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第一章 久遠なる記憶
混淆 5
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そのトンネルは、細く長く続いていた。
地底には、隠された王国がある……どこまでも続く暗闇は、そんな伝説を想起させられる。天井に、点々と配置された照明は、必要最低限の明るさを湛え、それらに照らされた大型の換気扇を時折、闇に浮かび上がせていた。
ここを走る連絡車両は、型落ちしたレスキュー隊の災害支援輸送車を改装した簡素なもの。時空間制御機能を持たない、車輪を地につけた車だ。タイヤの回転からくる振動が、固い椅子から伝わってくる。
トンネルに入って十分も経つであろうか、一向に抜け出る気配がない。
「……煌玲は何と?」
豊かな長い白髪を背に垂らし、同様に長い髭を蓄えた老人は、虚に窓の外の闇を眺めたまま尋ねた。
「……IN-PSID China、新システムへの侵入準備は滞りなく……」
対面に座る尼僧姿の女が答える。車体の揺れにも、一切姿勢を崩さず、手のひらの通信端末の工学形成ディスプレイを見つめていた。
「そうか。ムサーイドの情報も役に立つものだ」風辰翁と呼ばれるその白髪の老人は、気だるそうに言う。
その尼僧の女、夢見頭は、風辰翁には相槌一つ打つことなく、無言のままだった。
「不服そうであるな」
風辰翁は、正面を向き尼僧をじっと見据える。夢見頭は軽く掌を握り、ディスプレイを閉じた。
「此度の火雀へのご命令……翁にしては、いささか手緩いかと……」夢見頭は、視線を落としたまま、呟くように言った。
「神子があの船に宿るとわかれば、余計な手出しは、かえって仇となる。神子と我らは、信頼で結ばれねばならんのだ」
風辰翁の言葉に、夢見頭は顔を上げる。
「ですが……かの異界船……あの船は、古より我らが護りし秩序を脅かしかねない存在! 見過ごしては」「ふん、カビの生えた古き秩序など。神子が手に入れば如何様にもできる」
風辰翁は、言い捨てると、腕を組み再び窓の方へと視線を逸らした。
車は、重機や何らかの機材が並ぶ、広い空間へと出ている。
「……なんと……それでは、[御所]は……我らは……」
狭い車内で、夢見頭は、思わず腰を浮かせたが、ちょうど車が停止した揺れで、姿勢を崩した。
「上へ参ります。お座りください」と運転席の男が、声をかけるので、夢見頭は、僅かばかり頬を膨らませて腰を落とした。
運転席からのリモート操作で、車を乗せた昇降機がゆっくりと上昇を始める。
「神子を手に入れる手筈は、神取が整えている……奴の策が最良じゃ。神子は奴に任せて、こちらの準備を進めれば良い」
「神取……」こやつらも忌々しい存在だ。[御所]の一角を成しながらも、在家を許された裏陰陽師の一門。現当主、神取司は、風辰翁の懐刀であり、今は御所の求める[神子]という存在を追って、IN-PSID本部の医療機関に潜伏しているという。
代々、高度な霊能力を扱い、夢見を持ってしても、彼らの意識、無意識領域共に触れることは容易ではない。時と場を超えて、あらゆる事象を見通す力を持つ夢見らにとって、その能力を受け付けない、数少ない一門の一つなのだ。
神取が、IN-PSID本部に潜伏して一ヶ月余り。
彼からの連絡は、数える程度しかなかった。先の諏訪の一件では、神取の単独行動が、同じく御所の配下、[烏衆]との行き違いを生み、現場の混乱を生じさせた。その時ばかりは、風辰翁も神取への怒りを顕にしていたが、その後の神取からの報告で、一変。神子の探索は、神取に一任すると風辰翁は決定したのである。
「あのような者をまだ……」細い柳眉を寄せて、夢見頭は目の前の老翁を見詰める。
風辰翁は、夢見頭の冷徹な視線を意に介することもなく、窓の外に見える景色を眺めていた。その視線の先を、夢見頭も追った。
幾重にも張り巡らされた鉄梁、梁の上に渡された、何層もの足場。それらの隙間から見える向こう側には、巨大な空間があるようだ。
何を示すかわからないが、その闇空間に、幾つもの光点がチカチカと点滅、または点灯している。
「……ふふふ。この地は彼奴にとっても因縁の場……この足元こそ、"始まりの地"」
車の窓から昇降機の下がいくらか覗く。はるか下には、チェレンコフ光のような光が、僅かに見える。それが、"この地下深くに眠る者"を封ずる結界であると、夢見頭は聞いていた。
「……そして、これが」
昇降機が次第に最上層に近づくにつれ、暗闇に聳え立つ、巨大構造物の威容が浮かび上がってくる。
「……三宝神器……」
そのモノの名を発する夢見頭の唇が、戦慄いていた。
地下深くより立ち上がる、三本の巨柱。その基部は、地下深く、その頂点は、はるか上方の闇に吸い込まれている。
「まさに、天地を繋ぐ御柱……」
昇降機が止まる。その場にいた、防護服姿の男達が車のドアを開け、風辰翁と夢見頭は、車から降りる。
「お待ちしておりました。翁。夢見殿」
男達の後ろから、同じく防護服姿の、責任者らしき中年の男が姿を表す。伸び切った髪をポニーテール状に無造作に束ね、無精髭を蓄えているが、細身で高身長のその男は、身なりを整えればそれなりの容姿であろうにと、夢見頭は思った。
「準備は整っているか?」翁は前置きもなく問う。
「はい。万が一のため、防護服をお召しください。こちらです」
現場責任者の男は、さっと身を翻し奥へと進んでゆく。風辰翁と夢見頭は、無言のまま彼の後に続いた。
地底には、隠された王国がある……どこまでも続く暗闇は、そんな伝説を想起させられる。天井に、点々と配置された照明は、必要最低限の明るさを湛え、それらに照らされた大型の換気扇を時折、闇に浮かび上がせていた。
ここを走る連絡車両は、型落ちしたレスキュー隊の災害支援輸送車を改装した簡素なもの。時空間制御機能を持たない、車輪を地につけた車だ。タイヤの回転からくる振動が、固い椅子から伝わってくる。
トンネルに入って十分も経つであろうか、一向に抜け出る気配がない。
「……煌玲は何と?」
豊かな長い白髪を背に垂らし、同様に長い髭を蓄えた老人は、虚に窓の外の闇を眺めたまま尋ねた。
「……IN-PSID China、新システムへの侵入準備は滞りなく……」
対面に座る尼僧姿の女が答える。車体の揺れにも、一切姿勢を崩さず、手のひらの通信端末の工学形成ディスプレイを見つめていた。
「そうか。ムサーイドの情報も役に立つものだ」風辰翁と呼ばれるその白髪の老人は、気だるそうに言う。
その尼僧の女、夢見頭は、風辰翁には相槌一つ打つことなく、無言のままだった。
「不服そうであるな」
風辰翁は、正面を向き尼僧をじっと見据える。夢見頭は軽く掌を握り、ディスプレイを閉じた。
「此度の火雀へのご命令……翁にしては、いささか手緩いかと……」夢見頭は、視線を落としたまま、呟くように言った。
「神子があの船に宿るとわかれば、余計な手出しは、かえって仇となる。神子と我らは、信頼で結ばれねばならんのだ」
風辰翁の言葉に、夢見頭は顔を上げる。
「ですが……かの異界船……あの船は、古より我らが護りし秩序を脅かしかねない存在! 見過ごしては」「ふん、カビの生えた古き秩序など。神子が手に入れば如何様にもできる」
風辰翁は、言い捨てると、腕を組み再び窓の方へと視線を逸らした。
車は、重機や何らかの機材が並ぶ、広い空間へと出ている。
「……なんと……それでは、[御所]は……我らは……」
狭い車内で、夢見頭は、思わず腰を浮かせたが、ちょうど車が停止した揺れで、姿勢を崩した。
「上へ参ります。お座りください」と運転席の男が、声をかけるので、夢見頭は、僅かばかり頬を膨らませて腰を落とした。
運転席からのリモート操作で、車を乗せた昇降機がゆっくりと上昇を始める。
「神子を手に入れる手筈は、神取が整えている……奴の策が最良じゃ。神子は奴に任せて、こちらの準備を進めれば良い」
「神取……」こやつらも忌々しい存在だ。[御所]の一角を成しながらも、在家を許された裏陰陽師の一門。現当主、神取司は、風辰翁の懐刀であり、今は御所の求める[神子]という存在を追って、IN-PSID本部の医療機関に潜伏しているという。
代々、高度な霊能力を扱い、夢見を持ってしても、彼らの意識、無意識領域共に触れることは容易ではない。時と場を超えて、あらゆる事象を見通す力を持つ夢見らにとって、その能力を受け付けない、数少ない一門の一つなのだ。
神取が、IN-PSID本部に潜伏して一ヶ月余り。
彼からの連絡は、数える程度しかなかった。先の諏訪の一件では、神取の単独行動が、同じく御所の配下、[烏衆]との行き違いを生み、現場の混乱を生じさせた。その時ばかりは、風辰翁も神取への怒りを顕にしていたが、その後の神取からの報告で、一変。神子の探索は、神取に一任すると風辰翁は決定したのである。
「あのような者をまだ……」細い柳眉を寄せて、夢見頭は目の前の老翁を見詰める。
風辰翁は、夢見頭の冷徹な視線を意に介することもなく、窓の外に見える景色を眺めていた。その視線の先を、夢見頭も追った。
幾重にも張り巡らされた鉄梁、梁の上に渡された、何層もの足場。それらの隙間から見える向こう側には、巨大な空間があるようだ。
何を示すかわからないが、その闇空間に、幾つもの光点がチカチカと点滅、または点灯している。
「……ふふふ。この地は彼奴にとっても因縁の場……この足元こそ、"始まりの地"」
車の窓から昇降機の下がいくらか覗く。はるか下には、チェレンコフ光のような光が、僅かに見える。それが、"この地下深くに眠る者"を封ずる結界であると、夢見頭は聞いていた。
「……そして、これが」
昇降機が次第に最上層に近づくにつれ、暗闇に聳え立つ、巨大構造物の威容が浮かび上がってくる。
「……三宝神器……」
そのモノの名を発する夢見頭の唇が、戦慄いていた。
地下深くより立ち上がる、三本の巨柱。その基部は、地下深く、その頂点は、はるか上方の闇に吸い込まれている。
「まさに、天地を繋ぐ御柱……」
昇降機が止まる。その場にいた、防護服姿の男達が車のドアを開け、風辰翁と夢見頭は、車から降りる。
「お待ちしておりました。翁。夢見殿」
男達の後ろから、同じく防護服姿の、責任者らしき中年の男が姿を表す。伸び切った髪をポニーテール状に無造作に束ね、無精髭を蓄えているが、細身で高身長のその男は、身なりを整えればそれなりの容姿であろうにと、夢見頭は思った。
「準備は整っているか?」翁は前置きもなく問う。
「はい。万が一のため、防護服をお召しください。こちらです」
現場責任者の男は、さっと身を翻し奥へと進んでゆく。風辰翁と夢見頭は、無言のまま彼の後に続いた。
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