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第一章 久遠なる記憶
真紅のインナーノーツ 5
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「で、どうするんです、これから?」サニは、刺々しい口調で言った。<天仙娘娘>の時空間座標は、<アマテラス>のレーダーでも特定は難しい。
「<天仙娘娘>が、現象界側とのコンタクトがとれない以上、深次元領域からの自力での浮上は困難ね」「わかってますって。なんせ、オレたち経験者」カミラの呟きに、ティムはすぐ反応した。
過去のミッションで、何度もそうした状況に陥り、その中で船の舵取りに死力を尽くしてきたティムの言葉は、飄々としていながらインナーノーツに重くのしかかり、<天仙娘娘>の危機を実感するには十分だった。
「行くしかないよ。助けに」直人は、迷いなく言った。ティムとサニは、揃って小さなため息を漏らす。
『そういう事だ。それに先程の一戦で、エネルギーも消耗している。東くん、<天仙娘娘>の耐久予測時間は?』『次元深度からしても、おそらく、四、五時間程度かと。<天仙娘娘>の行動次第では、さらにタイムリミットは切り詰められます』
<天仙娘娘>の状況はわからないが、すぐに行動を開始しなければならないことだけは、はっきりしている。
『本部長、東チーフ。それに日本チームの皆さん』立ち上がった通信ウィンドウに、容が現れた。
『……我々の判断が甘かった。このような事になってしまい、大変遺憾に思います』
気丈な姿勢が崩れることはないが、気落ちした表情は隠せない。
「遺憾……ねぇ……」ティムは苦笑いを浮かべずにはいられない。
『<天仙娘娘>を……あのコ達を……お願いします』
「無論だ。さっそく<アマテラス>を向かわせよう」日本本部IMCの藤川は、すぐに判断を下す。
「東くん」「はっ。IMCより<イワクラ>。作業状況は?」
『<アマテラス>の補給、及び初期時空間座標の同期完了。再突入座標データセットの方も……準備OKだ。いつでも出れまっせ』モニター越しの如月が、アイリーンと齋藤に確認をとりながら答える。
「うむ」東は大きく頷いた。
「<アマテラス>へ」<アマテラス>のブリッジを映す通信ウィンドウが、東の声に応じて拡大する。
『これより、対PSIシンドローム集合ミッションサポートから一時離脱。<天仙娘娘>捜索、及び救出の任にあたれ!』
「<アマテラス>、了解しました!」カミラの凛とした声が、ブリッジの空気を一瞬で引き締めた。
<イワクラ>船底部のコネクションポートは、PSI精製水(PSI情報を書き込める水。この水を媒介としてインナースペースの事象を現象化させることができる)で満たされた幅約二十メートル、長さ約五十メートルのプールになっている。半次元浮上していた<アマテラス>は、このプールの水面に船体上部のみ突き出す形で停泊していた。これにより、<イワクラ>との座標同期、補給、あるいはインナーノーツの現象界への一時的に"上陸"が可能となる。
『ポート注水、80%! 水位、上部観測ユニットを超える。注水完了まで、あと一分!』アイリーンのアナウンスが、<アマテラス>ブリッジに響く。今、このコネクションポートは、<アマテラス>の再次元潜航のため、ポート全体にPSI精製水が注水されていた。
「上部甲板、第一PSIバリア復元開始!」「復元、開始する。時空間原点座標パラメーター入力正常!」
<アマテラス>の上部が完全にPSI精製水に覆われるのと同時に、<アマテラス>の船体を、眩い光の繭が包み込んでいく。
『ポート注水、完了!』
「了解! これより発進する。コネクションポート離脱! 次元潜航開始!」
エントリーポート内を捉える、光学監視カメラの映像は、ゆっくりと光の繭に包まれた<アマテラス>が、静かに姿を消してゆくのを捉えている。一方で、同時観測している超次元カメラは、ゆっくりと沈降してゆく<アマテラス>を捉えていた。
<アマテラス>は、再びインナースペースの最浅領域、『現象境界』へと戻る。太湖の水中を構成する源情報空間は、現象界の姿そのものである。<アマテラス>のモニターには、現象界とリンクした水中の生き物達の情報が、映像として立ちあらわれるが、<アマテラス>と触れ合うことはない。
「サニ、次元震の反応は?」
「うーん、微弱な波動は感知しているけど。今は、<天仙娘娘>のシステムから外れちゃってるから……」レーダーの反応を確認しながらサニはカミラに答えた。
「よし、第二、第三PSIバリア、展開! まずはこのまま、次元深度レベル3まで降下。そこで再度、捜索を試みる。機関、次元連続シフトモード、ティム」「ヨーソロー」
<アマテラス>の二つの心臓、PSIパルス融合反応炉が低い唸りを響かせ、<アマテラス>下部の空間を揺るがせていく。
その波間に分け入るようにして、<アマテラス>はその身を沈める。
「次元深度、レベル2……2.4……」
サニのカウントと同期して、モニターに映し出される映像は、形を失い、溶けた蝋細工の様に混ざり合っていく。
「次元深度、レベル3に到達!」
「出力下げ! 停船よ」
機関の唸りが、緩まりモニターに現れていた色彩の模様はゆっくりと拡散して消えてゆく。静けさが<アマテラス>を包み込んでいる。
「脱出時の時空間座標履歴との誤差は、十パーセント以内。周辺危険率、五パーセント未満。波動収束フィールド、展開します」サニの操作で、波動収束フィールドが展開されると、モニターにビジュアル構成された映像が、形を描き始めてきた。
魚なのか、それとも他の生き物か、揺れ動く波動収束フィールドは、水棲の動植物の様な形を絶え間なく生み出す。おそらく、先程、<天仙娘娘>が妖怪に仕立て上げる素となった、PSIクラスター、もしくはエレメンタルの成れの果てであろう。
波動収束フィールド内で、形を保っていられる時間が僅かなものもあれば、幾分長いものもいる。だが、どれもぷよぷよと漂うだけで、襲ってくる気配はない。
フィールド内に生まれた瞬間から、その形は流動変化し続け、崩れ、やがてPSI情報素子に還元される。
「微弱な次元振動がある。波動収束フィールドもその影響で安定していないのだろう」状況分析を終えたアランが報告をあげる。
モニターが描き出す、崩壊の定めに抗い、僅かばかりの時を生きようともがく、半崩れの憐れな"妖怪"達の姿に、直人は、生命、人の宿命が重なってみえていた。
「<天仙娘娘>が、現象界側とのコンタクトがとれない以上、深次元領域からの自力での浮上は困難ね」「わかってますって。なんせ、オレたち経験者」カミラの呟きに、ティムはすぐ反応した。
過去のミッションで、何度もそうした状況に陥り、その中で船の舵取りに死力を尽くしてきたティムの言葉は、飄々としていながらインナーノーツに重くのしかかり、<天仙娘娘>の危機を実感するには十分だった。
「行くしかないよ。助けに」直人は、迷いなく言った。ティムとサニは、揃って小さなため息を漏らす。
『そういう事だ。それに先程の一戦で、エネルギーも消耗している。東くん、<天仙娘娘>の耐久予測時間は?』『次元深度からしても、おそらく、四、五時間程度かと。<天仙娘娘>の行動次第では、さらにタイムリミットは切り詰められます』
<天仙娘娘>の状況はわからないが、すぐに行動を開始しなければならないことだけは、はっきりしている。
『本部長、東チーフ。それに日本チームの皆さん』立ち上がった通信ウィンドウに、容が現れた。
『……我々の判断が甘かった。このような事になってしまい、大変遺憾に思います』
気丈な姿勢が崩れることはないが、気落ちした表情は隠せない。
「遺憾……ねぇ……」ティムは苦笑いを浮かべずにはいられない。
『<天仙娘娘>を……あのコ達を……お願いします』
「無論だ。さっそく<アマテラス>を向かわせよう」日本本部IMCの藤川は、すぐに判断を下す。
「東くん」「はっ。IMCより<イワクラ>。作業状況は?」
『<アマテラス>の補給、及び初期時空間座標の同期完了。再突入座標データセットの方も……準備OKだ。いつでも出れまっせ』モニター越しの如月が、アイリーンと齋藤に確認をとりながら答える。
「うむ」東は大きく頷いた。
「<アマテラス>へ」<アマテラス>のブリッジを映す通信ウィンドウが、東の声に応じて拡大する。
『これより、対PSIシンドローム集合ミッションサポートから一時離脱。<天仙娘娘>捜索、及び救出の任にあたれ!』
「<アマテラス>、了解しました!」カミラの凛とした声が、ブリッジの空気を一瞬で引き締めた。
<イワクラ>船底部のコネクションポートは、PSI精製水(PSI情報を書き込める水。この水を媒介としてインナースペースの事象を現象化させることができる)で満たされた幅約二十メートル、長さ約五十メートルのプールになっている。半次元浮上していた<アマテラス>は、このプールの水面に船体上部のみ突き出す形で停泊していた。これにより、<イワクラ>との座標同期、補給、あるいはインナーノーツの現象界への一時的に"上陸"が可能となる。
『ポート注水、80%! 水位、上部観測ユニットを超える。注水完了まで、あと一分!』アイリーンのアナウンスが、<アマテラス>ブリッジに響く。今、このコネクションポートは、<アマテラス>の再次元潜航のため、ポート全体にPSI精製水が注水されていた。
「上部甲板、第一PSIバリア復元開始!」「復元、開始する。時空間原点座標パラメーター入力正常!」
<アマテラス>の上部が完全にPSI精製水に覆われるのと同時に、<アマテラス>の船体を、眩い光の繭が包み込んでいく。
『ポート注水、完了!』
「了解! これより発進する。コネクションポート離脱! 次元潜航開始!」
エントリーポート内を捉える、光学監視カメラの映像は、ゆっくりと光の繭に包まれた<アマテラス>が、静かに姿を消してゆくのを捉えている。一方で、同時観測している超次元カメラは、ゆっくりと沈降してゆく<アマテラス>を捉えていた。
<アマテラス>は、再びインナースペースの最浅領域、『現象境界』へと戻る。太湖の水中を構成する源情報空間は、現象界の姿そのものである。<アマテラス>のモニターには、現象界とリンクした水中の生き物達の情報が、映像として立ちあらわれるが、<アマテラス>と触れ合うことはない。
「サニ、次元震の反応は?」
「うーん、微弱な波動は感知しているけど。今は、<天仙娘娘>のシステムから外れちゃってるから……」レーダーの反応を確認しながらサニはカミラに答えた。
「よし、第二、第三PSIバリア、展開! まずはこのまま、次元深度レベル3まで降下。そこで再度、捜索を試みる。機関、次元連続シフトモード、ティム」「ヨーソロー」
<アマテラス>の二つの心臓、PSIパルス融合反応炉が低い唸りを響かせ、<アマテラス>下部の空間を揺るがせていく。
その波間に分け入るようにして、<アマテラス>はその身を沈める。
「次元深度、レベル2……2.4……」
サニのカウントと同期して、モニターに映し出される映像は、形を失い、溶けた蝋細工の様に混ざり合っていく。
「次元深度、レベル3に到達!」
「出力下げ! 停船よ」
機関の唸りが、緩まりモニターに現れていた色彩の模様はゆっくりと拡散して消えてゆく。静けさが<アマテラス>を包み込んでいる。
「脱出時の時空間座標履歴との誤差は、十パーセント以内。周辺危険率、五パーセント未満。波動収束フィールド、展開します」サニの操作で、波動収束フィールドが展開されると、モニターにビジュアル構成された映像が、形を描き始めてきた。
魚なのか、それとも他の生き物か、揺れ動く波動収束フィールドは、水棲の動植物の様な形を絶え間なく生み出す。おそらく、先程、<天仙娘娘>が妖怪に仕立て上げる素となった、PSIクラスター、もしくはエレメンタルの成れの果てであろう。
波動収束フィールド内で、形を保っていられる時間が僅かなものもあれば、幾分長いものもいる。だが、どれもぷよぷよと漂うだけで、襲ってくる気配はない。
フィールド内に生まれた瞬間から、その形は流動変化し続け、崩れ、やがてPSI情報素子に還元される。
「微弱な次元振動がある。波動収束フィールドもその影響で安定していないのだろう」状況分析を終えたアランが報告をあげる。
モニターが描き出す、崩壊の定めに抗い、僅かばかりの時を生きようともがく、半崩れの憐れな"妖怪"達の姿に、直人は、生命、人の宿命が重なってみえていた。
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