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第4章 燔祭

旭日昇天 2

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<イワクラ>を飛び立った医療ヘリは、一路、諏訪方面へと急ぐ。<イワクラ>から乗り込んだIMSの齋藤とメンバー一人、早朝<イワクラ>に到着した幸乃と貴美子、咲磨の担当医、伊藤の姿もある。『ヤマタノオロチ』の現象化に備え、皆、対PSI現象化防護服を着用している。

幸乃は、どうしても現地に赴きたい、咲磨を迎えに行きたいと懇願していた。藤川は、危険だと諭すも、幸乃の意志は固い。

「万が一、咲磨くんの身に何かあったら」と、貴美子まで、救護担当が必要だろうと同行を名乗り出る。

「みんな無事に生きて帰る、そのための作戦よ。だから私が行っても問題ないはず」と押し切る貴美子を説得する事は、藤川にとっては、解のない方程式の解を、延々と探すことと同意である。救護員という名目で、同行を許可する他なかった。救護員としては、もう一人、日の出前に貴美子に叩き起こされた伊藤も、咲磨の救出と聞いて、一つ返事で同行を承諾していた。

朝早い出発であったため、機内には、眠りの合唱が響いている。昨晩から一睡もしていない幸乃は、さくまの残した手紙を握りしめたまま、虚ろな表情で俯いている。

「幸乃さん……少し眠った方が……」 ふと目を覚まし、彼女の様子に気づいた貴美子が声をかける。

「す、すみません……大丈夫です」

「あ、そうだ。よかったら、これ。朝、早かったから……」

そういうと貴美子は急ごしらえで作ってきた朝食のサンドイッチを取り出す。

「……ありがとうございます」

仮眠をとっていた同乗者らも食べ物の匂いに釣られ、もぞもぞと目を覚ます。

「皆さんもどうぞ」貴美子は、水筒から紙コップにコーヒーを注ぎ、皆へ配る。

「お、ありがとうございます!」

伊藤や、IMSのメンバーは、嬉しそうにサンドイッチをほうばる。幸乃も一つ手に取った。

「……気になっていたんだけど……訊いてもいいかしら?」

「……はぁ、何でしょう?」

「昨日の話……『あんなもの』って?十年前の発掘で出てきたっていう……」何か話題はないかと、貴美子は何気なく訊ねた。

幸乃は、目を見開き身体を震わせる。

「ご、ごめんなさい!今訊く話ではなかったわ」貴美子は慌てて質問を取り下げようとした。だが、幸乃は震える口で、ボソボソと話し始める。

「…………"殺人現場"……私には、そう見えました……」

昨晩の話で、発掘現場は、生贄祭祀の跡とは聞いていた。しかし幸乃が、あえて"殺人現場"と表現したのが気になる。

「保存環境が良かったせいか、おびただしい人骨と、中には幾分ミイラ化したような遺体もありました。その遺体がどれも、素人目で見ても普通じゃない死に方をしたようにみえたんです……」

「……というと……」

「無惨に殺されたような……生きたまま、ありとあらゆる苦痛を与えられながら死んでいったようでした……」

話を聞く一同の食事の手も止まる。

「最初、先生はこう言ってました……『まるで生体実験だ』と」

「生体実験!?……なぜ、そんな……しかも縄文時代に……」

「生贄の風習と合わせて考えると、おそらく儀式化の過程で、様々な試みがなされたみたいだと……でも、先生、その結論は、あとですっかり取り下げましたけどね。そして遺跡調査もすぐに打ち切られた……」

幸乃は、当時を思い出すように目を泳がせている。

「その場所は人為的に埋め立てられたようでした。それを私達が暴いてしまった……咲磨が今、このような目にあっているのも、私達があんなものを調べたりしたから!」言いながら両手で、ぐしゃぐしゃと髪を掻き上げる。

「幸乃さん、そんな……あなたのせいなんかじゃ……」

首を大きく横に振り、幸乃は続けた。

「今ではあの場所、森部の聖地として崇められている……祖先の霊を鎮める祈りとか言ってたけど……今思えばあれは……」

ハッと何かに気づいて、幸乃は機内の天井を仰ぐ。

「そう!あの祈禱は……誓いだったのよ……人を捧げるという……人身御供のうけい

戦慄を覚える貴美子と機内の一同。

咲磨の生贄の話は、あまりに時代錯誤過ぎて、どこか現実味を感じられなかった。だが貴美子も、ことの重大さを改めて感じずにはいられなかった。


八時を回り、神社の境内には信者らが集まってきた。これから凄惨な儀式が行われることをどれだけの者が理解しているのか。

境内登口の沿道には屋台が立ち並び、子供たちは楽しそうに走り回っている。

その反面、郷への入り口は固く閉鎖されたまま。境内の入り口にも受け付けが設けられ、通信端末、撮影機器などは、入念にチェックされ預けさせられる。

皆、教団信徒ではあるが、このような祭ははじめてで、その警戒に怪訝な表情を浮かべるものも少なくない。入信年数の浅いものや、僅かな信徒以外の郷の住民は、頑なに境内への立ち入りを拒まれていた。

これから起こることは、外部には絶対に漏らせない……教団幹部の者たちは、郷の者たちの賑わいとは裏腹に殺気立っている。


「いよいよですね……」

一時、縄文博物館へ撤収していた烏衆は、昨夜のうちに境内周りに設置しておいた隠しカメラの映像を暗室で確認している。兵は、黙したまま、部下と共に何とか神子を奪取する隙がないか、カメラの映像を仕切に切り替え、模索していた。

「な、なんだ!?おま……あなたは、ぐっ!」

「構うな、取り押さえ……がは!」

突如、廊下の方が騒めき出したのに気づき、兵が入り口を向くのと、扉が開くのは同時だった。それと共に部下の一人が、部屋の中へと勢いよくつんのめってきた。

「ずっと張り付かれるのも、あまり気のいいものではありませんのでね」倒れ込んだ部下の後ろから、神取がゆっくりと姿を現す。

「か……神取殿!?」

「ひょっとして、お困りなんじゃ、ないですか?」そう言うと、神取は不敵な笑みを浮かべてみせた。
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