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第4章 燔祭

蘇る神 1

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赤々と灯る警告が<アマテラス>ブリッジの全モニターに立ち並び、けたたましいアラーム音がかき鳴らされる。

「ティム!まだ離脱できないの!?」「やってるっすよ!現状座標キープで精一杯だ!」

『ヤマタノオロチ』を牽制していた誘導パルスは、既に中断していたものの、急に、何かに引き寄せられ、流速を増した『ヤマタノオロチ』の流れに<アマテラス>は巻き込まれていた。

「まさか、咲磨くんの救出は……アラン、通信はまだ?」カミラの胸に、悪い予感が広がる。

この流動に巻き込まれ、一時、通信が乱れていた。現象界の救出作戦状況が掴めない。

「待ってくれ、あと少し……」アランが通信の回復作業に当たっている。

『……咲磨は無事……けれど……』「えっ?」

アムネリアは、『ヤマタノオロチ』の気配の変化に、何かを感じ取っているようだ。


境内の中央は、暗雲に包まれ、境内周りの森を焼く炎をも寄せ付けない。

IMSの通報で駆けつけた、レスキューの大型ヘリが上空まで来ていたが、着陸は困難だった。ホイスト降下を繰り返し、逮捕された二十余名の教団員らの収容を開始している。

「よし、こっちは重傷者の救護を優先だ!IMS、医療チームを援護しろ!」

IMSリーダー如月は、取り押さえた森部を刑事、成田と新見に引き渡しながら、部下達に命じる。森部は、何やら奇声を発していたが、大した抵抗もなく、レスキューのヘリへと引き上げられていく。

そうしている間にも、エクトプラズム状の雲が、咲磨と、その足元に倒れ込んだ慎吾を取り囲む。その一部が、慎吾から溢れる血へと群がり、彼の血液を触媒にして何かの形を作り始めていた。「現象化」が起こっている。IMSの隊員らは、ヒルかオオミミズかのような、蠢くものに思わず足踏みしてしまう。

IMSの躊躇を他所に、咲磨確保に雲を掻き分け、何とか生贄の柱に取り付いたのは、烏衆の二人だ。

「早くしろ!」陣は、その烏衆らに声をかけながら、妨害した幹部ら二人と揉み合いの末、自分を拘束していた縄で、二人を縛り上げていた。だが、もう一度、部下らの方へ振り向いた陣は目を丸める。突如立ち上がった雲が、上空で、神話の大蛇の頭を形作っていた。

「まずい!!逃げろ!!」

咲磨の拘束を解くのに、無我夢中になっていたその二人は、完全に動き遅れる。二人が上を見上げた瞬間、石油タールのような蛇頭が覆い被さり、二人の身体の穴という穴に入り込む。身体中に咲磨の痣と似たような浮腫が全身に現れたかと思いきや、断末魔すらなく、たちまち生気を吸い取られたかのように萎んでゆく二人。

再び持ち上がったその蛇頭は、二人を写し取ったような、崩れ波打つ人の形をとりながら、次の獲物を求めて境内を這いずり回る。

蛇体は、陣の方へと狙いを定めていた。止むを得ず、陣はその場を飛び退くと、取り残された教団幹部らに蛇頭が襲いかかった。先の犠牲者同様、その二人も身体中の体液を吸われて、蛇の栄養と化す。蛇頭は、生者の生き血を啜るたびに『現象化』を起こし、"成長"していく。

このエクトプラズムのような雲の成分は、ほぼ水分のようだ。従って防護服は、雲を通さない。そのおかげで、救助隊らが次々と実体化する蛇の群れに害されることはなかったが、まとわりつかれれば動きを妨げられる。IMSの隊員二人は、オーラキャンセラーで蛇体雲を退けながら、何とか慎吾の元へと道を切り開く。その後ろに貴美子ら医療チームが保護カプセルを引いて駆けつけてきた。

慎吾の弱りきった身体は、蛇体雲にも見放されたのか、その害はさほど見られない。

「急いでください!」IMS隊員らは、オーラキャンセラーでまとわりつく雲を祓い、場の確保に専念する。

「刀はそのままでいい!動かさないよう、慎重に!」貴美子は指示を飛ばしながら、伊藤と救命士の三人で、慎吾の身柄を救い出す。救護カプセルに収容し終えると、すぐにヘリへと踵を返す。

「すぐに機内オペの準備を!それから、機長に。皆んな乗ったらすぐ飛ぶよう伝えてちょうだい!重傷者を一刻も早く<イワクラ>に搬送するのよ!」ヘリへとカプセルを搬入しながら、貴美子は、伊藤と救命士に指示を飛ばす。機内で待機していた幸乃が、カプセルに縋り付く。

「幸乃さん!」「いやぁあ!!慎吾さん!しっかり!あぁああ……!!」

幸乃の絶叫を後ろに聞きながら、境内に残ったIMSの二人は、今度は、咲磨の救出にかかろうとしていた。だが、咲磨の身体は、もはや蛇体の雲が覆いつくし、オーラキャンセラーでは祓いきれない。

「くそ、無理だ!」雲が二人を包み込むように立ち込めてきた。何者も近づけさせない、そんな意志を感じさせる。

蛇体雲が、容赦なく襲いくる。二人は、その場から逃れるしかなかった。

一方で、抵抗を続けていた白作務衣の巨体警官も、さすがに疲れを見せ始めていた。齋藤とかいのコンビネーション連撃に、よろけたところを、兵の顔面フックが襲う。

警官は、ようやく膝を折る。その場に屈み込んだところを上杉と葛城が駆け込んで、手錠をかけた。

「ご協力、感謝します。あなた方は?」

上杉に声をかけられた兵は、顔を逸らす。釣られるように、上杉もそちらに顔を向けた。二人の視線の先に、新たな犠牲者らを吸収し、その姿形をあちこちに浮かび上がらせた蛇頭の雲が、首を持ち上げてこちらへと迫っているのが見えた。

「こっちにも来ますよ、上杉さん!」葛城はオーラキャンセラーで向かって来る雲を何とか阻止するが、多少の時間しか稼げない。とにかくその場から離れるしかないことは明白だ。

「やむを得ん、撤退だ!皆、陣!!」もはや神子の確保は無理と判断した兵は、二人に呼びかける。兵は確保していた退路の方を確認する。部下達が、飛び火した木々の枝を落とすなどして、延焼を抑えつつ、退路を死守している。

兵は皆を促しながら駆け出す。

「待って!」兵に続いて、走り出そうとした皆は、呼び止められて振り向くと、共に戦った女武闘家が、拳銃状の医療器具を投げ渡してきた。

「持っていきな」

オーラキャンセラーだ。これで多少は身を守れる。皆は、小さく微笑み精一杯の謝意を伝えると、急ぎ兵の後を追う。オーラキャンセラーで寄る雲を散らしながら、彼女らは、火の残る森の方へと姿を消した。

「齋藤、急げ!一時撤退だ!」

如月も現状での咲磨救出は、不可能である事を悟り、隊員を呼び戻している。齋藤は迫り来た蛇首を揺らぐ柳のような体捌きでかわしながら、走り出した。

上杉と葛城は、上空に移動してきたレスキューヘリのホイストに、巨体警官を拘束し終えると、先に乗り込んでいた成田と新見に上昇を指示。自分達は、IMS隊員らと共にIN-PSIDのヘリの方へと急ぐ。

レスキューのヘリに続き、救助隊全員を回収したIN-PSIDの救護ヘリが急ぎ上昇する。

「サク!咲磨ぁ!!」機窓にへばりつく幸乃の悲痛な叫びが機内に響き渡っていた。皆、苦渋に顔を顰めるしかない。

暗雲が渦を描き、境内を覆い隠す。境内を囲む森へと放たれた火すらも、その暗雲の蛇体に包まれていった。


「通信、回復したぞ!」「メインへ出してちょうだい」

<アマテラス>のメインブリッジ中央モニターに、乱れた画像ながら、IMCからの通信映像が届く。

「チーフ!」「カミラか!?」

カミラは手短に状況を伝え、<アマテラス>が健在であることを告げた。

「チーフ、咲磨君は?救出作戦は……」

IMC一同の反応が重々しい。良い状況とは言えないことは、皆、すぐに理解した。IMS如月から、境内上空からの映像が、間もなく共有される。

「ど……どうなってんだ?これ?」ティムは、目を白黒させてモニターを覗き込む。インナーノーツ一同も驚きに声が出ない。

現象界に、彼らがインナースペースで目撃していた巨大な蛇体そのものの暗雲が、境内を覆い尽くし、戸愚呂を巻いている。かつて、これほどの『現象化』があったろうか?それを許してしまったインナーノーツらは、悔しさを口元に滲ませる。

「おそらく、咲磨君のなんらかの心的作用が、『ヤマタノオロチ』の発現を誘発させているのだろう……そう考えれば、咲磨くんもまだ無事である可能性は高い」一歩進み出た藤川は、見解を述べる。

「所長、咲磨くんを助ける方法は?我々はどうすれば!?」やりきれない想いを吐露しながら、カミラは問う。インナーノーツは、皆、同じ気持ちで、藤川へと視線を投げた。

「咲磨くんの魂は今、『ヤマタノオロチ』に飲み込まれつつあるのだろう。彼の心象世界へ突入し、『ヤマタノオロチ』を排除する他、あるまい」

咲磨の魂と『ヤマタノオロチ』は、何かの因果で結びついているようだ。そう、まるで直人と『アムネリア』の"リンク"のように……

諏訪湖の結界が破られた形跡はない。そのリンクが経路となって咲磨の元で現象化したのだろうと、藤川は推測する。

直人は、藤川の説明にふと気がつく。

……もしかして……これは同じ……

振り返り見たアムネリアも、その感覚を共有している。直人とアムネリアの視線が重なり、アムネリアは、ホログラムの虚像で頷いてみせる。

「その流れは咲磨くんの心へと通じている!流れを追えば、あの子の心の中へ辿り着けるはずだ!」藤川は言い切った。

「……行こう、隊長。亜夢と約束したんだ。必ず咲磨くんを助けるって。いや、オレは……行かなきゃならない!」咲磨とは殆ど面識は無いが、今の状況は、とても他人の事とは思えなかった。

「ええ!勿論よ。咲磨くんもだけど、アレをこのままにはできないわ!」カミラは、凛となった顔を上げ、一同を見回す。サニ、ティム、アランも頷いて、カミラの意志に同意した。

「<アマテラス>よりIMC。本船はこれより対人インナーミッションへ移行!咲磨くんの心象世界へ突入します!」

「頼むぞ、インナーノーツ!」IMCの一同は、<アマテラス>に希望を託す。

「全制動解除!<アマテラス>、発進!!」
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