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第4章 燔祭

亜夢の誕生日 2

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森ノ部の郷は、今週末に予定された『大祭』に向け、にわかに活気づいていた。

不思議なことに森ノ部教団の郷は、諏訪湖周辺の市街地に比べ、混乱もほとんどない。昨日の地震の影響がないわけでは無いが、近隣ではまだ避難や、救援が必要とされる中、この郷は異様なほど浮世離れしているように、神取の眼には見えた。

この郷一帯は、何らかの霊的な加護を感じる。

……ふっ……森ノ部教団の信仰も、満更でも無い……ということか……

「皆子さん!こっちもお願い!」「はぁい!」

神取は、境内の木陰に隠れ、開け放たれた社務所の窓から、中の会話を伺う。

皆子と呼ばれた女性は、神取には見覚えがあった。ここに来た初日、避難してきた信者の中に居て、先日は、咲磨を追跡してきた女。御所の烏衆の一人だ。

森部の教団に入信した若夫婦という設定のようだ。祭りの飾りつけを拵える作業場から聞こえる、「もう慣れた?」などと、たわいもない女達の会話から、ここ一年ほど潜伏している事がわかる。

諏訪から来る山道の入り口近くに建つ、縄文博物館にも昨日遭遇した烏衆らしき人影が集まっているのを、先ほど、神取は車上(移動には救護チームが現地でレンタルした災害地用バイクを使用)から目撃していた。

玄蕃によれば、森ノ部の郷の開発期、御所は間接的に関与していたが、その後、森部が郷を私物化していったため、御所は監視を置いてきたという。どうやら、この博物館が御所の監視拠点であったようだ。

森ノ部教団の周辺で、烏衆が動き出している。

……師の差し金か……御所も、森部に関心を持ったな……

「……あのぉ……私、ここのお祭り初めてで。しかも急に?『大祭』って、一体どんなお祭りなんですか?」

皆子と呼ばれた烏の女が、作業仲間の中年女性に話しかけている。

「実は私達もよく知らないのよ。あんた、ここ、長いんでしょ?何か知ってる?」隣の女性に話を振る。

「私だって今回初めてさ。聞いた話だと二十三年ぶりなんだとか。大祭は、定例の祭りと違って、御神託で開催日を決め、神様の言葉どおりの儀式を行うんだと」

「儀式?」「生贄をささげるのよぉぉお~~」声のトーンを落とした婦人は、おどろおどろしく恐怖感を演出してみせた。

「い……生贄!?」皆子は驚いて後ずさる。

「ははは、大丈夫よ。農家から鶏とか……あ、あと猟友会から害獣を少し分けてもらったりしてさ。それも予め潰してあるから形だけよ」言いながら、婦人は、手で首を斬る仕草をしてみせる。

「そうそう、その二十三年前は、確か猪だったかなぁ。儀式の後は牡丹鍋が振舞われたそうよ」「牡丹鍋?やだぁ、この暑い季節じゃ勘弁して欲しいわね。焼き鳥がいいなぁ……ビール付きで」「そうねぇ。旦那、幹部にも顔が効くから、お願いしてみるわよ」「やだわぁ、なんだかお腹すいてきちゃったわぁ」

すっかり食欲に支配された女達の笑い声が、社務所に和気藹々と広がる。

……末端の信者は、何も知らんか……当然だな……

小さな苦笑を漏らしたその時、神取は脳内にテレパス・メールの通知を感じ取る。

諏訪の救護チームから、休憩中のメンバーへの応援要請だ。地震後の体調不良を訴える受診希望者は、一度落ち着きを見せたと思われたが、徐々にまた増え続けているようだった。

……止むを得ん……一旦引き上げるか……

神取は、境内脇の崖を造作もなく下り、森林に隠したバイクへと急ぐ。


「はぁい、亜夢ちゃん。これ、なぁんだ?」

キョトンとしている亜夢に看護師らは可愛らしい籠ブーケを差し出す。クチナシを中心にあしらったブーケの甘い香りに、クラッカーに驚いた亜夢の顔は一気に綻んだ。

「やっぱり女の子はお花よね~」

受け取ったブーケに、顔を埋めるようにして花の香りを吸い込む無邪気な亜夢に、看護師らも嬉しそうにしている。

「これはアタシ達からだよ!」サニは、プレゼント包装された小箱を直人に持たせ、押し出した。

「えっ、ちょ……ちょっと!」よろけるように進み出た直人と、その様子にブーケから顔を上げた亜夢の視線が交差する。

亜夢は直人の顔を見るや、目を丸くして直人に見入った。

「あ……亜夢……さん……」

直人は直感的に、今、亜夢の表層に現れている人格が、『アムネリア』ではない事を悟る。

亜夢はしばし、呆然と直人の顔を見つめている。直人は、不思議と瞬きなく見詰める亜夢の瞳が、自らの心を裡側から読み取っていく感覚を覚えていた。

周りの皆が、時間の流れが、急速に遅くなり、変わりに熱を帯びた何かが、身体の中を駆け巡る。

……これは……『サラマンダー』……

初めてのインナーミッションで遭遇した、あのエレメンタル『サラマンダー』の生命力の熱。

『レギオン』の大木に取り込まれた直人に、再び目覚めをもたらした熱。

この一瞬に、直人と亜夢の無意識の記憶が繋がっていく。

「な、お、と……?」

亜夢の唇から言葉が溢れた時、再び時が流れ出した。

ぎこちなく頷く直人。亜夢は満面の笑みを浮かべる。

「なおと!……なおとだ!!」

ベッドから飛び出した亜夢は、ベッドから飛び出すと、直人目掛けて駆け寄る。

「なおとぉ!!」「うわっっ!!?」」

殆どタックルだ。勢いそのままに、亜夢は直人の胴回りに飛び込み、あわや後ろに倒れそうになる直人を、ティムとサニが咄嗟に支える。

「なおと!なおと!なおと!!」

構わず亜夢は、直人の胸元に顔を埋める。

「恋人達の抱擁…‥って……感じじゃないな」「パパと、小さな娘でない?コレ……」「だな」ティムとサニは、苦笑いしつつ『父娘おやこ』の表現が、何故かしっくりくる感覚を共有していた。

「遊びに来たの?なおと!亜夢ね!会いたかったんだよ!」

「う……うん……」

「『亜夢』の方で間違いなさそうだな」ティムの呟きに一同、頷いた。ここ最近、亜夢の人格が表に出ている事が多いのは聞いていたが、インナーノーツの三人が、現象界で面と向かって『彼女』と対面するのは初めてである。

同じ身体なのに、性格も仕草も、自分達のミッションに協力した『アムネリア』とは、真逆であるのが実に不思議だ。

「頭、ヨシヨシしてあげたら?センパイ、いや、パァパ」わざと亜夢にも聞こえるように、直人に耳打ちするサニ。

「はぁ??」「ヨシヨシ?」

「そっ。ヨシヨシ」何のことかわかってない亜夢に、サニは自分の頭を撫でるフリをしてけしかける。それを見た亜夢の顔は、より一層、明るみを帯びていった。
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