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第4章 燔祭

涅槃の彼方へ 7

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「どうしたことか?一体何が⁉︎」諏訪の様子を遠隔透視させていた夢見子らの様子がおかしいと聞き付けた尼僧は、報告に来た部下の老尼と共に夢見堂へ分入った。

夢見子らは、皆、ただ"安らかに"眠りについている。

「この数日の夢見……諏訪の大神の御神威に触れ……皆、多かれ少なかれ、苦悶に呻き、夢へと雪崩れ込む激情に耐えながら、術を続けておりました……なれど、それが急に……」夢見子らを監督する老尼は、頭を垂れて報告した。

「……何が起こっている……」尼僧は、夢見子の一人に手を翳し、その気の流れを感じとる。

「……暖かい……なんだ……まさか……異界船か⁉︎ ああ‼︎」「お、お頭‼︎」

尼僧は流れ込む安らぎの気配に畏れ慄き、その場にへたり込む。

「…………ならぬ……ならぬ……ならぬぞ! この国の礎が揺らぐ……大地が目覚める……」

寄り添った老尼の肩を借り立ち上がると、何処へともなく尼僧は叫ぶ。

「止めよ! 火雀! 異界船を止めよぉおお‼︎」


「ちぃ! 往生際が悪いんだよ‼︎」「待て、熾恩!」煌玲の制止はもはや耳に入らない。熾恩は気を昂らせ、しぶとい獲物の反応に向けて、怒りの念を叩きつけていた。


「がぁああ‼︎」押し返しつつあった呪縛パルスが、再び<アマテラス>のPSI-Linkに烈火の波を打ちつけ、ダイレクト接続中のインナーノーツの精神を焼く。PSI波動砲の共振フィールドが掻き乱される。

『……死ね! 死ね! 死ね! 死ねよ、オラァアアアア‼︎』

熾恩の心の声が、<アマテラス>のブリッジに流れ込む。

「な……なに、このガキ⁉︎」生意気そうな声だとサニは思った。

「構うな‼︎ 狙うは『ヤマタノオロチ』ただ一つ‼︎」カミラの声が、皆の心を一つにし、目標に集中する。


「シカトすんじゃ、ねぇよおおお‼︎」異界船の物怖じしない気配を感じ取った熾恩の激昂に、社殿の増幅器が悲鳴をあげていた。

「まずい! ダメだ! それ以上は‼︎」その感触に、真っ先に気づいた焔凱が止めようと動く。

崖に身を潜めたまま、祈祷場の方を見守っていた神取の口元に、冷ややかな笑みが浮かぶ。

破裂音と共に、社殿の庭に設置されていた四つの増幅器が、一気に流れ込んだ念のエネルギーに耐えきれず、木っ端微塵に吹き飛んだ。同時に影響が波及した境内の結界も、一瞬にしてダウンしてしまった。

「な、なんということだ‼︎」


「呪縛PSIパルス、消失‼︎」アランの報告と同時に、インナーノーツは、心身を締め付けていた感覚から解き放たれる。

PSI-Linkへの干渉が消えたことで、一気に咲磨との同調が跳ね上がり、阻害されていたIMCとの通信、また、亜夢とアムネリアとの同調率も回復した。ブリッジ中央のホログラムが、ここ一番の輝きを見せ、太陽のように輝いている。

同時に『ヤマタノオロチ』との同調率も上昇しているが、インナーノーツへの負担は、驚くほど軽い。

「これが……咲磨くんの……」「いや、亜夢も一緒だ」

「あったかい……」

カミラ、アラン、サニは、思わず呟く。

「『ヤマタノオロチ』の流れが……なんだ、この感じ⁉︎ 」

ティムは、ダイレクト接続で船体下方から湧き上がる、咲磨と同質の暖かさを持ったPSIボルテックスを生み出していたエネルギーの塊を感じ取っていた。

PSI 波動砲の共振フィールドの振動が『ヤマタノオロチ』の蛇体の波打ちと同期していく。

「いけるわ、ナオ!」

直人は、ターゲットスコープの中心に、狙いを定めながら頷いた。

「射軸修正プラス二、下方角三! ……目標、軸線に乗った! 最終セイフティ解除‼︎」

<アマテラス>の下方から咲磨の魂と呼応する、エネルギーの塊が昇ってくる。それに食らいついていた『ヤマタノオロチ』の最深部にあった怨念が、直人に注ぎ込まれる。

……なんだ⁉︎ ……この想念は⁉︎ ……

「まさか……これは⁉︎ 」カミラとアランは、PSI-Linkに流れ込む、その感覚にハッとなって顔を上げる。

「悪魔⁉︎ ナオ‼︎」「ダメだ、もう止められない!」身を乗り出すカミラをアランが諌める。

<アマテラス>を包み込むように、ヘドロのような流体が巻き付いていく。蛇の衣を脱ぎ捨てて、なんの形なのかもわからない蠢くものだ。

『……捧げよ……犠牲を……

…………新たな……預言者よ……

…………契約せよ…………』

「なんなんだ、コイツ‼︎ アムネリア‼︎」

再び水の精霊に姿を変えたアムネリアが、残りわずかのシールドを奮い立たせる。シールドは、直人の意志を乗せ、渦巻く水流となって<アマテラス>の全船体から放出し、ヘドロを浄化する。

『……汝……望み……叶え……契約……』

「誰かの犠牲の上に叶う望みなど! オレはいらない‼︎」

<アマテラス>に取り憑いたヘドロは、千々に切り刻まれ、立ち昇ったPSIボルテックスの暖かなエネルギーの渦の中へと消えていった。

<アマテラス>と諏訪湖の余剰次元は完全にリンクする。

「いくぞ‼︎ PSI 波動砲、発射十秒前! 総員、対ショック用意! ……九……八……」


<イワクラ>では、貴美子らが懸命に慎吾の治療にあたっていた。だが、慎吾の身体から発せられる生命のパルスは、今まさに消え入ろうとしている。

「……さ……く……」

慎吾は、わずかに唇を震わせ、そっと意識を失う。懸命に治療にあたる貴美子らが気付かぬうちに……。その顔には、安らぎに満ちた微笑みが残っていた。


「七……六……」

……弱きものを削ぎ……強き者のみが生きる世……

『ヤマタノオロチ』を構成していた黒々としたものが、PSIボルテックスの流れの中で薄らいでゆく。その中に取り込まれていた魂達の声が、インナーノーツの胸に響いてくる。

……………生き残るには、そうするしかなかった……なれど……

「五……」

……国を一つにまとめ上げるとは……

「四……三……」

……我らが求めていたことは……

『行こう! さくま!』『うん‼︎』

<アマテラス>の狙いを先導するように、手を取り合った二つの魂が駆け出す。

いつかの時代にあったかもしれない、幼い姉と弟の姿が重なっていた。

……ただ、誰かと手を取り合って……共に生きる……『大いなる和』……

「二……!」

……そうであったな……

「一!」

……祭りは……もう終いじゃ……


<アマテラス>の船首が煌めき、畝る幾筋も蛇の形を描きながら突き進む。それらは注連縄の如く捻れあって、『ヤマタノオロチ』の蛇体の中心軸へと吸い込まれていった。

咲磨の身体に絡みついていた蛇の身体を形作っていたものは、脈打ちながら、内側から大量の水を噴出して破裂していく。瞬く間に、祈祷場は水で満たされる。

アムネリアは、メルジーネの姿のまま、水の流れを制御し、祈祷場を塞ぐ岩石の方へと勢いを注ぐ。

現象界、インナースペース共に激しい水流に包まれていく。その中で亜夢の魂は、咲磨の魂を抱きしめ、命の炎を最大限に燃やす。

……さくま! ……さくま! ……さくまぁああ‼︎ ……

無我夢中の亜夢は、激しく渦巻く奔流の中で、一瞬、咲磨の微笑みを見たような気がした。


境内の外には、祭りへの立ち入りを拒まれた郷の住民らと、彼らから距離を置き、何も語ろうとしない、境内から避難してきた信徒らがたむろしていた。レスキューや、警察も駆けつけている。

皆、不安気にまだ火の気と蠢く蛇体のような雲が垂れ込める境内を見上げていた。

地響きと共に、轟々と唸る音が何処かから聞こえる。その音のする方へ皆が顔を上げた。

「な、なんだ⁉︎ 」

突然、崖の一角から鉄砲水が噴き出し、やがて大量の岩と共に、瀑布の如く荒狂う水が噴き出した。
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