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第4章 燔祭
愛別離苦 6
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「いない。さくまがいないの、さくまぁ!」
三十分ほどして食堂に戻ってきた亜夢と子供達。亜夢はただならぬ胸騒ぎを覚えている様子で、何度も咲磨を呼ぶ。
亜夢の様子から、ただ事ではないことを察した幸乃と真世が捜索に走り出そうとしたその時、真世の電話に着信がある。サニからだ。
「えっ!どういうこと?」サニの電話に、真世は言葉を失った。
戻ってきた直人が、サニの通信に自分が撮影してきた写真を割り込み転送する。
真世は送られてきた画像を、中空に拡大表示した。諏訪ナンバーの車の後部が浮かび上がる。
「ああ……そんな、なんであの人がここに……」
咲磨が、車で連れ去られたことは、すぐさま貴美子とIMCにも報告される。長期療養棟の出入口は全て通行管理され、入居者が無断で通過することは不可能なはずだった。セキュリティセンターとモニターでつないだ貴美子は全ての通用口をチェックする。
意外にもあっさりと咲磨の外出記録が見つかった。
面会者用通用口だった。ここは面会者を直接、人間の目でも確認し、未登録の面会者にも臨機応変に対応する目的で守衛をおいていた。
だが入居者が外に出るために使われることはない。(神取も亜夢を連れて出るルートの一つとして候補にリストアップしていた。ただそれは最終手段であり、そのような力技は避けている。亜夢の身体に関しても療養棟の結界や療法によって保たれていることもあり、安易に連れ出すことはできないと判断していた)
貴美子は守衛に問いただす。すると守衛は逆に外出許可を出したのでは?念のため症状チェックもしたが異常もなかったと言う。
確かに咲磨は現状、経過観察であり、心身の異常はない。
「けど、相手は子供よ!なんで鵜呑みに!どうしてこちらに確認しなかったの!」貴美子は、厳しく問う。
貴美子の気迫に守衛もすっかり我に帰る。
「それは……その……なんだか、すっかり安心しきってしまい……す、すみません」と恐縮し何度も頭を下げて謝罪する。
その時、ふと幸乃の言葉が思い出された。
「あの子には人の心を癒したり、和ませる力があるそうです……」
……まさか!……
貴美子はそれ以上、守衛を責め立てることはしなかった。
直人とサニも状況の説明に、療養棟へと来ていた。そこへ貴美子も駆け込んでくる。(伊藤は、知らせを聞くが、病院棟の午後の診察を抜けられなかった)
皆が、療養棟の食堂で落ち合い、貴美子が事情を説明すると幸乃が泣き崩れた。
「……クローゼットに隠していた咲磨の指輪型端末、なくなってました……あの子、自分で出て行ったのよ……あの人を呼んだのもあの子が……」
この場で、咲磨の非情な定めを聞いているのは、貴美子だけだったであったが、幸乃の慟哭に、只事ではない事態が動いていることは、皆が理解した。誰一人として、幸乃にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。
神取は、避難所のIN-PSIDブースにいながら、社務所の森部の執務室に忍ばせた、式神からの霊視を受け取っていた。
「須賀のやつ……何処へ行きおった。祭りは明日だというに!」口汚く喚きながら、執務室に飛び込んだ森部は、机に置き去りにしていた携帯電話をとると、すぐに電話をかけ始めた。(森部の携帯電話は指輪型ではなく、前世紀の『ガラケー』によく似ている。光学形成タイプではなく、実体のあるものだ。実体があり、脳通信デバイスを持たないこのタイプは高齢者層に人気がある。通信能力は指輪タイプと比べても遜色はない)
「もしもし……須賀くんか?……朝から姿が見えんでな!祭りは明日ぞ!何をやって……」
「ん……何!?御子神様!?そうか!よくやった……一緒におるのだな…………お、おお、これは御子神様、ようご無事で!」
「……はい。……はい。ええ、郷の者達も喜びますで。くれぐれも気を付けて。では、また後ほど……」
「ん…………心配するな。全て神のお計らいじゃ……」
「……わかった……わかったから後でよく話そう。とにかく早く戻ってこい」森部はそそくさと電話を切る。
「須賀め……ためらいおって」
神取は、診察の対応をしながら、霊視でじっと森部の様子を伺っていた。
森部は書斎の床の間に置かれた長い袋を取る。袋を開けると、中から白鞘に納められた一振りの日本刀が姿を現す。
森部は勢いよく刀を抜くと、愛おしそうに刀身を裏表しながら確認する。
不意に壁にかけられた、古ぼけた縄文の土面のレプリカが、森部の目に留まる。
……むっ!?……
神取の霊の眼が、森部の獲物を狙う爬虫類の如き瞳とぶつかる。すると、森部はこちらを目掛けて、とたんに刀を振り下ろす。
その瞬間、神取は式神からのビジョンを失った。
森部は、打ち割った面の裏に切り裂かれた人型を見つけ、つまみ上げた。
「御所のものが、他にも?……あの二人だけではなかったか……まあ良いわ」
刀を鞘に収めると、その刀を持って部屋を後にした。
「あのぉ……先生」診察の手を止めた神取を訝しむ、中年の男性受診者が、心配気に声をかけてくる。
「……あっと……失礼。大丈夫ですよ。次の方」
……神子は連れ戻されるか……となれば、やはり明日……
三十分ほどして食堂に戻ってきた亜夢と子供達。亜夢はただならぬ胸騒ぎを覚えている様子で、何度も咲磨を呼ぶ。
亜夢の様子から、ただ事ではないことを察した幸乃と真世が捜索に走り出そうとしたその時、真世の電話に着信がある。サニからだ。
「えっ!どういうこと?」サニの電話に、真世は言葉を失った。
戻ってきた直人が、サニの通信に自分が撮影してきた写真を割り込み転送する。
真世は送られてきた画像を、中空に拡大表示した。諏訪ナンバーの車の後部が浮かび上がる。
「ああ……そんな、なんであの人がここに……」
咲磨が、車で連れ去られたことは、すぐさま貴美子とIMCにも報告される。長期療養棟の出入口は全て通行管理され、入居者が無断で通過することは不可能なはずだった。セキュリティセンターとモニターでつないだ貴美子は全ての通用口をチェックする。
意外にもあっさりと咲磨の外出記録が見つかった。
面会者用通用口だった。ここは面会者を直接、人間の目でも確認し、未登録の面会者にも臨機応変に対応する目的で守衛をおいていた。
だが入居者が外に出るために使われることはない。(神取も亜夢を連れて出るルートの一つとして候補にリストアップしていた。ただそれは最終手段であり、そのような力技は避けている。亜夢の身体に関しても療養棟の結界や療法によって保たれていることもあり、安易に連れ出すことはできないと判断していた)
貴美子は守衛に問いただす。すると守衛は逆に外出許可を出したのでは?念のため症状チェックもしたが異常もなかったと言う。
確かに咲磨は現状、経過観察であり、心身の異常はない。
「けど、相手は子供よ!なんで鵜呑みに!どうしてこちらに確認しなかったの!」貴美子は、厳しく問う。
貴美子の気迫に守衛もすっかり我に帰る。
「それは……その……なんだか、すっかり安心しきってしまい……す、すみません」と恐縮し何度も頭を下げて謝罪する。
その時、ふと幸乃の言葉が思い出された。
「あの子には人の心を癒したり、和ませる力があるそうです……」
……まさか!……
貴美子はそれ以上、守衛を責め立てることはしなかった。
直人とサニも状況の説明に、療養棟へと来ていた。そこへ貴美子も駆け込んでくる。(伊藤は、知らせを聞くが、病院棟の午後の診察を抜けられなかった)
皆が、療養棟の食堂で落ち合い、貴美子が事情を説明すると幸乃が泣き崩れた。
「……クローゼットに隠していた咲磨の指輪型端末、なくなってました……あの子、自分で出て行ったのよ……あの人を呼んだのもあの子が……」
この場で、咲磨の非情な定めを聞いているのは、貴美子だけだったであったが、幸乃の慟哭に、只事ではない事態が動いていることは、皆が理解した。誰一人として、幸乃にかける言葉を持ち合わせてはいなかった。
神取は、避難所のIN-PSIDブースにいながら、社務所の森部の執務室に忍ばせた、式神からの霊視を受け取っていた。
「須賀のやつ……何処へ行きおった。祭りは明日だというに!」口汚く喚きながら、執務室に飛び込んだ森部は、机に置き去りにしていた携帯電話をとると、すぐに電話をかけ始めた。(森部の携帯電話は指輪型ではなく、前世紀の『ガラケー』によく似ている。光学形成タイプではなく、実体のあるものだ。実体があり、脳通信デバイスを持たないこのタイプは高齢者層に人気がある。通信能力は指輪タイプと比べても遜色はない)
「もしもし……須賀くんか?……朝から姿が見えんでな!祭りは明日ぞ!何をやって……」
「ん……何!?御子神様!?そうか!よくやった……一緒におるのだな…………お、おお、これは御子神様、ようご無事で!」
「……はい。……はい。ええ、郷の者達も喜びますで。くれぐれも気を付けて。では、また後ほど……」
「ん…………心配するな。全て神のお計らいじゃ……」
「……わかった……わかったから後でよく話そう。とにかく早く戻ってこい」森部はそそくさと電話を切る。
「須賀め……ためらいおって」
神取は、診察の対応をしながら、霊視でじっと森部の様子を伺っていた。
森部は書斎の床の間に置かれた長い袋を取る。袋を開けると、中から白鞘に納められた一振りの日本刀が姿を現す。
森部は勢いよく刀を抜くと、愛おしそうに刀身を裏表しながら確認する。
不意に壁にかけられた、古ぼけた縄文の土面のレプリカが、森部の目に留まる。
……むっ!?……
神取の霊の眼が、森部の獲物を狙う爬虫類の如き瞳とぶつかる。すると、森部はこちらを目掛けて、とたんに刀を振り下ろす。
その瞬間、神取は式神からのビジョンを失った。
森部は、打ち割った面の裏に切り裂かれた人型を見つけ、つまみ上げた。
「御所のものが、他にも?……あの二人だけではなかったか……まあ良いわ」
刀を鞘に収めると、その刀を持って部屋を後にした。
「あのぉ……先生」診察の手を止めた神取を訝しむ、中年の男性受診者が、心配気に声をかけてくる。
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