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第4章 燔祭

龍脈航河 5

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「PSI-Link、ナオのダイレクト接続を確認!」

報告を上げる間に、アランは自席の各部PSIバリア稼働効率と出力を示すゲージが、回復へと反転していくのを確認していた。

「持ち直してきたぞ、カミラ」「ええ」

カミラの目前に位置する、次元投影フォログラムに映し出されたアムネリアは、再び立ち上がり、その虚像の乱れも修復されていた。

直人とアムネリアの認識が加味され、ビジュアルが再構築されたモニターは、より鮮明にその全貌を映し出し、マッピングプロットは、<アマテラス>の向かうべき道筋をはっきりと示し出す。

『ありがとう……アムネリア……これなら』

『なおと……参りましょう……行くべき先は近い……』

二つの魂の声が音声変換され、ブリッジに響く。

変性意識状態から、深くPSI-Linkシステムに深く繋がった直人は、その声にも、目の前のモニターに現れる自らの心象世界にも、もはや動揺する事はない。

『……アムネリア……ここにも……居るんだろ?……さっきからこの船に縋り付いてくるのは……』

『……良いのですか?……』『構わない……いや、向き合わなきゃ……頼む』『……なおと』

インナーノーツらには、二人の会話の意味するところがまるでわからない。それは、現象界で見守るミッションスタッフらにとっても同じであった。サニは、視線を横下に落とし、真世は、自身の役目に徹しながら唇を噛む。


アムネリアの虚像が、静かに目を閉じると、<アマテラス>目掛けて四方から喰らい付いてくるPSIクラスター群が、寄り集まり、次第に意味を持つ形を取り始める。

「嫌!またぁ!?」サニが横に投げていた視線が、側面モニターにへばりついた、物怪もののけと化した死霊の顔のようなものとぶつかる。思わず、サニは悲鳴混じりの声をあげていた。

それだけではない。やはりモニター各部には、水織川で遭遇したのと同じような、死霊らしき存在が何体も取り憑いている。

違うのは、水織川の彼らほど人の形は留めていない事だ。人以外の蟲獣、あるいは植物のようなものとも相まった、魑魅魍魎ちみもうりょうとしか表現しようのない霊的存在のようである。

彼らは、もはや生きようとする本能の残滓なのかもしれない。

「チッ、あの姫さんが、みんな連れてってくれたんじゃなかったのかよ!?」

<アマテラス>にのしかかる負荷を跳ね除けながら、速力を維持するティムは、腹立たし気に言い捨てる。

「そう都合よく行かないようね、ナオ!トランサーデコイで追い払うのよ!」

「いや……ここはオレに……」「ナオ!?」

直人は言うや否や、行動に移る。

『アムネリア』『……はい……』

すると、<アマテラス>下部、突起構造のカバーがスライドし、18連装誘導パルス放射機が露わになる。

「誘導パルス!?何をする気!?」

「……生きているのか、死んでいるのかもわからないまま、何処にもいけず、苦しみ続けている魂がいる……ナギワ姫が教えてくれた……オレができること……少しだけ、わかりかけてる気がする……」

『アムネリア……力を貸して!』

誘導パルスに乗せた直人のPSIパルスが<アマテラス>を中心にして、龍脈の流れに波紋を拡げていく。

魑魅魍魎のエネルギー体が一気に波紋へと群がってくる。

「な、何やってんだ!?ナオ!!」ティムは、焦りともつかない声をあげていた。モニターには、先にも増して、時空間から炙り出された魑魅魍魎らが、<アマテラス>に押し寄せる。

ブリッジのモニターが、魑魅魍魎の影で覆い尽くされるかと思いきや、一瞬にしてその雲が晴れ渡る。

「PSIパルス同調率、220%だと!?ナオ!?」アランが、直人の方へ振り向く。

その視界に、アムネリアに重ねて、直人の姿をフォログラムが描き出している。PSIパルス同調の増幅により、直人のセルフイメージが、そこに投影されていた。

二つのフォログラムイメージは、まさに一心同体。アムネリアとも直人とも、どちらにも見える姿を描きながら、魑魅魍魎の群をその内へと引き込んでいく。フォログラムは、忽ち暗雲に包まれ、自席に座したままの直人の肉体は、同期して苦悶の色を浮かべ、痙攣を起こしている。

「ナオ!!」「……PSIクラスターを取り込もうというの!?無茶よ!!」

驚愕に唇を震わせるカミラ。見守る一同も、驚きのままモニター越しのブリッジの光景に釘付けになっていた。

「まさか!?センパイ……」

サニはその気配に、先のミッションで感じ取った『レギオンの木』と同質のものを感じていた。

皆の視線が<アマテラス>ブリッジの中央で、暗雲の坩堝と化したフォログラムに集中する。

数多の声無き声が、音声変換され、呻き、啜り泣き、何かを喚き散らしている。

『……だい……じょう……ぶ……』

意味をなさない音声の中に、直人の声が浮かび上がる。そして、フォログラムを取り巻く雲の中から、直人とアムネリアらしき両手が現れると、雲を包み込むかのように抱き込んてゆく。

『……もう……怖がらなくて……いい……』

直人の身体は、依然、内側から揺さぶられていた。同様にIMCの保護カプセルに収容されている亜夢の身体も、モゾモゾと動きを見せる。

「真世!亜夢は?直人は!?」亜夢の身体の動きに気づいた東は、咄嗟に確認を求めた。

「二人とも、脈拍、呼吸回数とも急増!PSIパルス、乱れてます」「ダミートランサーを準備しておいてくれ!危険な状況となれば」「は……はい」

IMC中央の卓上モニターにも、<アマテラス>のブリッジと同期して、同じフォログラムが立ち上がっていた。それが目に入った真世は、東の指示に応える事も忘れ、見入ってしまう。

暗雲を自らの心の裡に引き込み、必死に受け入れようとしている直人。重なって、その痛みを分かち合うアムネリア。

二十年前、図らずも縁を繋ぎ、地震の因を作り出した二つの魂が、地震の犠牲者らの無念に向き合い、龍脈を巡る魑魅魍魎と化した数多の想念と共に、少しでも救済しようと死力を尽くしている。

「……風間くん……」

……あの男は、必死にもがいてる……少しでも前に進みたいのさ……

……それに比べて、あんたはどう?……

……!?……私……私は……

……己を憐れんで……母御に甘え……口に出るのは恨みかぇ?……

……ふふふ……惨めよのう……はははははは……

"あの声"の高笑いが、真世の身体中で響き渡っていた。


直人とアムネリアが重なり合う虚像を覆い隠していた暗黒の雲は、次第に色を失いつつあった。

二人のフォログラムの顔が、雲を透けて見える。

「ナオ!」「センパイ!」

直人の肉体の瞳が滲みだす。

『……わかった……わかったよ……皆んなの願い……だから……アムネリア!』『……はい……』

フォログラムが輝きを増し、光の水流を作り出す。薄らいだ雲は、霧散して煌めく数多の光点となって、その水流へと飲み込まれていった。

同期して、<アマテラス>のPSIバリアが、同じように水流状に変化し、その水流に乗せて、光の粒子を周辺に解き放ってゆく。

「浄化したというの?……ナオと亜夢が……」

カミラは驚きのままモニターを凝視し続けていた。

「もう……迷わないで……その流れが、貴方達を導くから……」

直人は、<アマテラス>の周辺に拡がってゆく、アムネリアが創り出した流れが、高次の宇宙へと彼らの魂情報の欠けらを運んでいくのを感じ取っていた。

同時にその流れは、<アマテラス>の前方に一つの道筋を示した。まるで、土砂で埋まった洞穴の入り口を洗い出すかのように……

ポッカリと大口を開けた、時空間に不自然に浮かび上がる漆黒の闇が、強い引力を持って、インナーノーツらを惹きつけていた。

『……目指すべきはこの先……』

フォログラムは、アムネリアの姿を既に復元していた。毅然と顔を持ち上げ、発する彼女の声は、インナーノーツに覚悟を促す。

『……逃げ……ては……なら……ぬ…………逃が……さん……逃げ……たい……逃げ……る……な……』

彼らが追いかける、あの声が音声変換されて聞こえだす。

「隊長!」カミラに決断を促す直人。

振り返り、しっかりとカミラを見詰めるその顔は、いつになく精悍だ。腹の決まった男の顔になってきたと、カミラは思う。

自然と笑みを一つ溢れると、カミラは凛として顔を上げる。

「ええ、行きましょう!<アマテラス>、全速前進!!」
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