INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
260 / 293
第一章 久遠なる記憶

畏れ、そして愛 2

しおりを挟む
『なぜ、戻って参った? なんだ、その穢らわしい者どもは?』
 
 赤や青緑、紫……色とりどりの鳥の羽で覆われた衣裳と、被り物に身を包んだ老婆は、太陽を背に祭壇の上から見下ろす。
 
 <アマテラス>ブリッジの中央モニターに映し出された、その神と見まごうばかりの老婆を皆、固唾を飲んで見守る。
 
 フォログラムが描き出す、長い黒髪の少女、娃は、膝立ちのまま、口を開いた。
 
『王太母様……昨今の訴えどおり……田畑の荒廃は深刻です。天の力衰え、地は痩せるばかり。飢えるは、森の神々とて同じ。故にこの天地の変動は、森の神々の怒りにあらず……生贄をもってしても、治めること叶いませぬ』『なに……』
 
『北より参りし、博識なこの者たちに教えられました』
 
 娃に付き従う鯀らの一行も、膝を落として頭を下げ、表敬する。その傍らには、同じく生贄として、娃の供を申し付けられた幼い少女らが、震えたまま土下座していた。
 
『私はともかく、この幼き、弱き女子供の命だけでもお助けください』
 
『……儂の言葉より、その者たちの言葉を信ずるか? たわけ!』影になった老婆の顔の中で、血の色をした口だけが自在に蠢いている。
 
『ヒメは己の命可愛さに、神への奉仕を忘れ、穢らわしき者らを招き入れた! 皆のもの、裁きを!』
 
 高らかに発せられた老婆の声は、祭祀場に行き渡る。
 
『殺せ!』『ヒメに裁きを!』祭祀場に集った痩せこけた人々が、熱に浮かされたように次々と声を上げ、祭祀場は騒然となる。王族らは、その群衆の声に、ある者は目を閉じ、ある者は耳を塞ぐ。娃が父と呼んだ男は、膝に置いた拳を硬く握り、俯いたまま震えている。
 
『……許せ……其方らを救うこと……やはり叶わぬようだ……』娃は、静かに怯えた幼い少女らに声をかけ、そっと目を閉じかけたその時、再び娃の目の前に、岩山の影が現れる。
 
『待てぇえぇええ‼︎』
 
 鯀の地響きのような野太い声が、祭祀場を揺らす。同時に、娃と幼な子らを守るように、彼の従者らが迅速に円陣を組む。
 
『神など所詮、獣! 見るがいい‼︎』
 
 鯀は、祭祀場にまで運んできた荷を解くと、切り落とした大蛇の首を取り出す。猛獣退治の首級として、交易の交渉材料になると踏み、持ち込んでいたものだ。
 
 鯀は、蛇首を石槍に突き刺し、高らかに掲げる。恨めしそうに半開きになった蛇の口からは、血が、ポタポタと滴り落ちる。
 
『おおおぉ……なんと⁉︎』『か、神が……』
 
 先ほどまで、娃らの処刑を訴えていた者らは、一転、恐怖に慄き、ある者は腰を抜かし、ある者は土下座して許しをこう。
 
『このとおり、お主らの神は死んだ! これでもまだヒメを殺すか⁉︎』
 
 鯀が蛇首を見せ付ける度、皆、怯み、恐れ慄いて後退りする。鯀は荷の中から、蛇の胴の切身を一つ、仲間から受け取ったもう一本の石槍で突いて取ると、群衆の間を縫って、祭祀場中央の聖なる火へと近づく。
 
『な、何をするか⁉︎ええい、こやつらを殺せ!』
 
 老婆は祭壇の上から怒鳴り散らす。兵らは鯀を取り囲もうとするが、神の身体を盾にされ身動きできない。
 
『役立たず供が!』
 
『神に喰われるくらいなら、喰っちまった方がいいわ!』鯀は、燃え盛る聖火の脇に石槍を立て、蛇の頭と身を火に掛ける。
 
『ひゃああぁあぁ‼︎ 何という、怖ろしき事を! 何をしている! 其方、王であろう! こやつらを打ち殺せ!』王太母は、祭壇から娃の父である男を睨みつけ、罵倒するような口調で命じた。
 
『は、義母はは上! くっ……』
 
 王は、やむ無く立ち上がると、控えていた兵士から石槍をとり、鯀の背後に近づく。父の動きに気づいた娃は、鯀の従者らの守りを抜け出し、両腕を広げて立ち塞がった。
 
『おやめください、父上!』
 
『娃‼︎ ……そこをどけ!』
 
『ええい、ヒメも同罪じゃ! 殺せぇ!』血眼の王太母が叫ぶ。
 
『娃‼︎』『……父上……』
 
『もとより生贄に捧げた娘ぞ! 殺せ!』
 
 父王の構える槍の先が震え出す。娃は、真っ直ぐに父親を見据えていた。脱力した王は、石槍を落とす。
 
『……できぬ……其方を屠るなど……』
 
『王‼︎ 其方まで⁉︎』王太母は、歯軋りする。
 
『皆のもの! 王太母の力、既に衰え、予言成就ならぬ年月を数えるばかり!』王は、力強く言い放つ。
 
『見よ、森の神は討ち取られた。いたずらに犠牲者を増やすばかりの祭祀など、取りやめだ! これは王命ぞ!』群衆は皆、その場に平伏す。
 
 王は、祭壇の王太母へと向き直る。
  
『おのれぇ~~、王よ、この義母ははを愚弄するか?』
 
『義母上……長年の苦節……お疲れ様にございました。奥へお下がりください』
 
『貴様ぁ~~』『お下がりください』
 
 王の合図で、彼の手勢が、祭壇へと駆け寄る。抵抗は無駄と悟った王太母は、背筋を伸ばし祭壇から降りると、鳥羽根の被り物を打ち捨て、娃、王、そして鯀らを達観したような目つきで見据えた。
 
「……神は死なぬ……いずれ神罰が、其方らを襲うであろう……」
 
 老婆は、そう言い残すと、兵らに伴われ、その場から姿を消した。
 
 一部始終を見届けた鯀は、鼻先に、香ばしい香りがまとわりついてくるのを感じる。
 
『おっ⁉︎ いい具合じゃねぇか。たまらんなぁ』
 
 皮に骨が浮かび上がる群衆らは、臭いに釣られ、食料へと変貌しつつある神の肉に、一人、また一人と魅了されていく。
 
『よし、お前たち、残りの切り身も焼け! 残りの食糧も、腹ペコの民に振る舞うぞ!』

鯀の豪快な号令に、皆はさっそく、獲物の調理にかかり出す。

『方々、礼を申す。度重なる凶作で、民らの飢えを満たす事叶わず……この子らの母も……』父王が、鯀とささやかな食を共にしながら語り合っている。娃は、その傍らで、彼らの会話に耳を傾けているようだ。
 
『太母の神託に一縷の望みをかけ、娃を生贄に差し出したのだが……』 
 
 鯀らの持ち込んだ食糧は、少量ずつではあったが、民に配られ、彼方此方で感謝と喜びの声が上がっていた。
 
『一時凌ぎだが、それでも腹が膨れれば、皆の不満も下がろうというもの』
 
 聖火に掛けられた蛇肉が、パチパチと音を立て、肉の焼ける香りを醸し出す。鯀はさっと立ち上がると、蛇肉の焼け具合を丹念に見回す。
 
『さぁ焼けたぞ! うむ……これは、何とも美味! さぁ、娃殿!』
 
 鯀は黒曜石のナイフで、蛇肉の焼け具合の良い所を切り取ると、彼らが所持していた塩を軽く振って、葉で包んで娃に差し出した。
 
『わ……私は……』
 
『大丈夫、毒もない! 貴女が食さねば、皆、気遅れする。これは、神の施し……さぁ』
 
 娃は蛇肉を受け取ると、恐る恐る口へ運び、一口かじる。
 
『……これは……』『どうじゃ?』
 
『ひ、ヒメ様……』生贄から解放された幼き少女達は、不安に顔を顰めながら娃を見守る。
 
『美味しい……このような味わいは初めて……』
 
 フォログラムの娃は、目を丸めてもう一口頬張っていた。
 
『おお、ヒメの味覚に叶ったぞ! 皆も、さあ食った、食った!』
 
 鯀が高らかに宣言すると、民らは待ってましたとばかりに、列を作る。焼き方に回った従者らはてんてこ舞いだ。
 
 鯀は、その様子を満足気に笑いながら眺めていた。
 
『……交易に参ったと言ったな……だが、このとおり。我が都は衰退の一方だ』
 
 鯀の背に、王が言葉を投げかける。
 
『今、天下は、どの地も似たようなものです』『だが、其方らは多くの食糧を……』
 
『元々、寒い地域に根付いた作物だ。中原は既に、そうした作物の増産に力を入れている。保存も効くしのう』
 
 鯀は、手にしていた蛇肉を勢いよく噛み切った。
 
『……我らは、先祖伝来の、この地の恵に甘んじ、昨今の冷え込みに備えがなかった……おまけに、洪水の頻発。利水を優先に築かれたこの地は、水害には脆い……この都も終いじゃ』
 
『王よ……』
 
 モニターの中で、ゆっくりと鯀は王に向き直る。娃は、父王と鯀を静かに見守っている。
 
 鯀はゆっくりと口を動かし、言葉を続け、浮遊が同様の口調で通訳する。
 
『なれば、我らに任せてみぬか?』
 
『鯀殿……あなた方はいったい……』
 
 すると<アマテラス>のモニターの映像は、ゆっくりとオーバーラップのような移り変わりを見せ始める。
 
「PSIパルス感応に偏向あり! パラメーター微小変異!」アランが状況を伝える。
 
「いいわ、この娘の意志に従いましょう! PSIバリア自動同期セット!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...