INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜

SunYoh

文字の大きさ
173 / 293
第4章 燔祭

呪いと、祈り 4

しおりを挟む
諏訪方面から戻ったヘリは、<イワクラ>後部甲板に着船する。

患者らを乗せたコンテナは、そのまま船内の医療区画へと収容され、待機していた船内医療班が、直ちに患者らの受け入れを開始する。

咲磨は、保護カプセルに入れられたまま、船内ICUへと搬入された。

「サク……」ICUのガラス越しに、幸乃はただ見守る他ない。

神取もまた、咲磨の初診の医師として、引き継ぎのため、幸乃と共にヘリを降りていた。

空になったコンテナを再度懸架したヘリが再び諏訪へと飛び立っていく。次にヘリが戻ってくるまで、神取も<イワクラ>に留まることになった。

「須賀さん、神取先生。こちらへ」

<イワクラ>医療チームのリーダーが、奥のミーティングルームへと案内する。二人は、言葉も無く、案内されるまま部屋へと進んだ。


直人は、IN-PSIDの宿直室(カプセル状寝室となっている)でふと目を覚ます。時計にふと目をやれば、夕刻六時半を過ぎていた。

「……もう、こんな時間か……」

ぐうと、腹がなる。朝から何も口にしていなかった事に気づく。その割には食欲も湧かない。

「正直だな。身体ってやつは」

苦笑しながら部屋を出る。

帰宅も許されている。今のところ出動もなさそうだと判断した直人は、帰り支度にロッカールームへと向かった。

インナーノーツ専用ロッカールームの個室で、直人は私服に着替える。ふと、棚に置いたままの楽譜と、その下に立て掛けたバイオリンケースが目に留まった。

「練習……しなきゃな」

楽譜は、藤川から秋のカルチャーフェスタで演奏するという事で、預かっていたものだ。音楽愛好家の多いIN-PSIDでは、藤川の意向もあり、所内の空室を業務時間外に、練習に使って良いとされていた。空いた時間、練習しようと楽器を持ち込んでいたが、訓練とミッション続きで、この一ヶ月、殆ど練習する気にならなかった。

バイオリンケースを手にとる。

「父さん……」

楽器は、父が生前使用していた、言わば形見の品。とはいえ、アマチュアが使う楽器だ。そこまでの高級品では無いが、藤川の馴染みの工房で製作された、ハンドメイドの新作だったと聞いている。

藤川の誘いでバイオリンを初めて半年程。父は、楽器の良し悪しもわからないながら、直感で選んだらしい。とはいえ、新作にはなかなか出ない、ややくぐもった温かみのある音色は、父のお気に入りだったようだ。

直人もこの楽器の音色を気に入っている。殆ど記憶のない父の声と、いつからか重ねていたのかもしれない。

ともあれ、父がバイオリンを弾き始めた事で、母と知り合い、こうして自分と妹が生まれた。

そんな繋がりを父と母は、想像しただろうか?

……魂が、繋がっているんだもんね。風間くんと……

真世の言葉が蘇る。

「……アム……ネリア……」


自動ドアの開く音が、幸乃と神取の視線を引きつける。

「お待たせしましたな。IN-PSID所長の藤川です。こちらは附属病院の医院長を務めております、妻の貴美子です」

貴美子を伴って入室した藤川は、幸乃の姿を認めると、簡単に挨拶を済ませる。

幸乃は、慌てたように立ち上がって口を開いた。

「す……須賀と申します。この度は、咲磨を助けて頂き、ありがとうございます」

「ああ、そのままで結構。楽にしてください」

藤川は幸乃に着席を促すと、幸乃は会釈して、へたりと腰を落とす。

「神取先生よ」幸乃の対面に座る神取に視線を向けながら、貴美子は神取を紹介する。藤川と神取が直接対面するのは、これが初めてであった。

「神取です。昨日はどうも」藤川に表情を変えることもなく、神取は淡々と挨拶した。

「神取君。研修のキミに、救援活動まで加わってもらえるとは。ありがとう」

「いえ……いい勉強をさせて頂いてます」「そうか」

言いながら藤川は、席に着く。貴美子も並んで腰を下ろした。

「さっそくですが、所長、医院長。咲磨君ですが……」

担当医師は、咲磨の精密検査結果を表示しながら、咲磨の症例に関して説明を始めた。

窓から差し込む、黄昏時の色彩が、ミーティングルームを染め上げていく。

————

……待って!風間くん!……

振り向くと、真世は俯いたまま手を握りしめていた。

……藤川……さん……

何かを言おうと真世の唇が動く。

…………あたし……

握りしめた手を震わせている。

……あたし………………恨んだ……風間くんのこと……恨んだの……

……ママは……ママは今でも苦しんでる……

……あの地震に風間くんが関わっていたなんて……

真世の絞り出した声は、刃となって直人の胸を貫いた。

……ごめんなさい……

……風間くんが悪いわけじゃないのはわかってる……でも……

————


真世の言葉を噛み締めながら、直人は屋上(※)へと向かう階段を一段、また一段と足を運ぶ。

……その二人がミッションの間、魂レベルで接触する。有り体に言いますが、危険過ぎます。下手をすれば二十年前の繰り返し……

東の声が、頭の中で重なる。

……なぜ……お前……ばかり……

…………償え……死んで……償え…………

……お前のせいで……

…………人……殺し………

階段室の暗闇は、直人に再び『罪』の誘惑を囁く。手にしたバイオリンケースの取っ手を直人は固く握りしめていた。

…………人の想いは……そう簡単には……

いつの間にか、目の前にスチールの無味乾燥なドアが立ちはだかっていた。階段室入り口は、セキュリティロックがあるものの、ドアは、内側からの簡単なシリンダー錠が二つ取り付けてあるだけだった。

……それでも……オレは……

鍵を解除し、直人はドアを押す。風が舞い込み、ドアを押し返してくる。

風に抗い、直人は力一杯にドアを押し開ける。

「……あぁ……」



※IN-PSID中枢施設、六角推台の最上階から、階段で屋上に上がることができる。(東側は施設メンテナンス用に関係者以外の立ち入りは禁止されていたが、西側はリフレッシュ場として、職員の利用を許容されている)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

処理中です...