
 ……畏れよ‼︎ ……

 
 ——モニターに、朧気ながら、映像が蘇る。ぼんやりとしているが、仲間達の、心配と安堵が入り混じった覗き込む顔が並んでいるように見える。
 
 フォログラムの様子を見れば、鯀は水流の中から、何とか救助され、仰向けに、地べたに寝かせられているようだ。
 
『……生きて……おるのか……』
 
 稲光が走り、轟音が鳴り響く。
 
 ……畏れよ……
 
 あの声は、まだ響いている。
 
『くそっ‼︎』鯀は、拳を地面に叩きつけていた。
 
 八卦羅針盤の針がまた、くるくると回り始める。
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