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第4章 燔祭
呪いと、祈り 4
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諏訪方面から戻ったヘリは、<イワクラ>後部甲板に着船する。
患者らを乗せたコンテナは、そのまま船内の医療区画へと収容され、待機していた船内医療班が、直ちに患者らの受け入れを開始する。
咲磨は、保護カプセルに入れられたまま、船内ICUへと搬入された。
「サク……」ICUのガラス越しに、幸乃はただ見守る他ない。
神取もまた、咲磨の初診の医師として、引き継ぎのため、幸乃と共にヘリを降りていた。
空になったコンテナを再度懸架したヘリが再び諏訪へと飛び立っていく。次にヘリが戻ってくるまで、神取も<イワクラ>に留まることになった。
「須賀さん、神取先生。こちらへ」
<イワクラ>医療チームのリーダーが、奥のミーティングルームへと案内する。二人は、言葉も無く、案内されるまま部屋へと進んだ。
直人は、IN-PSIDの宿直室(カプセル状寝室となっている)でふと目を覚ます。時計にふと目をやれば、夕刻六時半を過ぎていた。
「……もう、こんな時間か……」
ぐうと、腹がなる。朝から何も口にしていなかった事に気づく。その割には食欲も湧かない。
「正直だな。身体ってやつは」
苦笑しながら部屋を出る。
帰宅も許されている。今のところ出動もなさそうだと判断した直人は、帰り支度にロッカールームへと向かった。
インナーノーツ専用ロッカールームの個室で、直人は私服に着替える。ふと、棚に置いたままの楽譜と、その下に立て掛けたバイオリンケースが目に留まった。
「練習……しなきゃな」
楽譜は、藤川から秋のカルチャーフェスタで演奏するという事で、預かっていたものだ。音楽愛好家の多いIN-PSIDでは、藤川の意向もあり、所内の空室を業務時間外に、練習に使って良いとされていた。空いた時間、練習しようと楽器を持ち込んでいたが、訓練とミッション続きで、この一ヶ月、殆ど練習する気にならなかった。
バイオリンケースを手にとる。
「父さん……」
楽器は、父が生前使用していた、言わば形見の品。とはいえ、アマチュアが使う楽器だ。そこまでの高級品では無いが、藤川の馴染みの工房で製作された、ハンドメイドの新作だったと聞いている。
藤川の誘いでバイオリンを初めて半年程。父は、楽器の良し悪しもわからないながら、直感で選んだらしい。とはいえ、新作にはなかなか出ない、ややくぐもった温かみのある音色は、父のお気に入りだったようだ。
直人もこの楽器の音色を気に入っている。殆ど記憶のない父の声と、いつからか重ねていたのかもしれない。
ともあれ、父がバイオリンを弾き始めた事で、母と知り合い、こうして自分と妹が生まれた。
そんな繋がりを父と母は、想像しただろうか?
……魂が、繋がっているんだもんね。風間くんと……
真世の言葉が蘇る。
「……アム……ネリア……」
自動ドアの開く音が、幸乃と神取の視線を引きつける。
「お待たせしましたな。IN-PSID所長の藤川です。こちらは附属病院の医院長を務めております、妻の貴美子です」
貴美子を伴って入室した藤川は、幸乃の姿を認めると、簡単に挨拶を済ませる。
幸乃は、慌てたように立ち上がって口を開いた。
「す……須賀と申します。この度は、咲磨を助けて頂き、ありがとうございます」
「ああ、そのままで結構。楽にしてください」
藤川は幸乃に着席を促すと、幸乃は会釈して、へたりと腰を落とす。
「神取先生よ」幸乃の対面に座る神取に視線を向けながら、貴美子は神取を紹介する。藤川と神取が直接対面するのは、これが初めてであった。
「神取です。昨日はどうも」藤川に表情を変えることもなく、神取は淡々と挨拶した。
「神取君。研修のキミに、救援活動まで加わってもらえるとは。ありがとう」
「いえ……いい勉強をさせて頂いてます」「そうか」
言いながら藤川は、席に着く。貴美子も並んで腰を下ろした。
「さっそくですが、所長、医院長。咲磨君ですが……」
担当医師は、咲磨の精密検査結果を表示しながら、咲磨の症例に関して説明を始めた。
窓から差し込む、黄昏時の色彩が、ミーティングルームを染め上げていく。
————
……待って!風間くん!……
振り向くと、真世は俯いたまま手を握りしめていた。
……藤川……さん……
何かを言おうと真世の唇が動く。
…………あたし……
握りしめた手を震わせている。
……あたし………………恨んだ……風間くんのこと……恨んだの……
……ママは……ママは今でも苦しんでる……
……あの地震に風間くんが関わっていたなんて……
真世の絞り出した声は、刃となって直人の胸を貫いた。
……ごめんなさい……
……風間くんが悪いわけじゃないのはわかってる……でも……
————
真世の言葉を噛み締めながら、直人は屋上(※)へと向かう階段を一段、また一段と足を運ぶ。
……その二人がミッションの間、魂レベルで接触する。有り体に言いますが、危険過ぎます。下手をすれば二十年前の繰り返し……
東の声が、頭の中で重なる。
……なぜ……お前……ばかり……
…………償え……死んで……償え…………
……お前のせいで……
…………人……殺し………
階段室の暗闇は、直人に再び『罪』の誘惑を囁く。手にしたバイオリンケースの取っ手を直人は固く握りしめていた。
…………人の想いは……そう簡単には……
いつの間にか、目の前にスチールの無味乾燥なドアが立ちはだかっていた。階段室入り口は、セキュリティロックがあるものの、ドアは、内側からの簡単なシリンダー錠が二つ取り付けてあるだけだった。
……それでも……オレは……
鍵を解除し、直人はドアを押す。風が舞い込み、ドアを押し返してくる。
風に抗い、直人は力一杯にドアを押し開ける。
「……あぁ……」
※IN-PSID中枢施設、六角推台の最上階から、階段で屋上に上がることができる。(東側は施設メンテナンス用に関係者以外の立ち入りは禁止されていたが、西側はリフレッシュ場として、職員の利用を許容されている)
患者らを乗せたコンテナは、そのまま船内の医療区画へと収容され、待機していた船内医療班が、直ちに患者らの受け入れを開始する。
咲磨は、保護カプセルに入れられたまま、船内ICUへと搬入された。
「サク……」ICUのガラス越しに、幸乃はただ見守る他ない。
神取もまた、咲磨の初診の医師として、引き継ぎのため、幸乃と共にヘリを降りていた。
空になったコンテナを再度懸架したヘリが再び諏訪へと飛び立っていく。次にヘリが戻ってくるまで、神取も<イワクラ>に留まることになった。
「須賀さん、神取先生。こちらへ」
<イワクラ>医療チームのリーダーが、奥のミーティングルームへと案内する。二人は、言葉も無く、案内されるまま部屋へと進んだ。
直人は、IN-PSIDの宿直室(カプセル状寝室となっている)でふと目を覚ます。時計にふと目をやれば、夕刻六時半を過ぎていた。
「……もう、こんな時間か……」
ぐうと、腹がなる。朝から何も口にしていなかった事に気づく。その割には食欲も湧かない。
「正直だな。身体ってやつは」
苦笑しながら部屋を出る。
帰宅も許されている。今のところ出動もなさそうだと判断した直人は、帰り支度にロッカールームへと向かった。
インナーノーツ専用ロッカールームの個室で、直人は私服に着替える。ふと、棚に置いたままの楽譜と、その下に立て掛けたバイオリンケースが目に留まった。
「練習……しなきゃな」
楽譜は、藤川から秋のカルチャーフェスタで演奏するという事で、預かっていたものだ。音楽愛好家の多いIN-PSIDでは、藤川の意向もあり、所内の空室を業務時間外に、練習に使って良いとされていた。空いた時間、練習しようと楽器を持ち込んでいたが、訓練とミッション続きで、この一ヶ月、殆ど練習する気にならなかった。
バイオリンケースを手にとる。
「父さん……」
楽器は、父が生前使用していた、言わば形見の品。とはいえ、アマチュアが使う楽器だ。そこまでの高級品では無いが、藤川の馴染みの工房で製作された、ハンドメイドの新作だったと聞いている。
藤川の誘いでバイオリンを初めて半年程。父は、楽器の良し悪しもわからないながら、直感で選んだらしい。とはいえ、新作にはなかなか出ない、ややくぐもった温かみのある音色は、父のお気に入りだったようだ。
直人もこの楽器の音色を気に入っている。殆ど記憶のない父の声と、いつからか重ねていたのかもしれない。
ともあれ、父がバイオリンを弾き始めた事で、母と知り合い、こうして自分と妹が生まれた。
そんな繋がりを父と母は、想像しただろうか?
……魂が、繋がっているんだもんね。風間くんと……
真世の言葉が蘇る。
「……アム……ネリア……」
自動ドアの開く音が、幸乃と神取の視線を引きつける。
「お待たせしましたな。IN-PSID所長の藤川です。こちらは附属病院の医院長を務めております、妻の貴美子です」
貴美子を伴って入室した藤川は、幸乃の姿を認めると、簡単に挨拶を済ませる。
幸乃は、慌てたように立ち上がって口を開いた。
「す……須賀と申します。この度は、咲磨を助けて頂き、ありがとうございます」
「ああ、そのままで結構。楽にしてください」
藤川は幸乃に着席を促すと、幸乃は会釈して、へたりと腰を落とす。
「神取先生よ」幸乃の対面に座る神取に視線を向けながら、貴美子は神取を紹介する。藤川と神取が直接対面するのは、これが初めてであった。
「神取です。昨日はどうも」藤川に表情を変えることもなく、神取は淡々と挨拶した。
「神取君。研修のキミに、救援活動まで加わってもらえるとは。ありがとう」
「いえ……いい勉強をさせて頂いてます」「そうか」
言いながら藤川は、席に着く。貴美子も並んで腰を下ろした。
「さっそくですが、所長、医院長。咲磨君ですが……」
担当医師は、咲磨の精密検査結果を表示しながら、咲磨の症例に関して説明を始めた。
窓から差し込む、黄昏時の色彩が、ミーティングルームを染め上げていく。
————
……待って!風間くん!……
振り向くと、真世は俯いたまま手を握りしめていた。
……藤川……さん……
何かを言おうと真世の唇が動く。
…………あたし……
握りしめた手を震わせている。
……あたし………………恨んだ……風間くんのこと……恨んだの……
……ママは……ママは今でも苦しんでる……
……あの地震に風間くんが関わっていたなんて……
真世の絞り出した声は、刃となって直人の胸を貫いた。
……ごめんなさい……
……風間くんが悪いわけじゃないのはわかってる……でも……
————
真世の言葉を噛み締めながら、直人は屋上(※)へと向かう階段を一段、また一段と足を運ぶ。
……その二人がミッションの間、魂レベルで接触する。有り体に言いますが、危険過ぎます。下手をすれば二十年前の繰り返し……
東の声が、頭の中で重なる。
……なぜ……お前……ばかり……
…………償え……死んで……償え…………
……お前のせいで……
…………人……殺し………
階段室の暗闇は、直人に再び『罪』の誘惑を囁く。手にしたバイオリンケースの取っ手を直人は固く握りしめていた。
…………人の想いは……そう簡単には……
いつの間にか、目の前にスチールの無味乾燥なドアが立ちはだかっていた。階段室入り口は、セキュリティロックがあるものの、ドアは、内側からの簡単なシリンダー錠が二つ取り付けてあるだけだった。
……それでも……オレは……
鍵を解除し、直人はドアを押す。風が舞い込み、ドアを押し返してくる。
風に抗い、直人は力一杯にドアを押し開ける。
「……あぁ……」
※IN-PSID中枢施設、六角推台の最上階から、階段で屋上に上がることができる。(東側は施設メンテナンス用に関係者以外の立ち入りは禁止されていたが、西側はリフレッシュ場として、職員の利用を許容されている)
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