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第4章 燔祭
祭の後 1
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柔らかな慈愛の雨が、諏訪の一帯に降り注ぐ。一ノ宮境内に現れた蛇体の雲が、空へと上がり、雨雲へと姿を変え、三日三晩の雨を降らし続けていていた。
手のひらの上で、染み込むように消えゆく雨の雫を、神取はそっと握りしめた。
「あの"神子"の涙……か……」
暖かみを含む優しい雨は、人々の体を濡らすだけでなく、『ヤマタノオロチ』によって蝕まれた精神をも優しく洗い流しているようであった。
諏訪一帯のPSI HAZARD 警報は解除され、避難所のグラウンドでは、IN-PSIDを始め、各地から集まった救援隊が、撤収作業に当たっている。
「神取先生~~、こっちも手伝ってください!」神取は、秦野に呼ばれた方へと身を翻す。
避難所の中には、諏訪の住民らに変わり、森ノ部の郷の者らが集まってきている。郷は、一ノ宮境内裏手の崖から溢れ出した水に浸かってしまった。水が引くまでの間の避難であった。
幸い郷の住人に死傷者はなく、子供達は避難生活をピクニックのように楽しんでいる。PSIシンドロームの発症も見られないため、彼らの保護は自治体とレスキューに一任されていた。
森ノ部教団の幹部らは、殺人予備罪等の疑いで逮捕されており、ここに避難してきているのは、主に大祭への参加を拒まれ、境内周りで縁日を楽しんでいた住人らだ。境内で一部始終を目撃していた信徒らもいたが、あの境内で何があったのか、皆、記憶が定かではなくなっていた。いや、彼らだけでなく、この雨に濡れた郷の者皆が、教団の教えも、あの『御子神』についても記憶があやふやになっている。地元の神社の縁日を楽しんでいたら、火事と鉄砲水の災害にあってしまった……その程度の認識だった。
事情聴取に訪れた警察も、彼らからの証言を諦めざるを得なかった。
「よろしいのですか……?」
藤川は、電話先の上杉に申し訳無さそうに問いかけた。咲磨救出のため、IN-PSIDのとった行動が、結果的に水害を引き起こしたことを(機密に関することは伏せながらも)告げていた。死傷者は出さなかったとはいえ、郷を水浸しにした責任を感じている。
だが上杉は、警察としては、水害に関してIN-PSIDの関与を示す証拠を何一つ提示することはできないだろうし、また崖の決壊があったからこそ、咲磨を発見、救出できたのだから、それで良いのではと、追求を避けた。
「我々は、現実世界の警察です。余剰次元と自然現象のことは、我々の範疇ではありませんので。ただ……」
「ん?」「水が引いたら、郷の復興へのご協力は、お願いしますよ」
「もちろんだ」モニターの向こうで、和かに挨拶をする藤川に一礼し、上杉は、通信端末を切った。
「いいんですかぁ?勝手に話進めちゃって?」
事務室に何の遠慮も無く入り込んできた葛城は、自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら上杉に声をかけた。
「構いませんよ。また上の方から鶴の一声でもあるでしょう」言い終えるや、上杉は淹れたての紅茶を啜る。
「御明察。あそこであった不可思議な現象は、全て自然災害ということで、捜査は打切りでございます」戯けたふりをして、持ち帰った最新情報を伝えた。
特に驚く風もなく、上杉は訊ねる。
「あの教祖達は?」
「儀式に関しては、我々の目撃証言がありますし、被害者は亡くなってます。彼らの有罪は確定でしょう。動機は教団のカルト的な信仰によるもの……初公判は、異例の二週間後」「ずいぶん早いですね」
葛城がいうには、この事件に、どうも上層部がピリピリしているらしい。
「……上杉さん、そろそろ話してくださいよ。『オモトワ』との関係。あの事件からこの方、どうも旗色悪いんっすよね、ウチら」「ふふ、それはいつものことでしょう」落ち着いた素振りで、上杉は紅茶をまた一口含む。
「いずれわかることです。ところで、教祖の……森部の様子はどうですか」「どうもこうも……ありゃもうダメですね」
留置場の奥から何かを呪う奇怪な声が聞こえる。時折、乾いた笑い声がしたかと思えば、啜り泣く声に変わる。
「……神は……神は……死んだぁああ……死んでしもうた……はは……くくく………ヒャハハ……」
留置場の奥に繋がれ、縮こまった老人が、長い白髪を振り乱す。突然、天井を見上げた老人の顔が、この世のものならざる引きつりを見せ、目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
「……ひ、ひぃいいいい‼︎」
天井に無数の瞳が現れ、蛇首のようなものを伴って垂れてくる。その蛇の群れがゆっくりと老人のヤツれた身体に巻きついてゆく。
「許せ! ワシはあぁあ! 郷のために! 国を守るため……仕方なかったのじゃあぁあぁ……! いゃじゃああ!」
絶叫が、空虚な廊下に響き渡っていた。
白木の冷たい箱は、青白い可視化された電磁結界に囲まれている。
幸乃は、身体の内側から熱を奪われる感覚に、羽織ったカーディガンに身を縮める。冷えた霊安室には、室温の低さだけではない、何者かの気配があるようにさえ思える。
「慎吾さん……」
唇を青ざめさせた幸乃は、結界の側に置かれた椅子にへたり込む。
白木の棺桶の窓を映したモニターには、慎吾の白く硬くなった顔が浮かぶ。その表情は、穏やかだ。こんな顔は、ここ暫く見た事がなかった。
「……咲磨が目を覚まさないの……貴方が命がけで守ってくれたというのに……あの子まで目覚めなかったら……私……もう……」
俯く幸乃に慎吾は何も答えない。
幸乃は震える肩に、何か温かいものを感じて振り向く。やはり、霊安室には幸乃がただ一人いるだけだった。
IN-PSID長期療養棟に隣接するICU区画の一室に、咲磨は収容されていた。ミッションの後、すぐにレスキューらによって救助された咲磨は、<イワクラ>で息をひきとった慎吾の遺体と共に、IN-PSIDへと運ばれた。
咲磨は、蘇生処置を経て息を吹き返していたが、この三日、深い昏睡状態にある。つい一ヶ月前の亜夢のように……
「さくま……」
亜夢は、この三日、殆どの時間を咲磨の傍にいて、彼の様子を見守っている。
「……どうして……」
インナースペースから帰還する<アマテラス>。インナーノーツは、『ヤマタノオロチ』の事後観測を続けている。ミッション後の決められたタスクを終え、インナーノーツらは、IMCへと上がっていた。
「……あの『PSIボルテックス』も、集合無意識領域まで後退しています。しばらくは『現象化』やPSIDの発生はないかと……」
カミラは、調査の所感を告げながら、ミッション事後点検、および検査結果を記録したタブレットを東へ渡す。インナーノーツらの業務は、これで完了となる。
「うむ……こちらでもデータはざっと確認した」東は、タブレットに目を通しながら答える。
「だが、油断はできん。『PSIボルテックス』は、おそらく『ガイア・ソウル』の活動と関連している……これから、ますます忙しくなるぞ」藤川は、インナーノーツ一同を見据えて言う。
IN-PSID各国支部では、『ガイア・ソウル』の活動によって引き起こされるであろう、世界的なPSIDに備えて、PSIクラフトとインナーミッションの準備が進んでいる。インナーノーツは皆、気持ちを新たに、次なる試練への覚悟を胸に宿す。
「そりゃそうと……咲磨はどうなんです?」サニの問いかけに、IMCスタッフらの表情は硬い。
「まだ……目は覚めねぇ……か」ティムは答えを先回りして、とぼけた口調で言うが、その目に笑はない。
「……あそこに居るんだ……咲磨くんは。皆んなも感じただろ?……あの湖に……」
直人の言葉は、調査ミッションで薄々、皆感じ取っていた事だった。咲磨の魂は、諏訪湖に留まっている。皆、その事をどこかで認めたくなかった。
「咲磨くんの力だよ……諏訪が……あんなに温かかったのは……」
誰にと無く、直人は呟いていた。
『咲磨……咲磨よ……』
……じぃじ……
『おみゃのおかげで、すっかり霧は晴れおった……もう、良いのではないか?』
……うん……
咲磨は、朝霧が晴れてゆく諏訪湖のほとりにいる。朝日を浴びて、湖面は金色に輝いていた。
『みんな心配しとる……ほれ、迎えが来ておるぞ』
……サク! ……
咲磨は、背後から呼びかける、よく知る力強い声に振り向いた。慎吾が、柔らかな笑顔で咲磨を見つめている。
……とぉ様……とぉ様ぁああ‼︎ ……
咲磨は、父の腕の中に飛び込んだ。温かい。間違い無く、父だ。咲磨はそう思った。
……どうして戻らない? ……かぁ様も、お前のお友だちも……皆、心配しているぞ……
咲磨と慎吾は、湖畔を見下ろす湖畔のベンチに並んで腰掛けている。慎吾の問いに咲磨は何も答えない。慎吾は黙って、咲磨の頭を撫でてやった。
……まだ、戻りたくないのか? お前の身体は、今、俺が守っているが……俺もそろそろ逝かねばならない……
咲磨は、ハッとなって顔を上げた。
……そんな寂しそうな顔をするな……俺はな、これでも今、とても満足しているのだ……俺の人生に……
煌めく湖畔を二人は、しばらく眺めていた。湖を見詰めたまま、慎吾は再び口を開く。
……あの郷で、怯え、自分ではない自分をずっと生きていかねばならないと思っていた……だが、幸乃に出会い、サクが生まれて……ダメな父親だったが、最後の最後にやっと自分になれたのだ……サク……お前のおかげだよ……
父の優しい眼差しが、咲磨の瞳をそっと見つめていた。
……俺を……ここで待っていたのだろう? ……
咲磨は小さく頷いた。
……ありがとう、サク……
手のひらの上で、染み込むように消えゆく雨の雫を、神取はそっと握りしめた。
「あの"神子"の涙……か……」
暖かみを含む優しい雨は、人々の体を濡らすだけでなく、『ヤマタノオロチ』によって蝕まれた精神をも優しく洗い流しているようであった。
諏訪一帯のPSI HAZARD 警報は解除され、避難所のグラウンドでは、IN-PSIDを始め、各地から集まった救援隊が、撤収作業に当たっている。
「神取先生~~、こっちも手伝ってください!」神取は、秦野に呼ばれた方へと身を翻す。
避難所の中には、諏訪の住民らに変わり、森ノ部の郷の者らが集まってきている。郷は、一ノ宮境内裏手の崖から溢れ出した水に浸かってしまった。水が引くまでの間の避難であった。
幸い郷の住人に死傷者はなく、子供達は避難生活をピクニックのように楽しんでいる。PSIシンドロームの発症も見られないため、彼らの保護は自治体とレスキューに一任されていた。
森ノ部教団の幹部らは、殺人予備罪等の疑いで逮捕されており、ここに避難してきているのは、主に大祭への参加を拒まれ、境内周りで縁日を楽しんでいた住人らだ。境内で一部始終を目撃していた信徒らもいたが、あの境内で何があったのか、皆、記憶が定かではなくなっていた。いや、彼らだけでなく、この雨に濡れた郷の者皆が、教団の教えも、あの『御子神』についても記憶があやふやになっている。地元の神社の縁日を楽しんでいたら、火事と鉄砲水の災害にあってしまった……その程度の認識だった。
事情聴取に訪れた警察も、彼らからの証言を諦めざるを得なかった。
「よろしいのですか……?」
藤川は、電話先の上杉に申し訳無さそうに問いかけた。咲磨救出のため、IN-PSIDのとった行動が、結果的に水害を引き起こしたことを(機密に関することは伏せながらも)告げていた。死傷者は出さなかったとはいえ、郷を水浸しにした責任を感じている。
だが上杉は、警察としては、水害に関してIN-PSIDの関与を示す証拠を何一つ提示することはできないだろうし、また崖の決壊があったからこそ、咲磨を発見、救出できたのだから、それで良いのではと、追求を避けた。
「我々は、現実世界の警察です。余剰次元と自然現象のことは、我々の範疇ではありませんので。ただ……」
「ん?」「水が引いたら、郷の復興へのご協力は、お願いしますよ」
「もちろんだ」モニターの向こうで、和かに挨拶をする藤川に一礼し、上杉は、通信端末を切った。
「いいんですかぁ?勝手に話進めちゃって?」
事務室に何の遠慮も無く入り込んできた葛城は、自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら上杉に声をかけた。
「構いませんよ。また上の方から鶴の一声でもあるでしょう」言い終えるや、上杉は淹れたての紅茶を啜る。
「御明察。あそこであった不可思議な現象は、全て自然災害ということで、捜査は打切りでございます」戯けたふりをして、持ち帰った最新情報を伝えた。
特に驚く風もなく、上杉は訊ねる。
「あの教祖達は?」
「儀式に関しては、我々の目撃証言がありますし、被害者は亡くなってます。彼らの有罪は確定でしょう。動機は教団のカルト的な信仰によるもの……初公判は、異例の二週間後」「ずいぶん早いですね」
葛城がいうには、この事件に、どうも上層部がピリピリしているらしい。
「……上杉さん、そろそろ話してくださいよ。『オモトワ』との関係。あの事件からこの方、どうも旗色悪いんっすよね、ウチら」「ふふ、それはいつものことでしょう」落ち着いた素振りで、上杉は紅茶をまた一口含む。
「いずれわかることです。ところで、教祖の……森部の様子はどうですか」「どうもこうも……ありゃもうダメですね」
留置場の奥から何かを呪う奇怪な声が聞こえる。時折、乾いた笑い声がしたかと思えば、啜り泣く声に変わる。
「……神は……神は……死んだぁああ……死んでしもうた……はは……くくく………ヒャハハ……」
留置場の奥に繋がれ、縮こまった老人が、長い白髪を振り乱す。突然、天井を見上げた老人の顔が、この世のものならざる引きつりを見せ、目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
「……ひ、ひぃいいいい‼︎」
天井に無数の瞳が現れ、蛇首のようなものを伴って垂れてくる。その蛇の群れがゆっくりと老人のヤツれた身体に巻きついてゆく。
「許せ! ワシはあぁあ! 郷のために! 国を守るため……仕方なかったのじゃあぁあぁ……! いゃじゃああ!」
絶叫が、空虚な廊下に響き渡っていた。
白木の冷たい箱は、青白い可視化された電磁結界に囲まれている。
幸乃は、身体の内側から熱を奪われる感覚に、羽織ったカーディガンに身を縮める。冷えた霊安室には、室温の低さだけではない、何者かの気配があるようにさえ思える。
「慎吾さん……」
唇を青ざめさせた幸乃は、結界の側に置かれた椅子にへたり込む。
白木の棺桶の窓を映したモニターには、慎吾の白く硬くなった顔が浮かぶ。その表情は、穏やかだ。こんな顔は、ここ暫く見た事がなかった。
「……咲磨が目を覚まさないの……貴方が命がけで守ってくれたというのに……あの子まで目覚めなかったら……私……もう……」
俯く幸乃に慎吾は何も答えない。
幸乃は震える肩に、何か温かいものを感じて振り向く。やはり、霊安室には幸乃がただ一人いるだけだった。
IN-PSID長期療養棟に隣接するICU区画の一室に、咲磨は収容されていた。ミッションの後、すぐにレスキューらによって救助された咲磨は、<イワクラ>で息をひきとった慎吾の遺体と共に、IN-PSIDへと運ばれた。
咲磨は、蘇生処置を経て息を吹き返していたが、この三日、深い昏睡状態にある。つい一ヶ月前の亜夢のように……
「さくま……」
亜夢は、この三日、殆どの時間を咲磨の傍にいて、彼の様子を見守っている。
「……どうして……」
インナースペースから帰還する<アマテラス>。インナーノーツは、『ヤマタノオロチ』の事後観測を続けている。ミッション後の決められたタスクを終え、インナーノーツらは、IMCへと上がっていた。
「……あの『PSIボルテックス』も、集合無意識領域まで後退しています。しばらくは『現象化』やPSIDの発生はないかと……」
カミラは、調査の所感を告げながら、ミッション事後点検、および検査結果を記録したタブレットを東へ渡す。インナーノーツらの業務は、これで完了となる。
「うむ……こちらでもデータはざっと確認した」東は、タブレットに目を通しながら答える。
「だが、油断はできん。『PSIボルテックス』は、おそらく『ガイア・ソウル』の活動と関連している……これから、ますます忙しくなるぞ」藤川は、インナーノーツ一同を見据えて言う。
IN-PSID各国支部では、『ガイア・ソウル』の活動によって引き起こされるであろう、世界的なPSIDに備えて、PSIクラフトとインナーミッションの準備が進んでいる。インナーノーツは皆、気持ちを新たに、次なる試練への覚悟を胸に宿す。
「そりゃそうと……咲磨はどうなんです?」サニの問いかけに、IMCスタッフらの表情は硬い。
「まだ……目は覚めねぇ……か」ティムは答えを先回りして、とぼけた口調で言うが、その目に笑はない。
「……あそこに居るんだ……咲磨くんは。皆んなも感じただろ?……あの湖に……」
直人の言葉は、調査ミッションで薄々、皆感じ取っていた事だった。咲磨の魂は、諏訪湖に留まっている。皆、その事をどこかで認めたくなかった。
「咲磨くんの力だよ……諏訪が……あんなに温かかったのは……」
誰にと無く、直人は呟いていた。
『咲磨……咲磨よ……』
……じぃじ……
『おみゃのおかげで、すっかり霧は晴れおった……もう、良いのではないか?』
……うん……
咲磨は、朝霧が晴れてゆく諏訪湖のほとりにいる。朝日を浴びて、湖面は金色に輝いていた。
『みんな心配しとる……ほれ、迎えが来ておるぞ』
……サク! ……
咲磨は、背後から呼びかける、よく知る力強い声に振り向いた。慎吾が、柔らかな笑顔で咲磨を見つめている。
……とぉ様……とぉ様ぁああ‼︎ ……
咲磨は、父の腕の中に飛び込んだ。温かい。間違い無く、父だ。咲磨はそう思った。
……どうして戻らない? ……かぁ様も、お前のお友だちも……皆、心配しているぞ……
咲磨と慎吾は、湖畔を見下ろす湖畔のベンチに並んで腰掛けている。慎吾の問いに咲磨は何も答えない。慎吾は黙って、咲磨の頭を撫でてやった。
……まだ、戻りたくないのか? お前の身体は、今、俺が守っているが……俺もそろそろ逝かねばならない……
咲磨は、ハッとなって顔を上げた。
……そんな寂しそうな顔をするな……俺はな、これでも今、とても満足しているのだ……俺の人生に……
煌めく湖畔を二人は、しばらく眺めていた。湖を見詰めたまま、慎吾は再び口を開く。
……あの郷で、怯え、自分ではない自分をずっと生きていかねばならないと思っていた……だが、幸乃に出会い、サクが生まれて……ダメな父親だったが、最後の最後にやっと自分になれたのだ……サク……お前のおかげだよ……
父の優しい眼差しが、咲磨の瞳をそっと見つめていた。
……俺を……ここで待っていたのだろう? ……
咲磨は小さく頷いた。
……ありがとう、サク……
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