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第4章 燔祭

試練 3

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船内カウントは、ミッションデッドラインまで、残り二十分を切っている。

<アマテラス>は、時空間の揺らぎから突如、波動収束し襲い来る、何体もの蛇の頭に苦戦していた。アムネリアの認知能力がなければ捉えるのも難しかったであろう。彼女の能力に連動したレーダーの反応を、サニが必死で追い、直人とティムによる反撃と回避行動で凌ぐ。その個々のエネルギー量は少ないが、差し詰め、あの『レギオン』が何体も襲ってくるような状況である。

『……逃げ……るな……

…………逃れ……るな……逃れ……ては……ならぬ……

……定められし……贄と……ならん……』

音声変換された声が、不気味な唸り声をあげている。先程のように、蛇の頭のそれぞれに、様々な顔のようなものが浮かび上がっている。動きに合わせて、その周辺には、彼らの死に際の光景が浮かぶ。

水害を鎮める為に捧げられた者の哀しみ。

建物の土台に埋められる恐怖。

主君のため詰腹を切らされし武士の無念。

死した女王に殉死させられた、名もなき奴婢の絶望……

そう古い時代ばかりではない。社会の圧力、苛め、孤独。それらを苦に自ら死を選んだ者たち……

いつの時代も社会は、"生贄"を求めるのであろうか……

彼らが死した地に染み込んだ、癒えることのない魂の叫びが、龍脈を伝って『ヤマタノオロチ』に囚われているのだ。

その痛みが、直人を襲う。

だが、直人はもう迷わなかった。その哀しみと憎しみが、今を生きる、一人の幼な子の命を奪おうとしているのだから。

「そんな負の連鎖があるから!!」

断たねばならぬ想いもあるのだ。直人は覚悟を決めていた。

……その怨み、全部……オレが!……

近づく蛇首を容赦なくPSIブラスターで叩き落としていく。

「十時、波動収束反応!真下からも来る!」

サニのレーダー監視も追いつかない。

蛇頭の放つ衝撃波は、二百年前のレシプロ機の形に変わり、親を呼び叫ぶ悲痛な声と共に<アマテラス>へと突っ込んでくる。下方で蛇行を繰り返していた蛇は、いつの間にか巨大な艦影に変わり、弾幕を張りながら、爆沈していく。その彼らの想いを<アマテラス>のシールドは、アムネリアの祈りと共に、ただひたすら受け止めていた。

衝撃が<アマテラス>のブリッジを揺さぶる。

「ここに足留されては!目指すはあの『PSIボルテックス』強反応ただ一点!」カミラは、毅然と顔を上げて声を張る。

刻一刻と迫る時間の中、<アマテラス>の眼前に影が収束し、山影となって聳り立つ。

「モリヤ山……」カミラは眼前の山を睨め付けた。

実際の、諏訪の守屋山とはいく分形が違うようにも見える。丘陵上の山頂に、煌々と炎が立ち込め、炎を取り囲む小さな光の玉が炎と一緒になって山頂を照らす。さらにその高みに、一際、光り輝く玉が浮かんでいる。

『ヤマタノオロチ』の無数の首が、それらの玉を目指し、山肌を登っている。中腹にある、あの祈祷場の護摩の炎が、蛇頭の群れを誘い込んでいるようだ。山頂との中継地点となり、そこから先は現象界の一歩手前、現象境界領域である。

「……生贄を求める神とは……とどのつまり、人の業であったか……」藤川は、左手の補助杖を硬く握りしめる。

「……ならば、その業を断つのもまた、人にしかできん。カミラ!『燔祭』を止めよ!!」藤川が叫ぶ。

「了解!!追撃する。最大船速!!」「最大船速、ヨーソロ……」警告が立ち上がるのと、ブリッジに痛烈な一撃が加えられたのはほぼ同時だった。

完全に不意を突かれたらしい。何かに弾かれた<アマテラス>は、進路を大きく外れ、流されてしまう。

「急速制動!左舷、錨打て!翼立てろ!!」

次元量子アンカーが時空の壁に突き刺さる。右舷側のスタビライザーが折り畳まれ、起動するとそれがクッションのように働き、流される<アマテラス>を緩やかに押し留めていく。

「船底部シールド、ダメージコントロール!……PSIバリアジェネレーター八番、十二番損傷!!これでは時空間転移が使えない!」アランが苦々しく報告をあげる。

「まだ来ます!左舷上方!!PSIクラスター、有効収束数、およそ千!!」

モニターにビジュアル構成され、浮かび上がるは、真紅に染め上げられた点の群れ。

駆け抜ける足音、法螺貝の唸り声、馬のいななき……

音声変換され響く音と共に、モニターには、数百騎の騎馬武者を核とした、赤備えの戦国軍団が迫る。

『疾如風徐如林侵掠如火不動如山』の旗指物をはためかせ、上方から<アマテラス>に突撃してくる。

中央の旗には『南無諏訪方南宮法性上下大明神』と記されている。

「あれは、武田軍!?」

直人は、モニターに蘇る古の甲斐の亡霊に目を見張った。


————

「さ……咲磨……お、俺はいったい……」

何とか息子の姿を見とめた慎吾は、手にした刀に気づき、震え出す。

「……これは……俺が……お前を……?」「とぉ様!刀を捨てて!とぉ様がやることじゃない!」

「お見苦しいぞ!御子神様!」見かねた森部が声を張り上げる。

「須賀!あれは生贄!もはやそなたの子ではない!殺すのじゃ!」

見守る信徒らも異常な状況にますます困惑している。

「ちょっと……やばいんじゃないか?」「模擬的な儀式だろう」信徒らは、不安を口にしたり、納得し合ったりしている。

「太鼓じゃ!太鼓を打て!!」

森部の恫喝のような声に、打ち手らは、困惑の声をかき消すように太鼓を打ち鳴らす。

太鼓の打音に導かれ、信徒らに取り憑いていく黒い影を神取の霊眼は捉えていた。

……まずい……烏、何をやっている……

神取は、破邪の印を切ると、自身に結界を張り巡らせる。

異変は、まず信徒らの前に立つ教団幹部らや、太鼓打ちらから始まった。途端に身体を蛇のように、揺らめかせながら何かを呟き出す。次第に、その異様な雰囲気が、信徒らに広がっていく。

「こぉ……ろぉ……せぇ……」

「……こぉ……ろぉ……せぇ~~……」

呟きは次第に、一人、また一人と伝播していく。低いうなり声のようだった呪いの合唱は、次第に明瞭な一つの声となり、境内を包み込む。

止めろ、と誰かが制止する。だが、まだ良心が残る信徒らも、声の同調圧力に抗い切れるはずもない。目を背け、耳を塞ぎ罪悪感から逃れようとする者もあれば、もはや開き直ってその声に賛同する者もいる。

皆の大合唱が、慎吾に一層の圧力をかけ始めた。

「さぁ、れ、るんじゃ、須賀!!」

森部は目を見開き、歯を剥き出しにし、髪を振り乱して発破をかける。傍で見守る白作務衣の警官は、残忍な眼差しで、この光景を楽しんでいた。

我が子を刺し殺すなど、とてもできるはずはない。慎吾は、震えながら立ち尽くしている。

……姐さん……こっちも……

陣は横目でかいを見やり、項垂れたまま唇を動かす。後ろ手に縛られた戒めは、レーザーナイフで切断し終え、皆と陣はいつでも飛び出せる準備は整っていた。

……待て!……

……でも、『神子』が!……

……大丈夫……兄さんの合図を……

躊躇う慎吾にも、黒い霧が、足元から絡み付いていた。

……須賀ぁ……お前たちが御神威を穢した……

……この災禍は、お前たち須賀家のせいじゃ……

……生贄を……息子を捧げよ……

……逃れてはならぬ……その……罪から……

……その定めから……逃れてはならぬ……


「わざ……わい……は、祓わねば……ゆ……許せ……さく……ぅ」

咲磨は、父の中に潜む闇の影を見る。その闇に抗うことで、慎吾の心は、引き裂かれる寸前だ。

「……とぉ様…………ごめんね……」

そうとだけ呟くと、咲磨は、慎吾にただ静かに微笑みかける。

「……とぉ様……もう……いいんだよ……とぉ様……」

咲磨は目を瞑り、全てを受け入れる、穏やかな顔だ。

「咲……あ、あああぁあぁああ!!」

雄叫びと共に、慎吾は刀をその場に、全身を縛る力に抗って投げ捨てた。足に絡みつく束縛を振り切り、柱に縛り付けられた息子の元へと駆け出す。

「慎吾ぉおお!!」森部の恫喝も慎吾には届かない。

その時、回転翼の音が、境内に近づいてくる。森部が見上げると、境内外縁の森林を超えて、高度を下げながら一機の大型輸送ヘリが迫っていた。

「なんじゃ!?」

時を同じくして、ヘリが現れた反対側の森の方が騒めき出し、風に乗って草木の焼ける匂いが漂ってきた。

「火事だ!!山火事だぞ!!」

誰かが叫ぶ声が境内に行き届く。
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